第83話 夕食はすき焼き風パスタもどき

 今はルプアと関係がありそうなメイドさんに根掘り葉掘り聞くのは止めよう。

 ユーリちゃんもクラリスさんも花飾りに目が言っているからここは私が話さないとか。


「……夕ごはんの時間、ですかね?」

「そうです。それではミルリーナ様方がいらっしゃる予定の食堂にご案内いたします」


 ユーリちゃんとクラリスさんは首を傾げながら食堂に向かい始めたメイドさんに着いて行った。

 ……そういえば、あの花飾り、盗聴の機能があるからルプアに私の無事は伝わっているのだろうか?

 ユーリちゃんにもまだついているし、伝わっているだろう。

 私も着いて行かないと。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 これは、食堂とは呼ばないような……?

 豪華で貴族的な食事会を連想させるような場所に案内されてしまった。

 こ、これが王城の食堂だと言うのだろうか?


「こちらへおかけになってお待ちください」


 案内された席にはすでにコルドリウス様がいて私達とミルリーナ様方を待っていた。

 ミルリーナ様方はさすがにまだ来ていないからしばらく待とう。


「それでは失礼します」


 青い花飾りのメイドさんは去って行った。

 ユーリちゃんが話したそうに私の方を見ている。

 右隣のクラリスさんの方を見ればクラリスさんも私の方を見ている。

 ……あの青い花飾り、ルプアも身につけていたからね。

 気になるのも仕方ないか。


「ユ、ユーリちゃん、あのメイドの花の飾りって……!」

「わたくしの頭のこれと同じ物で間違いないですわよね、フユミーさん!」

「うん、そっくりだったよ。クラリスさん、ああいう花の飾りって流行はやっている?」

「大振りな花の髪飾りは相当重要な社交の場でないと身に付けられない傾向にありますね。平時の時ではあまり使われないかと……」

「じゃあ同じと認識して良さそうだね。じゃああのメイドさん、ルプア、アキュルロッテと関係があるということだよね」

「そうなりますね。あの花飾りがアキュルロッテ様の貴族の印となると、相当気に入られていますけれど、どうして王城にいるのでしょうか?」

「……それはわかりませんわね。なにか事情があるのでしょうか?」


 クラリスさんにも事情はわからないらしい。

 ミルリーナ様方は事情を知っているのだろうか?


「アキュルロッテ様は国王陛下の婚約者だから、だな」

「兄上、そうなんです?」

「いつアキュルロッテ様と結婚できるかわからない以上、彼女の近衛騎士を王城に入れて王城独自の習わしを教えていてもおかしくないはずだ。今はメイドの格好をしているが、レイニーアはアキュルロッテ様の近衛騎士だ」

「アキュルロッテ様は近衛騎士まで捨てて王城を出られたのですか?」


 クラリスさんはとても驚いている。

 ……近衛騎士とは言っているけれど、ルプアは飛行魔術を使うから着いて行けるのだろうか?


「そうだ」

「……主様、もし王城を出られるのでしたらわたくしと一緒にお願いしますね?」

「待て、それをしたら俺はヴィクトール王弟殿下の騎士ではいられなくなる。やめるんだ」

「ヴィクトールから婚約を止める、といったことがない限り婚約がなくなることはないから……」


 …………もしかすると婚約をなかったことにするチャンスはヴィクトールのおとうさんであるヴェルドリス様が正式に婚約を認める書類を仕上げる前の今ぐらいしかないのかもしれないけれど、頷いたことをなかったことにするのはさすがに申し訳ないからね。


「おっ、揃っているな。それじゃあ食事を頼みに行くか」

「……頼みに行きますの?」

「食堂だからな! とりあえず全員ついてこい!」


 ヴェルドリス様に言われるがまま私達はついていった。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……大学の学食みたいなところだ。

 食事の提供場所が食事の種類ごとに分かれている。

 と言っても赤、青、緑の3種類しかないが……。

 食券のやり取りをしそうな場所もある。

 食券機はないため人力だが、ロの字型のテーブルの内側に4人の人がいるスペースが3ヶ所あってそこで金銭と食券のやり取りを行いそうだ。


「今はまだ混んでないからな! ゆっくり食事を選べるぞ。食事を選んで食札しょくふだをもらったら札の色に合わせた提供場所に並んでくれ! 食事をもらったらさっきの席で食べてくれ! それじゃあ各自、食事を選ぶように! 解散!」


