ロドニスの子供たち。
文明開花
プロローグ≪平和な世界とは≫
Ⅰ『街頭演説』
勇者ロドニスはこう言った。
隔たりのない平和な世界を築こうと。
しかし。
その夢は夢のままで終わった。
『魔力』という先天的な格差を排除したとしても、
人間の本質は何も変わらなかったのだから。
「我々は魔力廃絶主義を提唱する政策に断固として反対します!」
拡声器から発せられた声には恐れも迷いも存在しない。
声の主は豊かに実った稲穂のようなブロンドの長髪を後頭部で一つにまとめ、安物ではあるが、落ち着きのあるスカーレットのコートを着込んでいた。凛とした顔立ちに目を奪われる者もいるが、すぐに皆、一様に目を逸らして演説に足を止める者は一人として居ない。
駅前の広場には彼女の他に数名の活動家が道端でビラを配り、世の不条理さを訴えていた。
「政府が行っているのは意図的な意識の誘導で、」
唐突にオリエントは演説を区切る。理由は肩にソフトクリームを投げつけられたからだ。
「…………」
肩にべったりと張り付いたコーンが重力に負けて地面に滴り落ちる。
投げたのは会社員らしき男性。観衆の中に紛れて足取りはすぐに追えなくなる。こんな寒い夕暮れにわざわざ投げつけるためだけにソフトクリームを買ってここまで来てくれた事に軽蔑も憤慨する気持ちにすらならなかった。
「代表……! 大丈夫ですか!」
近くでビラを配っていた同じ活動家の男が血相を欠いてやってきた。
「ありがとう、問題ないよ。ちょうど甘味が食べたかったところだ」
肩に付いたアイスを指でなぞり、一口。バニラ味だ。
「そんな物を食べてはいけません。欲しければ買ってきますから。あと、平然としすぎです」
「君が慌てすぎなんだよ。でも、ミント味だったら怒ってたかもしれない」
「ナイフだったら怪我をしていましたし、アイスに毒が入っている可能性もあるんですよ。もっとご自分の立場を弁えてください」
男の言い分は非の打ち所がない正論だ。
オリエントは『虹の輪』という宗教団体の教祖を務めている。元々は数名の活動家が集ってビラ配りや街頭演説を行う小規模な集まりだったが、数年前から母体を宗教団体に改めた。宗教団体の方が、声が通るという仲間からのアドバイスがあったからだ。
「……わたしはそんなに軟じゃないよ」
それに君たちの何百倍も長生きしていると心の中で呟いた。
この世界には数多くの種族が『人類』という枠組みの中で生きている。
人族
獣族
耳長族
小人族
土竜族
魚人族
天族
それに……魔族だ。派生して亜人族を上げれば種族は数多に及ぶ。
髪を掻きあげると少し尖った耳が顔を出す。おまけに小さく笑うと鋭い犬歯が光る。
これは魔族特有のものだ。
幾星霜の時を経て、尚も衰えることのない不老の種族。濃度の高い魔力を有し、約四百年前に終戦を迎えた人類と魔王との長きに渡る争い――
『人類戦争』の際は魔王の配下として人類側と戦った。終戦後、魔王の洗脳が解けたことで身の潔白が証明され、人類の仲間入りを果たした種族。今も根強い差別意識は残っており、魔族たちは未だこの社会に馴染めずにいた。
「とにかく早くコートを取り換えましょう。替えはあと二着ですので、そのおつもりで」
男は釘を刺すようにどこからか真新しい紅色のコートを取り出した。
「すまない。いつも当てにしているよ」
「しないでください。クリーニング代も馬鹿になりませんから、」
「あー、はいはい分かったよ」
当てにしているのはコートの替えではなく、彼自身なのだが。察しが良く鋭い男ではあるが、こういうところが何故か鈍いのだと嘆息しながら、彼のズレたメガネを代わりに整えた。
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