第2章 「加害者を守る」ことになる「法律」を否定した魔王、ミルティーナ
2-1 「刑罰の甘さ」に絶望した魔王は法律を撤廃するようです
「終わりだ、司教殿」
大教会の祭壇の前で、魔王ミルティーナはとどめを刺そうと司教に手を振り上げる。
魔王ミルティーナの種族は人間だ。
だが、内包する魔力はイルミナほどではないが、きわめて高い。
また、大変美しい容姿とスタイルをしており、見る人を魅了する。
そして彼女の後ろには、その思想に共感したと思われる多くの人々が、共に武器を取って傍を守るように立っていた。
「く……生き残りは……もう、ワシだけか……」
司教はそうつぶやき絶望的な表情を浮かべた。
彼の足元には多くの僧兵が転がっている。……みな、彼女の野望を阻止するために戦い、そして死んでいったのだろう。
司教は年老いてはいたが、ミルティーナと同様大変に優れた容姿をしており、一種のカリスマを感じさせるたたずまいであった。
「なぜ……そなたは今の社会を壊そうとするのじゃ!」
「決まっている。私の両親を騙して金を奪い、そして自殺に追いやった詐欺師どもを……法の名の下に、あんな微罪で済ませた貴様らが許せないんだ! まして、その判決を下した貴様は万死に値する!」
そう、涙ながらに叫び、そして魔法の光弾を司教に向かって打ち込む。
「ぐ……」
意図的に致命傷は避けられているが、その司教は腕を抑え込み膝をついた。
彼女の言葉に呼応するように、
「そうだ! 法律は加害者に甘すぎるんだ!」
「加害者に報いを! 我々と同じ痛みを! 私をいじめた奴らに鉄槌を!」
「そうだ! 苦しめられた俺たちの分だけ、相手も苦しめばいいんだ!」
そんな声が後ろから聞こえてきている。
既に武器も魔法も使えない状態の司教は、それでも心は折れずに魔王ミルティーナに対してつぶやく。
「それについて、言い訳はすまい……。そなたの気が済むまで私を痛めつけるがいい……」
「フン……。貴様を苦しめることに意味はない。ただ一つだけ、要求をする。それを認めれば、貴様の命は助けよう」
「……一応聞こう」
そして魔王ミルティーナは悲しむようにつぶやく。
「貴様たちが『法律』などというくだらないものを作ったことは……人類の最大の過ちだった、と認めよ」
だが、司教はその発言に覚悟を決めたような表情で見据える。
「殺せ」
命乞いの言葉が返ってくると思ったのだろう、魔王ミルティーナは勿論、周囲の人々も意外そうな表情を見せた。
「なぜだ? 貴様、命が惜しくないのか?」
「当然じゃ。ワシら人間は多くの過ちを繰り返しながら、今まで生きてきた。そしてたどり着いたのが『人』ではなく『法』が支配する世界なんじゃよ」
「だが、その法が弱者の力にならず、強者を守るものになっているのだぞ?」
魔王ミルティーナは、そう悲痛な表情でつぶやく。
そして司教は、それを頷いて受け入れながらも、主張する。
「確かにその側面もあるじゃろう。じゃが……人は差別をする生き物じゃ。美しいもの、金を持つものへの罪を軽く、醜いものや貧しいものには罪を重くする。……そんな独裁者をワシは何人も見てきたのじゃよ……それを平等にさばくのが法律なのじゃ」
この『独裁者』とは、魔王ミルティーナ自身に対して言っていることはすぐに彼女にも理解できた。
つまり法を否定し、彼女による独裁国家を作ったとしても、いずれは自身が誤った世界に変えてしまうのだ、という意味だ。
それについては魔王ミルティーナも自覚はしているのだろう、頷いたうえで一歩司教に近づいた。
「ならば、人でも法でもない! 私は新しい『魔法』により正しく、罪に対する適切な罰を与える世界を作り出す!」
「ほう……では、その『罰』とは何を与えるのじゃ?」
「決まっている! 与えた罪と同じ痛みを加害者に与える魔法だ! 盗んだものには盗んだ分の金銭を奪い! 傷つけたものには同じ傷を与え! ……そして言葉で人を傷つけたものにはそれに対応する苦痛を与えるのだ!」
