1-9 自分だけ免除されても、受け入れられない決まりはあるものです

その日は、冷たい秋風が吹きながらもカラッとした晴天だった。




「イルミナ、今日はどこに行くんだ?」

「え? ああ、前二コラも会ったでしょ? 南に居る、知り合いのお別れ会に行くのよ」

「お別れ会?」

「うん。……今年はさ、ちょっと全員冬を越すのは、無理みたいだからね」



何を言っているのかは分からなかったが、俺はイルミナに連れられて南の農村に歩いて行った。




「おや、二コラさん。元気だったかい?」

「ああ、知り合いって、お婆さんの事だったんですね」


そこに居たのは、俺が最初にこの国に来た時に案内してもらった老婆だった。

よく見ると息子も隣にいた。



「お婆さん、ずっと二コラのことを気にしていたのよ? だから今日は会わせてあげたいと思ったのよ」

「ええ。けど元気そうで何よりだねえ……」


そうしみじみと優しそうな表情で笑う老婆を見て、俺は笑顔を返す。



「今日はお別れ会って言ってたけど、どういうことですか?」

「ああ、お別れはお別れだよ。それより今日は楽しんでいってね?」


そう老婆は言うと、決して豪華ではないが美味しそうな食事を振舞ってくれた。


当初は順調にいっていたサツマイモの栽培だが、残念ながら害虫が今年は大量発生したこともあり、予定していた量の収量には満たなかった。

周囲からは『二コラが新しい農法を実施したからだ』と言われることも覚悟したが、



「二コラさんがいなかったら、きっと今よりもずっと収量が少なかっただろうから、感謝しているよ」


と農民たちはみな俺を責めることはなかった。


……こういう場では、俺みたいなよそ者がスケープゴートになると感じていたが、それを行わないあたりが、本当に彼らは『愚かな人間』とは違うんだな、と心から感じた。



俺とイルミナは席についた。


「それじゃあいただきます。イルミナ、どれがいい? 取ってあげるよ」

「え? ……じゃあ、このスープからいい?」

「ああ」


俺はイルミナにスープを取ってあげた。

一口飲むとイルミナははぱっと明るい笑顔を老婆に向けた。


「……うん、美味しいよ、おばあさん!」

「そうかい? それは良かった……」



よく見ると老婆のプレートは90になっていた。

よほど幸福な人生を送ってきたのだろうな。


そんな風に思いながら、俺達は老婆と楽しく時間を過ごした。





そしてその翌日。

俺はいつものように朝食を用意しながら、新聞を読んでいた。


「……え?」


だが、その記事を見て驚いた。



その記事には『今年の譲渡者』という名前で記事が書かれており、そこには昨日お別れ会を開いた老婆の名前もあったからだ。



「おはよう、二コラ」

「おはよう。……なあイルミナ? この『今年の譲渡者』ってなんだ?」

「ああ、それ?」



その後に聴いた言葉は、俺にとって全く理解できないものだった。




「今年は不作だったでしょ? だから、今年生まれた子どものために、口減らしとして自殺した人のリストよ?」




「は……?」


俺は思わず絶句した。


「だって、私たち大人が今まで幸せに暮らしてきたのに、生まれる子どもが飢えて死んじゃうなんて、かわいそうじゃない? だから不作になりそうな年には、何人かが子どもたちのために死ぬことにしてるのよ」

「死ぬって……嘘だろ? 一体だれがそんなことを決めてんだよ?」


そう言うとイルミナは胸に付けていたプレートを見せた。



「そっか。まだ二コラには教えてなかったわね。みんなつけているプレートの数字があるけど、この数字が大きい人が順番に死ぬようにしているの。だから誰かが決めてるとかじゃなくって自分から立候補するのよ」



なるほど、いわゆる『姥捨て』とは決定的に違うのは、これが自発的に行われる行為だということか。

そしてプレートを付けることで、自分が死ぬ順番は、いつくらいがいいかを周囲と比べて目安にするというわけだ。



……って、納得できるか!



