貸借一致のカタルシス~あなたといつまでも一緒にいるために~ 第二巻

木村サイダー

私は衝突安全ブレーキレス仕様

なんだかんだ言っても、まず最初の試験て、実は六月なんだよね。四月に入学して六月にいきなり試験て早くね?仕事だったら大体三ヶ月は試用期間やん。その期間中に本番試験て、新手のパワハラじゃね?


なんて理解力のない自分を棚に上げて愚痴ってみる。しかし現実は何も変わることはない。六月第二週の日曜日。そこに中間ボスキャラが待っている。

簿記三級試験‥‥


けど、予備校の時と違って今回は私にとってスーパー助っ人君が現れたので、五里霧中のまま谷底に突っ込むことは無くなったみたい。



江崎君‥‥



「では、今日はここまでと致します。どうもお疲れ様でした」

吉山先生の終礼で本日の授業は終わり。

私は江崎くんをチラ見する。

江崎君も私の方を見てくれていた。目が合ってどきりと心臓が飛び跳ねる。

ドラマのワンシーンのように、美の結晶が優しく柔らかい笑顔を私に向けてくれている。

自分から見ておいて何で?って思うかもしれないけど、仕方ない。無理!江崎君の前では私はこんなもんだ。



『今日からお互い同い年なんだし、敬語やめよっか?』



と彼から提案された。

そりゃそうだ、同い年だもん。しかもお互い訳ありの『訳アリ同盟』。だから問題ないはず‥‥二人の距離感が、また少し近づいた気がする。

こんなことぐらいでドキドキとかする?って自分で自分を疑う。

『やめよっか?』の「‥‥よっか」の部分だけで破壊力を感じてしまった。


乙女?そんなわけないし。

別に惚れっぽいこともない。むしろ惚れない方だと思う。


惚れないから無理矢理惚れようとして苦労する。自分で自分を納得させる。欲しがるものを提供する。でも『違うんじゃないかこいつ?』という警告灯は常に点灯していて、そして悪い予感がビンゴする。いつもそんな感じなのに。



江崎君に関しては、警告灯が点灯しない。それどころか自動運転と追跡機能付きクルーズコントロールで勝手についていきそうになるんだ。ついでに言えば衝突安全ブレーキはついていないぜ!車間距離が分からなくなる〜ぶつかる〜!!


昨日、『江崎』と表札のついた家で急ブレーキをかけさせてしまった後に、誤魔化すために、阿須那と自動車の話題をしたことが脳裏に焼きついていた。いや、多分表札を見た前後の記憶が全部こびり付いているんだ。

『ねえ、私昨日、『江崎』って表札のお家見たんだけど、すっごい豪邸だったんだけど、あれって江崎くんち?』


「今日も、お茶しようか?」

「はい?!」

「あれ‥‥ダメだった?」

不意にでかい声を出してしまった。教室に残っている人たちの視線が私と江崎君に降り注ぐ。

――――あのキレイめな子からも‥‥オフショルダーの白に黒のボーダー柄ニットに黒いタイトロングスカートできめている。しかもショートの黒いブーツも格好良いじゃないのよ。


私はとりあえず金曜日と同じ服‥‥トホホな感じ。


空想の問いかけから戻されたからだ。だって江崎君の顔見ていたら、、、ぶつかりそう。また昨日の車の話題だ。

「ダメじゃない‥‥よ、けど、お金が‥‥」

最低な理由でかつマストにクリアしなければいけない問題。

「問題なし」

いやいや、問題あるって。

「問題なしって、ご馳走になってばっかは悪いよ」

「今日は僕も習ったことの復習がしたいのもあるから、角谷さんは僕に付き合わされた、それでどう?」

「それでどうって‥‥いいの?」

スクッと立ち上がって、手早くトートバッグの中に教科書などを入れていく。

わわわ、置いて行かれてしまう。私もまだ『いい』とも『ダメ』とも言われていないのに、教科書用バッグに文具類を詰め込む。


「僕もお金ない時は、ごめん、今日は無理!とか、後、分からないことがあって先生に質問したいなあって思う時は『今日はここで』(教室)って言うし」

軽くウインクをした。目元から星が飛んだんじゃないかと思えてしまう。


しかし、あんまりご馳走になってばっかりはやっぱり良くない。何か返さないといけない。お母さんにお金借りようかなあ‥‥信用がまだ足りないしなあ。服も欲しいしなあ、、、落ち着いたやつ。けど昔のあいつら(竹村とその取り巻き)みたいにキャッシングまでしてお金を手に入れたいとは思わない。そこは企業の借入金とは訳が違う。