「……ほう……心の痛みも、か?」
その発言に思うところがあったのだろう、司教はピクリ、と顔をあげる。
「そうだ。……人間共は、いつも私を性的な目で見つめてきた。これがどれだけ私を不快にしてきたか、分かるのか? 貴様は私を異性と認識していなかったようだから、わかるまい」
その発言に、後ろからも声が聞こえてきた。
「そうよ! 悪質なナンパに、どれだけ嫌な思いをしてきたと思うの? 断ったら『ブスが調子こくな』って、何様よ、あいつら! 男にはわからないでしょ、この痛みは?」
「俺だって学生の頃『キモい、生理的に無理』って女子に言って笑われてきたんだぞ! それを教師に打ち明けても相手にされなかった気持ち、顔のいいあんたに分かるか?」
「私は家が金持ちだからって理由でいじめられたのよ! しかも言い返したら被害者面して周囲を味方につけて! 相手が権力者なら何やっても傷つかないって思ってるのよ、みんな! この苦しみ、人気者だったあなたにはわからないでしょ!」
彼らの叫びに、司教は悲痛な表情でうなづく。
「分かる……とワシが言うのはおこがましいものじゃな。分からんよ」
「だろうな。貴様のような勝ち組には、永遠に分からんさ。だが、そのような『心への暴力』も含め、相応の罰を受ける魔法を全国民に与える」
そして、自身の思想に陶酔するように目を閉じ、魔王ミルティーナはつぶやく。
「そうすればこの世界はきっと……素晴らしいものになるだろうからな……」
「そうか……なら、ワシはそれを止めよう」
そう言うと、死んだ僧兵の手から剣を取り、魔王ミルティーナに向けた。
彼我の実力差など、比べるべくもない。
彼の件が魔王ミルティーナに届くことはありえないだろう。……つまりこれは、命を懸けた意思表明だと魔王ミルティーナも気が付いた。
「おぬしの考えは間違っておる……絶対にそれは断言する」
「ほう? なぜそう言い切れる! 貴様ら人間も間違え続けてきただろう?」
「そうじゃ。だから言えるのじゃ。貴様らの目は憎しみにあふれておる。……陳腐な表現かもしれぬが、憎しみと報復で行った行動が、よい結果となった試しがない」
「くだらん戯言だな。それは貴様が当事者ではないから言えるのだ」
「じゃろうな。じゃが、お前たちはその『当事者』に寄りすぎておる。そこが破綻する元凶となる気がするのじゃよ」
司教はどこか同情するような表情で答える。
そして半ば遺言のようにぽつりぽつりとつぶやいていく。
「おぬしのやり方のどこが誤ってるかは、ワシには分からん。……じゃが、肝に銘じておけ。なぜ人が法律などと言うものを作ったのかを……」
「フン。貴様ら人間共が弱いからだろう? そして私のような『応報罰の魔法』を使えぬからだ」
「じゃがおぬしも含め、人は……『加害者を罰したい』という気持ちを持つものじゃ。それ自体は否定せんが……もっと大切なものがあるのじゃ……」
だが、それ以上の会話は無意味と思ったのだろう。
魔王ミルティーナは魔力を込め、
「被害者の痛みを加害者に理解させること以上に、大切なものなどないだろう。……終わりだ」
そして魔法の光弾を司教に打ち付ける。
司教は断末魔の声一つ漏らさず、その場で消し炭となった。
そして生きているものが居ない教会の中で魔王ミルティーナは祭壇の上に置いてあった法律書をびりびりに引き裂く。
そして、
「これより私は……この国を新しい形で統治する! 法でも人でもない! 『やられたらやり返す』でもない! 『やったらやり返される』魔法によって、この世界を正しい形で統治するのだ!」
そう叫ぶと周りの人々も「わあああああ!」と歓喜の声をあげた。
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