「そんな簡単に……死ぬのが怖くないのかよ?」

「もちろん怖いわよ。けど、そのせいで生まれてくる子を不幸にすることに比べたらずっとましよ。この世界に幸せにしてもらった分、私たちが子どもたちのために道を譲るのが道理じゃない?」


イルミナは顔色一つ変えずにそう答えた。


「じゃあ、昨日会ったお婆さんは、もう……」

「ええ、もうこの世にいないわ。とても幸せな最期を過ごせてよかったって言ってたもの」

「…………」



俺はショックで呆然としていたのだが、イルミナは俺が老婆の死を悼んでいると感じたのだろう。



「……悲しんでくれてありがと、二コラ。……きっと二コラもお婆さんを幸せにしてあげられたわ」



そういってイルミナはそっと俺のことを抱きしめてくれた。

……だが、俺は当然もう一つの結論に気がついた。



「おい、じゃあイルミナ? イルミナもプレートが50だから……いつかは順番が来るのか?」

「もちろん。私は家族や二コラに、一杯幸せにしてもらえたから! だから、もう少ししたら子どもたちに譲ってあげないと!」


そうあっけらかんとイルミナは答えた。



「そうそう! あたしたちも順番が来たら譲るからね?」

「ボクはまだ、プレートは『5』だけどね!」


イルミナの弟妹達も、そう答えながら俺に抱きついてきた。

……二人はまだ幼いのに。



……なるほど、俺は理解した。

彼らは「自分のことより他人のことを第一に考える人々」だ。だからこそ、誰かのために自分が死ぬのを恐れない。


だが、それだけはどうしても受け入れることが出来ない。

俺は思わず叫んだ。



「だめだろ! そんなのは! そんな形で死ぬなんて嫌だ!」

「え? ……別にこれは義務じゃないから……二コラは別にプレートを付けなくてもいいのよ?」

「それだけじゃない!」

「え? ど、どうしたの、二コラ、急に……」



思わず俺はぐい、とイルミナに渾身の力で抱きしめた。

背骨が折れるかもしれないとすら思うような力だった。


そして涙ながらに、俺はイルミナに尋ねる。



「だって……そしたらイルミナがいつか……誰かの代わりに死ぬってことだろ? 俺は嫌だよ、そんなの……」

「…………」



そう言うとイルミナは「分かったわ」と言ってプレートを外した。

それを見て俺は安堵した。


「そうよね。……二コラは私たちの世界とは違う人だもんね。……はい、プレートを外したわよ?」

「イルミナ……いいのか?」


だが……。



「うん。私は二コラが死ぬまでは、生きることにするわね? それまで『譲渡者』は、他の人に代わってもらうわ?」



そうイルミナは言い、俺は自分がぬか喜びをしたことに気が付いた。


「ほかの人って……それってイルミナの代わりに、誰かが死ぬってことだろ?」

「うん。みんな二コラのことが好きだから、喜んで死んでくれるはずよ。だから二コラは、私と二人で、ず~っと一緒に居られるわよ?」



その発言に俺は心から恐ろしいものを感じた。

……彼女はこの発言に、当てつけでも悪意を込めて言っているわけでもなかったからだ。

いっそのこと、本当に皮肉で言ってくれていた方がマシだったが。



「みんなもそれでいい?」


彼女がそう弟妹に尋ねたら、二人はまったく曇りのない笑顔でうなづく。



「うん、もちろんOK! 二コラの番が来たら先にあたしが死ぬね!」

「僕も僕も! だから二コラ兄ちゃんはさ! イルミナ姉ちゃんと幸せになってよ、僕らの分までさ!」



まだ10歳にもなっていない二人が、そんな恐ろしいことを言ってきた。

彼らは、純粋に俺のことを想って「俺のために犠牲になる」と言ってくれているのだ。




よくあるディストピアものだったら、こういう時には『だから、二コラも順番が来たら死んでね?』とでもいうのだろう。


……だが彼らは逆に、俺と『俺が望む相手』だけは特別扱いしてくれて、そのために幼い子どもたちが俺のために犠牲になるとまでいうのだ。


正直、俺にとってはそのほうが恐ろしかった。


俺はそっとイルミナを抱きしめる力を緩めて、答えた。


「いや……やっぱり良いよ、イルミナ……今までありがとうな……」

「え?」

「本当に、イルミナのことは大好きだったよ……けど、俺は……」



やっぱりこの国は、俺には合わない。

放っておいたら、俺はイルミナから……いや、この『愚かじゃない人々』全てから、何もかも奪いつくしてしまう。


その癖、頭では『命に代えてもイルミナを守る』なんて自己満足に満ちたことを思っておきながら、誰かのために犠牲になる生き方も、誰かを自分のために犠牲にする生き方も受け入れることも出来ない。



……俺はこの国を出ることを決意した。

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