思春花

@pqppqpq

4月9日(月) 始業式

「あと、一年かあ……」

雲ひとつない青空に、桜ではなく、鮮やかな緑色の葉が木々に広がっていた。

小林幸智(さち)は今年度でこの由都川小学校の最高学年になる。

今までの学校生活、長いようで短かった。

きっとこの一年もあっという間に過ぎてしまうだろうと思い、さっきのようなセリフを口に出したのだ。

今年のクラスは掲示を見たところ、1から4組あるの中で、幸智は4組になった。

幸智はそのまま4組の生徒名と出席番号が掲示されている場所の下の方に目線を向けた。

「28番 与田光太郎」

……あった。

幸智は笑みを抑えきれなかった。

すぐさま口元を抑えて、皆が集まってる掲示板からそっと距離を離した。

嬉しい。嬉しい。

去年恋をしてから、ようやく彼に近づけるチャンスがやってきたのだ。

ありがとう神様。ありがとう先生。

「さーちっ!」

背負っていたランドセルが少し後ろに傾くと同時に聞き覚えのある声が耳に伝わってきた。

「美心!……びっくりしたあ。」

その正体は井上美心(みみ)だった。

彼女とは去年同じクラスで、そこから仲良くなったのだ。

同じクラブや委員化ではなかったけど、気がよく合うので、幸智は美心のことを親友だと思っている。

美心はおしゃれな姉と美容師の母のおかげで、服装と髪型はいつも素敵だった。

今日は桜色のワンピースにツインテールだった。

春真っ只中にピッタリな格好だ。

「えへへ。幸智がいたからつい。てかやったね!今年も同じクラスだよ。」

美心はくるくると周り、桜色のワンピースを地面の芝生を覆うように広げながら喜んでいた。

「うん。さっき見てきたよ。めっちゃ嬉しい。」

クラス掲示板を見たのは本当だが、実は幸智は好きな人を見つけようとするあまり、美心も四組であったことを知らなかった。

しかし口には出さずに、一緒に喜んだ。

「さーやも一花も一緒だし、早く一緒に行こ!」

「うん。」

これからどんな一年になるのか、幸智は想像するだけで気持ちが高まり、今すぐこの興奮を走って消費したかった。


「やっほー、さーや!」

「彩香ちゃん、おはよう。」

「おはよう!二人とも。」

ドアを開け、教室に入ると人数は少なかっものの、既に何人かいて、その中にさーやこと、江口彩香(さやか)がいた。

去年と館が違うから、教室見た目も変わり、新鮮だった。

窓から入ってくる涼しい風が階段を登るのに火照った体を冷ましてくれた。

そして彩香の隣には見たこともない子がいた。

身長が高い彩香と比べるとその子はずっと背が小さかった。

「幸智ちゃん!美心ちゃん!紹介するね、この子は……」

「初めまして!6年4組27番、福田笑美(えみ)でーす!」

彩香の泡のようにふわっと柔らかい声と対照的な、聞き取りやすい、ハスキー声だった。

「笑美ちゃんかーよろしく!私は井上美心っていうの。」

「よしくね。笑美ちゃん。」

美心のハイテンションな自己紹介に続いて幸智も名前を名乗った。

「美心さん!幸智さん!一年間よろしくおなしゃす!」

英美の太陽のように明るくて眩しい笑顔に皆の顔が自然と緩んだ。

きっと、この子なら仲良くなれると幸智は思った。

そして、4人で教室が4階だからしんどいっていう文句や春休みの思い出を話してた。


幸智たちの友達である一花が教室にやってきたのはチャイムがなる五分前だった。

「……やっと、ついたあ。」

「一花おはよう。」「あ、幸智おはよー。」

一花は階段のせいか疲れた様子だった。

数分前に幸智たちはは荷物の整頓と連絡帳を書こうという話になって、それぞれの席についていた。

けれども幸智の苗字は小林で一花は小谷であるため、席は前後だった。

……やっぱり最初は番号順だよね。