 ……普通に食堂だ。

 王族である人達も食堂、使うんだ。

 い、意外。


「さて、フユミヤなにが食べたい? あの場所にどういう食事が食べられるかといったものが実際に見ることができる場所があるが……」

「見ようかな」


 実物が見れるなら見ておきたい。

 あの場所というのはガラスケースのような物の中に入っている3種類の食事らしき物が置いてある場所だ。

 ヴィクトールに促される形で私達はそこへ向かった。


「……量がすごいものが1種類と普通の量が2種類なんだ」

「俺としてはあまりこの食堂は使っていないが、結構なやつに好評でな、基本的にこの形で提供されている。フユミヤは見た目で気になるものはあるか?」

「麺の上に薄切りの茶色いお肉が乗っているもの……、かな。文字は、読めない?」

「俺が読む。ここの食事がなにかは使い捨ての石板に掘られているからな。インクの文字と違って読めないだろう」

「うん」

「というわけで読むからな。これは、薄切り肉甘だれ煮、ゆで麺に絡めて、だな。ゆで麺の大盛りはできるが、具材の肉は大盛りにはできないといった注意書きもある。これにするか?」

「とりあえずこれにしてみる」


 王族の人が食べるような食堂でマズい食事は出ないと思うが、勇気があまり出てこない。

 この肉の甘だれがスイーツのような味でなければいいんだけど、茶色いから大丈夫だよね?


「じゃあ青の札だな。食札を買いに行こう」

「……買うんだ」

「1枚1万リーフで買えるぞ。俺が出す」

「私の分は私が出すから別に大丈夫」

「食事代ぐらいは出させてくれ……」

「もう無一文じゃないからこのくらい出せるよ?」

「……そうか」


 お金に関してはもう誰のお世話にならなくていいくらいは稼いだ。

 最近所持金を数えてないけど、少なくとも1億リーフ以上は持っている。

 そういえば時計は王都にしかないとルプアが言っていたっけ。

 自由時間が手に入ったら時計屋を探してみようかな。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 青の食札を買った。

 食札自体は薄い石のようなものでできていて全体が青い色、提供場所を示す色になっている。

 これをそのまま提供場所に渡せばよさそうだ。

 青の提供場所はそんなに並んでいない。

 すぐに行こう。


「フユミヤ、俺と一緒に行こう。行くべき場所はわかっているか?」

「あの青が目立つ食事の提供場所だよね?」

「そうだ。それじゃあ行くか」

「うん」


 ヴィクトールがついていく形で私達は食事の提供場所に向かう。


「……食券は?」

「こちらです」

「はいよ。これだ」

「ありがとうございます」


 湯気が立っている食事がおぼんに乗せて渡される。

 ……食堂だな。


 食器は食事の提供場所から少し左にズレたところにあるので1つもらう。

 先割れスプーンではないのか。

 パスタのような食べ物だからかスプーンの先割れ部分が伸びていてもはやフォークとスプーンが合体したかのような食器だ。

 ここで止まってもヴィクトールが困ると思うので少し離れた場所で待つ。

 勝手に1人で行っても呼び止められる気がするので。


「それじゃあ行くか。俺達が取っている席に」

「うん」


 ヴィクトールも無事に食事をもらえたようだ。

 そのまま私達は席に戻った。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……ユーリちゃん、デカ盛りごはんだしもう食べている。

 誰よりも先に。

 こういうのって全員揃って食べた方がいいのでは?

 とも思ったけど、まあ、自由だと信じていいだろう。

 ヴィクトールは特になにも言っていないし。


「それじゃあ俺達も食べるか」

「……あれ? 席って決まっているんじゃ?」

「好きに座っていいだろう? 俺はフユミヤの隣がいいんだ。この机、向かいとの距離が遠いからな」

「そうなるとクラリスさんかコルドリウス様のどちらかが向こう側の席で食べることになって気まずいんじゃ?」

「コルドリウス様というのはなんだ?」

「コルドリウス様も貴族なので、私との身分差だね」

「貴族といっても一応あいつは俺の近衛騎士だ。今まで通りの呼び名でいい。俺との婚約が正式なものになったらフユミヤはほぼ平民ではなくなるからな。あまり丁寧な言葉で貴族に接しようとしなくていいぞ」

