家族には愛されませんでしたが、ちゃんと愛してくれる人がいるので幸せです。

有栖悠姫

第1話


「リズ、今度の誕生日会私のお気に入りの店でスイーツを頼んでおいたわ。当日届けてもらうから楽しみにしていてね」


「ありがとうリラ。あなたのお気に入りのお店何処もとても美味しいから、凄く楽しみ」


 昼休みのカフェテリアでエリザベスは幼馴染のリラと一緒にサンドウィッチと紅茶を楽しみながら、数日後に控えたエリザベスの誕生日会について話していた。貴族令嬢、令息の誕生日会は招待状を出し友人や家族を集めて開くのが一般的だ。だがエリザベスに限っては仲の良い友人何人かを招き、邸の中でも小さいうちに入る客間で開くのが恒例となっている。家族は誰も出席しないし、料理人の中でエリザベスのために動いてくれる者は数人だけ。そのためパーティーで出されるような豪華な料理は望めない。それを理解しているリラを始めとした友人たちは毎年料理やスイーツを持って来てくれるので、慎ましやかだがパーティーの体を成せる誕生会を開けるのだ。昔は悲しいと涙を流したこともあるが、今はもう諦めるという形で受け入れている。


「…リズ、一応聞くんだけど他の方々は…?」


「いつも通り予定があるらしく、皆留守よ」


恐る恐る尋ねたリラにあっけらかんと答えると、彼女が呆れたように溜息を吐く。


「今更祝われても気分悪いけど、当てつけみたいにされるの本当不愉快よね。良い年して子供みたい」


「言い過ぎよリラ」


「事実でしょ。お父様達も裏では言っているわ。コルネリア伯爵家は子供が大人になったような方々ばかりだって」


 リラが不愉快なのを隠そうともせず吐き捨てる。彼女は言いたいことをはっきりと言うので一部の男子から遠巻きにされているが、全く気にしてないし彼女が怒りを露わにするのはエリザベスを思ってのこと。それに彼女の言うことをエリザベスは否定出来ないどころか、その通りだと思っている。


 エリザベスの誕生日は実母の命日でもある。母を溺愛していた父と母を慕っていた3つ上の兄は、母の命と引き換えに生まれたエリザベスを憎み、疎んでいる。エリザベスが生まれてから数年間、伯爵家の空気は陰鬱としており父と兄の情緒も不安定だった。しかも子供のエリザベスに暴言を吐くことも少なくなく、使用人総出で父達からエリザベスを離して育てたらしい。あまりの憔悴ぶりを見かねた親戚が父に1人の女性を紹介した。その人が義母だ。義母が悲しみに暮れる父を支え兄を励まし、やがて再婚した。再婚して1年後には妹のアリサが生まれた。父と兄、義母はアリサを目に入れても痛くないほど溺愛し伯爵家はかつての明るさを取り戻している。


その輪の中にエリザベスは入っていない。成長するごとに母に似てくるエリザベスを父と兄は視界に入るだけで嫌悪感を露わにし、義母も父が愛した母の面影のあるエリザベスを疎む。そんな姉を見て育ったアリサは当然エリザベスを見下している。生まれてから18年絶賛冷遇中のエリザベスだが亡き母の友人の娘リラを始めとする優しい人々のおかげで、歪むことなく育っていた。


歪まなかったというが、仮に反抗的な態度を取ったところで家族からの関心が得られたとは思えないし今より疎まれるのは目に見えている。無駄だから何もせず、さっさと家を出たいと願っていた。令嬢が家から出る1番手っ取り早い手段は結婚だが。


「そうそう、聞くだけ無駄だと思うけどあの男は?」


「ご友人と予定があるらしいわ」


そのご友人、多分女性だけどと付け加えた瞬間リラの顔が令嬢らしからぬものに変わる。


「あの男は相変わらずね。婚約者だってこと忘れてるんじゃないのかしら」


「忘れては…ないと思うわ。定期的に出かけているしプレゼントも」


「3回に1回は急用が出来る上に、プレゼントは流行り物を適当に選んでいるだけじゃない!」


「声が大きいわ」


 怒りが激しいのか声が大きくなるリラを宥めにかかる。腐っても相手は侯爵家の人間。悪口を話していたと知られるのは良くない。


 冷遇されているエリザベスだが婚約者はいる。侯爵家の次男で同い年のウォルター・ハイネス。政略的な理由で結ばれた婚約で今年で5年目。エリザベスはウォルターのことは恋愛的な意味では好きではないが、家族になれたらと願っていた。一方のウォルターはエリザベスのことがお気に召さなかったらしく、必要最低限の付き合いしかしないし仲の良い異性のご友人が周りにたくさんいる。今ではウォルターに何も期待していない。彼が何故かエリザベスの留守中に伯爵邸を訪ねることが多くても、アリサのいる中等部に顔を出していても、何とも思わない。


「あの男が送るプレゼント、どれもリズの好みから外れたものばかりじゃない」


「どちらかといえばアリサの好きなものね」


「…最低じゃない」


「まあ否定はしないわ」


エリザベスは苦笑した。フリルやリボンがふんだんに使われた髪飾りや小物はアリスの好むものなので、恐らくついでに買ったのだろう。ついでも贈るだけまだマシだと思うようにしている。ウォルターは明らかにアリサに好意を寄せ、アリサも満更ではない。溺愛している父ならアリサが望めば婚約者の挿げ替えくらいあっさり行う。そうなった場合のエリザべスの身の振り方をきっと家族の誰も気にしていない。


(いっそ、1人で生きていきたい)


リア達のことは頼りにしているが、今以上の迷惑をかけることは出来ない。あんな家からは出て仕舞えばいいと言ってくれる人はいるが、世間体がどうだと言い訳して父はエリザベスを手放さない。長女がデビュタント以来碌に夜会も、お茶会すら出席してないのにアリサは義母に連れられ色んな家のお茶会に顔を出しているのは周知の事実。エリザベスが引きこもっているということにしているようだが、内情を察してる貴族は多い。今更世間体を気にしても遅いのに。


仮に婚約破棄され、厄介払いのように悪い噂しかない相手との結婚を命じられたら。本気で家を出ることを考えないといけない。誕生日が近いのにエリザベスは憂鬱だった。

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