幸智は受け入れがたかったが、知っていた悲しい事実を受け止めた。

与田くんとは号車も違うし、私のほうが席が前だから盗み見できなくて、ちょっと残念。

でも、違うクラスになっちゃうより、よっぽどマシ。

幸智は不幸中の幸いを見つけ出すことで何とか気持ちを切り替えた。

「幸智知ってる?今年イケメンの先生来るらしよ。」

「え、やったあ。」

一花の耳寄りな情報で幸智の気分は上昇する一方だった。


「__はい、皆席についください。」

チャイムが鳴って入ってきた先生は名前はよく分からないけれども、何度か見かけた事があった先生だった。

はっきりとした声は少し威圧的に感じられて、メイクは濃く、キリリとした顔つきの初老の女性の先生。

幸智の彼女に対する第一印象は怖くて厳しそうな女の先生だった。

担任の先生、最後くらいは若くてイケメンな先生が良かったな……

幸智は心の中で不満を述べた。

「この後すぐ、始業式なんで廊下に出席番号順並んでください。」

先生は今来てるクラスメイトの人数を確認した後そう告げた。

……名前、なんて言うんだろう。

幸智は先生の名前を気にしながらも一花に話しかけられる雰囲気では無かったので、黙って作られている列に紛れた。


この学校では体育館の左から右にかけて学年が上がっていき、前側は低学年、後ろは高学年の順で並ぶ。

右後ろら辺に並んでる自分に幸智は高揚した。

本当に六年生になったんだ……って自覚した。

たくさんの生徒で視界を埋め尽くされた後、始業式が始まった。


始業式だけじゃなく、新任式や表彰式があり、教室に帰る頃には低学年だけでなく、高学年にも疲れが見えていた。

幸智に至っては気づいたら眠りについていた。

同じ姿勢でいたせいで痛むお尻や足を我慢していた。

起きたものの、まだ眠い目を擦りながら前を向くと、1年生はまだ入学していないためおらず、2年生から学年順に教室へ帰っていってた。

6年生は最後に帰るので、皆口を揃えて文句を言う。

「うっわ、最悪。」

「それな。教室一番遠いんだから最初にして欲しいよね。」

座る場所も勿論番号順なので、斜め前に座る一花と幸智は愚痴を呟く。

しかし、5年生が帰っても幸智たちは司会の先生から呼ばれない。

……嫌な予感がする。

1組の長江先生にマイクが渡された。

「あれ誰?」

「長江先生。怒ったらめっちゃだるいよ。」

「え、やばー」

幸智の去年の担任だったから、一花に先生について教えた。普段は明るく、色んな話に乗ってくれる反面、怒ったら急に先生の顔になって、ネチネチと怒ってくる。

大きな腹を揺らしながら先生は6年生の前に歩いていく。黒縁の眼鏡と髪で隠せなくなった頭が体育館の照明を反射していた。

幸智たちはさっきより静かになった。

皆がみんな、なんとなくこの先の展開を察していたのだ。

幸智は体に力を込め、姿勢を正して体育座りをする。

「えー……、あ!こら岡田、崎口、向井!先帰るな!」

勝手に立ち上がって教室に帰ろうとする生徒に長江先生が自前の声量で怒鳴る。

彼奴等も彼奴等で空気読んでよ。まじ最悪。先生の説教が長くなったらどうすんのよ。

幸智はこれから起こるであろう事に苛立ちを感じていた。

長江先生が皆の前に立つ。マイクを口元に持っていって、口を開く。

「……ったく。えー、何ですか?今日の皆さんの態度。もう最高学年なんですよ!ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋ったり、寝たり。先生ね、一番後ろから見ていましたが、君ら、6年生が一番姿勢も、態度も悪い。後1年経てば君らはもう中学生何ですよ?もうすぐ1年生も入学してくるんですよ。いい加減自覚をね、持ってふさわしい態度で、お手本になるように式を受けてください。私からは以上です。」

