拘束された少女が家にやってきた件

有原優

第1話 拘束少女がやってきた

「うわあああああ」


 拷問される。手足が痛い。

 実験のためだ。実験に唯一成功した私はそれから毎日苦痛な実験を受けている。

 さらなる結果を求めるために。

 本当に意味が分からない。だって私はただの子供なのだ。

 私は実験外の時間にもずっと拘束されたまま過ごされている。


 しかも、絶対に外せない拘束だ。


 お母さんはずっと私に「絶対助けるからね」と言ってくる。でも、もはやその言葉は信用ができない。

 お母さんが信用できないわけじゃない。私が本当にここから出られる、そんな希望をもうすでに捨てていたからだ。


 だけど、そんなある日、私はお母さんの必死の交戦により牢を出ることができた。

 お母さんにはこの状況を黙ってみていることができなかったみたいだ。


「ごめんね。拘束を解く鍵は見つからなかった。でも、これであなたを拷問から救うことができる」


 そう、お母さんは言った。

 そこからは追っ手を撒くのに必死だった。

 周りの平和的な世界の中必死に組織から逃げる私たち。しかも味方であるはずの警察なんて使えない。


 逃げるうちに、私たちはとある家にたどり着いた。

 そこは、きれいな一軒家だった。




「春、絶対に生きてね」


 そう言って牧子は娘をとある家に置く。その娘は手足が拘束されているかわいらしい少女だった。

 牧子は春のお母さんなのだが、もう体から血が流れだしていて、その血で床を汚さないことが精いっぱいだ。

 もう、お母さんは助からない。そう子供ながらに春は気づいていた。

 娘を逃がすために、もう致命傷を負ってしまったのだ。


「ごめんね。その拘束外せなくて」

「ううん、逃げれたんだから、それで十分」

「そう、いい子ね。これから不自由になると思うし、外にも出れなくなると思う。だけど、あの人は、きっとあなたを助けてくれる。……お母さんはこれで最後だけど、でも、あなたは絶対生き延びて、幸せになるのよ」

「うん、お母さん」



 その目からは涙が流れだす。


「それじゃあ、お母さん行くわね」

「……」


 牧子がその場から経とうとする。

 春は当初、それを黙ってみていたが、扉を開けたとたん、寂しさが出てきた。

 そして思わず言ってしまった、


「お母さん、行かないでぇ」


 と。


 そこからは涙を止めるのが大変だった、だが、止めないわけにはいかない。

 何しろ、今からあったこともない人に会う。そんな時に感情が揺らいでいたら、きちんと会話ができないからだ。

 あくまでも冷静に、かくまってもらえるように頼み込む。それが今の自分の仕事だ、と思った。


 そんなことをしている間に春は疲れ果てて寝てしまった。






 SIDE大輝


 それは、驚きだった。

 目が覚めると隣に拘束されている少女がいたのだ。

 まさに俺の家に。

 どういうことだ?

 まるで漫画のような出来事だ。夢なのだろうか?