「そういうものなの?」

「そういうものだ。身分の高い者は偉そうにしておかないと下の者に敬われないからな」


 ……確かにコルドリウスさんに対する態度はわりと雑なように見えたけれど、そういう事情があったんだ。

 でもクラリスさんにそんな風な振る舞いはしたくはないかな。


「席を気にするなら向かい側に座っておくか? フユミヤが端で俺が父上か母上、どちらかと隣になっていいように座ればある程度はマシだろう。セラはあまり席とかは気にしないからな」

「…………そうしようかな」

「じゃあ移動だな」


 食事を持って言われた席に移動する。

 ユーリちゃんはデカ盛りごはんを食べるのに集中していて私たちのことは別に気にしていないようだ。


「さて、これで食べられるな。冷める前に食べてしまおう」

「そうだね」


 特に食事の挨拶をせず、私は薄切り肉が乗ったパスタのような食べ物に手を出した。

 ──────!

 この肉の甘だれ、すき焼きだ!

 大当たりを引いてしまった。

 すき焼き自体は滅多に食べられないからここでその味に触れられるだなんて思わなかった。


 日本食っぽい味がするお肉やローストビーフみたいなお肉もあったけれど、今回が一番すき焼きの味を再現できていると思う。

 でもお肉に油がないのが少し残念。

 魔力をそこまで使ってはいないから食感としては柔らかいけど、すき焼きは牛肉の脂も合わさると非常においしくなる食べ物なのでそれがあればとは思うけれどないものねだりだ。


 そしてパスタのようなものは、だいぶ脆い。

 麺が柔らかすぎる。

 甘だれとえようとしたら呆気なく千切れる。

 この先割れスプーンのフォーク拡張版みたいな形している意味が全然ないような、そんな気さえする。

 実際に口に含んでみると全然パスタではない。

 麺であることには変わりはないが、大事な工程を挟まれていない未完成品のようなそんな気がする。

 ……でもその工程をできていないということはなにかしら事情があるような気がする。

 深掘りは止めておこう。


「どうだ? 食べられそうか?」

「食べられる。おいしいよ」

「なら良かった。急に神妙な顔をして俺は驚いたぞ。どうしたんだ?」

「よく似た味のする食べ物があってそれを思い出していたの。滅多に食べられない食べ物の味がしたから多分そんな顔になっていたと思う」

「そうか、ならよかった」


 ヴィクトールも食事に手を付け始めた。

 そういえばヴィクトール、食事が好きではないって言っていたっけ。

 食欲がなさそうな食べ方だ。


 他の人達が食事を持ってやってきた。

 ヴェルドリス様がデカ盛りごはんで、ミルリーナ様とセラ様が芋と厚切り肉を炒めたもの、クラリスさんとコルドリウスさんは私とヴィクトールと同じ薄切り肉すき焼き煮のパスタもどきだ。


 ユーリちゃんはもうデカ盛りごはんを半分まで食べ終えている。

 早くない?


「……ユーリ、食べるのが早いな! おいしいか?」

「えぇ、おいしいですわ! これが日替わりで様々な大盛りごはんが食べられるだなんて最高ですわ!」

「そうだろう。大盛りごはんはいいよな!」

「そう言っているけどヴェルドリスくん、たまに消化不良起こして食後に気絶しかけていることがあるじゃない。そろそろ普通盛りにした方がいいんじゃないかしら?」

「……見た目ではまだ食べられると思ってしまうんだ」


 年か。

 見た目はそこまで老けてないけれど、内臓とかは地球の人達と同じように衰えるようだ。

 気絶といえば、ユーリちゃんもしたことあるんだっけ?

 食べ過ぎ、注意したほうがいいのかな。

 そこまで言うほどの関係じゃないからやめておこう。


「今年中には普通盛りにしてもらおうかしら、じゃないと」

「わかった! 普通盛りに直す! ……近いうちに」


 それは直さないのと同義のような?

 とは思ったけど黙っておく。

 こういうのに首を突っ込むのは良くないからね。


「さて、食事をしながら今後の話でもしようかしら。耳を傾けながらで構わないわ。聞いてくれる?」


 今後の、となるとしっかり聞かないとまずそうだ。

 食べる速度を緩めて聞く体勢に移る。

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