生徒たちにとって案の定だった。長江先生の低く、鋭い声が体育館中に響いた。そして、長江先生はおそらく2組の担任の先生である女性にマイクを渡した。

つまり、少なくとも4人の先生からのお説教が確定した。

ほんと最悪。早く帰らせてよ。

幸智はそれでも自身の気持ちを抑え、これ以上長引かないようにきれいな姿勢を保った。

「あ、はい、変わりました。山口と言います。私は初めて、最高学年である6年生を担当することになりました。皆にはね、やっぱり楽しみながらも成長して、卒業式を迎えて欲しいんです。だからね、少しずつ最高学年にふさわしい姿を身に付けていきましょう。私からは以上です。……はい、幸光先生。」

声といい、内容といい、優しさが溢れる先生だった。幸智はとてつもなく2組が羨ましくなった。

いいな、絶対楽しいじゃんあっちのクラス。

「はい、幸光です。僕は初めてクラスを持つことになりました。まだまだ皆の名前覚えられてないし、分らないことだらけなんですけど、最初から完璧な人っていうのはいませんから。一緒に成長していけたらなと思います。僕からは以上です。」

まだまだ他の先生と比べると若く、熱い先生であった。

幸智はこの先生でも良かったなと、2組と3組の友達が羨ましかった。

そして、私達4組がこれからお世話になる担任の先生こと森先生の番がきた。

「えー、6年生の皆さん、おはようございます。」

体育座りをしたままの6年生たちは困惑を声に乗せながらも挨拶を返した。

「……声が小さい。もう一度。おはようございます。」

さっきよりも低く、生徒たちの耳を切りつけるような鋭い声だった。

「おはようございます!!」

生徒たちはさっきの倍以上の声量で挨拶した。

「6年4組を担当します。森滝子です。さっきから見てて思ったのですが、挨拶の声が小さければ、礼の姿勢も悪くバラバラです。あと1年しかないんですよ?去年の6年生を思い出してください。去年の今頃でも先輩たちはずっと礼儀正しかったです。いいですか?あと1年という短い時間でどれだけ素敵な最高学年にそして、我が由都川小学校の卒業生になるのかが、かかっているんですよ?この1年間で最高の6年生になることを願っています。私からは以上です。」

森先生がマイクを持っていた手を下げ、礼をする。

すると、生徒たちは今日一番綺麗な礼をしてみせた。

幸智は頭の中でいち、に、さん……と去年出席させられた卒業式を思い出しながら頭を下げた。

卒業式は3月なので、言ってしまえばあと1年もない。

友達の中で何人が同じ中学校に進めるのかも分らない。

中学校は今よりもきっと自由だし、部活もある。でも今の友達である皆と別れたくないし、与田くんともずっと近くで学校生活を送りたい。

幸智は卒業後の漠然とした未来への不安を少し抱いた。

とりあえず、先生はちょっと嫌だけど美心も彩香ちゃんも一花、英笑ちゃんだっている。与田くんとも同じクラスになれたし、この1年間でたくさんの思い出を作ろう。

幸智はそう思ったところで、4組が呼ばれたので立ち上がった。

……でも4組が一番最後に教室に帰るのは納得いかない。

幸智は列になって帰りつつも気持ち早く前に進んで、一花と話しながら帰った。

やっと始業式が終わったのだった。


教室に帰って席についた後、プリントが配られ、すぐに帰りの会があった。

そして、下校の時間になった。

まだ午前中の時間で空が青く、太陽は南に高く昇ろうとしているところだった。

幸智は学校が始まり、春休みの怠けが抜けきれていない体で階段を美心、彩香、一花、英笑の5人で下駄箱に向かった。

まだ慣れない下駄箱で自分の出席番号を5人で探した。

学校を出ていく門が彩香と笑美以外違うため、すぐにこのグループは解散となった。

けれど幸智が楽しい小学校生活最後の一年間になると確信するには充分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る