 とりあえず自分の頬を軽くたたく。痛い。

 どうやら夢じゃないらしい。


「おい、起きろ」


 俺は軽く手で叩いて、起こそうとする。状況の把握がしたい。

 なぜここにいるのか。


「なーに?」

「お前は誰だ?」

「自己紹介されてないのに先に私の自己紹介を求めるなんて……わがままですね」

「ああ、俺は黒川大輝。高校生だ」


 俺は軽い自己紹介をした。別に俺まで自己紹介をする義理は無かったのだが、

 何しろ、ここは俺の家なのだ。俺が主なのだ。

 まあ彼女の機嫌がそれで保たれるのであれば別にいいだろう。


「で、お前は?」


 そこが一番大事なのだ。急に現れた手足拘束されている少女、そこが気になって仕方ない。それに彼女自身も手枷足枷には一切触れてこないのだ。

 現実的に考えて、知らない少女が家にいるだけで現実的じゃないのに、それが拘束されているなんてどっかのエロ漫画を疑ってしまう。

 ただ、ロリコンではないし、そんな趣味などない。


「私は澤雪春です。十四歳です」


 さすがに日本人か。


「……」


 え? それだけ? 最も気になるところが省略されている気がするんだけど。


 しかし、聞いてもいいのか全く分からない。普通、人に、なぜ拘束されているんですかなどと聞く場面なんて無いのだ。

 もしセンシティブな理由だとしたら聞くのも申し訳がない。


「えっと、なぜここに?」


 とりあえずそう尋ねる。

 拘束に引っ張られがちだが、そもそも何で彼女がここにいるのかすらも分からない。

 普通に考えたら住居侵入罪とか、不法侵入とかよく分からんが、そういう法律に違反してそうだ。


「それは、ママがここに送ったの。この人の家なら大丈夫だって」

「ママとは誰だ?」

「澤雪牧子はご存知でしょうか」


 その人物を俺は知っている。と言っても今は亡き母親の同級生だが。

 記憶の中では一度だけ会ったことがある。


「その人の娘です」

「よし、お母さんを呼んできてもらおうか」

「それは無理です。私のお母さんはもう亡くなったから」

「は?」

「だから私がここにいるんです。お母さんは組織から私を逃すために命を落としました」

「ちょっと待て、文脈がわからない」


 組織とはなんだ。

 そもそもお母さんは亡くなったって?


「お母さんは私を逃がすために命を落としました。しかし、あくまでも組織から抜けれただけです。私の手枷足枷は外れてません。ほら見てください、私の手を」


 そう言って、彼女は後ろ手で縛られた手を俺に受ける。硬そうな鉄で作られた枷が彼女の両手の自由を奪っている。

 その枷につけられている鎖の長さから考えても本当に手の自由はないのだろう。


「これをどうしろって?」

「簡単な話です。私の手枷を外してください」

「いや、それこそ無理な話だろ。俺にはそんな技術なんてねえ。別の人に頼め」

「でも、お母さんが言ってました。彼なら引き受けてくれるだろうって」

「そうは言われても専門家に頼めばいいだろ」

「ダメです。外部の人間は信用できません。警察も何もかも」


 外部の人が?

 そんなに味方がいないのか。


「でもさっき言った通り俺にそんな技術なんてねえぞ」


 何しろ、ただの男子高校生だ。枷の仕組みなんて一切知らない。


「あなたに求めるのは一つ。面倒を見てほしいのです」


 面倒? そっか、親がいないと言っていたし、生活するすべがないんだな。そもそもその手枷で外に出ることなんて無理なわけだし。


「お願いします……」


 ああくそ、上目使いかよ。くそ、俺はこういうのに弱い。


「たく、つまり俺に面倒見ろって言いたいんだな」

「そうです」


 普通に考えたらおかしな話だ。


「はあ、今のお前と一緒にいると、俺の方が誘拐とか、なんかの罪に問われる可能性があるぞ」

「それはそれですみませんと言うしかないですね」

「自分では何も言わないのかよ」

「だって私が何か証言したって、何にもなりませんから」

「じゃあ、組織とかいうやつらがくることは?」

「おそらくないと思います。お母さんが最後の力で半壊させてますし……」


 お母さん強いな。


「俺がもしその申し出を断ったら?」

「私が一人餓死するだけです。一人の人間を殺しても構わないならそれでいいですよ」

「俺に拒否権は無いってことか……」

「そうですね」


 なんて強い子だ。いや、もうこれは俺が断ることができないと勘づいているな。

 ああ、畜生。そうだよ、俺にこの子を外に一人で追い出すほど、人間ができていないわけではない。


「分かった。決定は保留だ。とりあえずはここで暮らせ」

「ありがとう! お礼に私のことハグしてもいいですよ」

「それは俺の価値が下がる気がするからやめとくわ」

「え?」

「いや、なんでも無い」


 何しろ、見返りを求める(しかも抵抗できない相手に)なんて、そんな恥ずかしいことはない。


 そうして俺たちは一緒に暮らすことになった。拘束されている少女と一つ屋根の下で過ごすことに。


 ……俺の理性が保てるのかどうかだな。

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