――――阿須那にどうやったらもうちょっとだけ親から信用を得てお金を引き出せるか相談してみようかなあ。

ああ、なんて情けない二十歳なんだろう。



「今日のお昼は何食べたの?」

エレベーターに乗り込んだ。私たちのあとからクラスメイトと思しき人たちがぞろぞろと乗り込んで来る。まあまあ満員に近い。エレベーターのドアは閉じられて一階へと向かう。

「今日は私はお弁当」

「ひょっとして自分で作っているの?」

「うん。前日の残り物と冷凍食品だけどね」

「へぇ‥‥凄いなあ、やっぱりそうやってしたらだいぶお金浮く?」

「浮く浮く、全然違う。だって前の晩の食べ残しよ。その分はないし、後は冷食だって何回かに分けて使える」

「僕も自炊したときはやってみるかなあ‥‥」

自炊するんだあ‥‥へぇ~ますますステキな男子だあ‥‥

けど、それと同時に、

あの家のお坊ちゃまだったらきっと使用人とかいて、自炊なんてしないだろうなあ。専属のシェフとかいたりして、家まで作りに来てくれて食べているとか、、、あり得る。


じゃあやっぱりあの家の人ではないのかな。「江崎」なんて名前、他にもまあまあ居てるしなあ。確認してみる。

「自炊するってことは江崎君は一人暮らし?」

「うん、そうやで」

あ、やっぱり違うんだ。良かった‥‥どっちが良かったんだろう?なんて我ながらなんて計算高い女なんだと少し落胆してしまう。特に今はお金がないから、、、気持ち的にパワーオブマネーに弱いのだ。


でも一人ぐらいのほうがステキかな。自立していて、家のことしなくちゃいけないのが分かっていて、洗濯物洗って干すまではいいのだけど、入れてたたむ面倒くささとか、料理作るのは良いんだけど、洗い物の面倒くささとか理解してくれてたりして‥‥

て、何一緒に住んだ時のことを考えているの私?バカじゃない??バカなのか~??何でそんなことになるんだよ~バカッ!




エレベーターが一階で開き、ぞろぞろと生徒が降りて行く。私たちは一番後ろの壁際だった。よくよく見ればあのオフショルダーの彼女も乗っていた。一度もこちらを振り向かない。同じクラスで同じタイミングで終わるのだから、特に先生に質問が無ければだいたい同じタイミングで帰るのは当たり前。皆がそれぞれの家路に向かう。

私たちも横には並べないけど‥‥並ぶ勇気なんてないけど、こないだよりはもうちょっと近いけど、それでもまだまだ遠い距離で歩く。あの喫茶店へ向かう。



「まあでも実家の傍なんだけどね」

ほんの少し前で歩く彼がチラリと私を振り返った。表情はいつも柔和だ。

「ほう‥‥」

それに比べて、返事が自分でも思うぐらいいやらしい。我ながら値踏みをしたかのような返事だった。

実家、、、実家かあ。

おーそういう可能性もあったか。実家、あるいは親族があの家で、自分は悠々自適な一人暮らしをしていて、あそこに女を次から次へと連れ込んではヤリ部屋にして‥‥いや、違うやろう。違う違う‥‥。

だいたいあの大きなお屋敷が江崎君の実家だなんてまだ決まっていない。



外に出れば今日は暖かいを通り越して少し暑いぐらいの気温で、パーカーを脱いで下のTシャツだけでも動けそうな陽気。けど風はまだ少し冷たい。『春に三日の晴れ間なし』初登校した日がその初日だったとすれば、今日は最終日。明日からまた寒くなる。


ところが、私の妄想だけはどうも陰気だ。自分が卑屈になっている。

あまりにも自分とかけ離れているから‥‥



春のそよ風のように爽やかで、夏の日差しのような輝きを持ち、秋の紅葉のように鮮やかな色彩を放ち、深々と降り積もる雪のように静かな落ち着きを持つ。

自分のようにギラギラして、やれスクールカーストだ、やれ上位者だ、うぇーい!!ってやり散らかして、色々失敗して、残骸になってしまったのとは違う。そのことが卑屈になって、ついつい悪いところを探してしまいたくなる。けどそれは愚かなことでしかない。


そのくせどこかで、一緒に暮らしたらこんなんかなあ、とか、ここに二人で行ったら、きっとこんなんで楽しいんだろうなあ、、、とか、叶いもしないことを想像してしまう。この二者間の大きな溝が私を変にさせている。


あんまりしつこく女のことを追求したら、逆に人格疑われる‥‥

とりあえず今日はここで堪えて。

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