【SF短編小説】無重力の攻防:老宇宙飛行士、最後の戦い
藍埜佑(あいのたすく)
プロローグ:地上の束縛:英雄の帰還
フロリダ州ケープカナベラル、NASAのケネディ宇宙センター。
灼熱の太陽が照りつける中、ジョン・ハリソンは杖を頼りにゆっくりと歩を進めていた。かつては宇宙飛行士としてトップを走り、マラソンでも輝かしい記録を持っていたこの男は、今や関節炎に苦しむ非力な老人と化していた。
「ハリソンさん、大丈夫ですか?」
若い女性職員のサラ・チェンが、心配そうに声をかけてきた。
ジョンは苦笑いを浮かべながら答えた。
「ありがとう、サラ。大丈夫さ。ただ、この忌々しい重力が骨にこたえるだけだよ」
その言葉に、サラは安堵の表情を見せた。
しかし、その眼差しには依然として心配の色が残っていた。
ジョンはふと空を見上げた。澄み渡る青い空の向こうには、彼の第二の家とも言える国際宇宙ステーション「ニュー・ホライズン」があった。明日には再びあの低重力空間に身を置くことができる。その思いが、彼の心を躍らせた。
「明日の打ち上げが待ち遠しいですね」
サラが言った。
「ああ、本当にそうだ。宇宙に行けば、この身体もまた自由になれるんだ」
ジョンの目に、かつての輝きが戻ってきた。
そんな会話をしている二人の近くを、一人の若い男性が通り過ぎていった。濃い色のサングラスで顔の大半が隠れているその男は、さり気なくジョンの様子を観察していた。
男は小さな通信機に向かって囁いた。
「確認完了。目標の身体能力は予想以上に低下している。作戦は予定通り進行可能」
男が淡々と報告する。しかし、ジョンたちにその事実を知る由もない。
ジョンは再び歩き出した。その足取りは重々しく、まるで地球の重力に縛られていた。しかし、その瞳の奥には、宇宙への熱い思いが燃えていた。
明日、全てが変わる。ジョンの心の中で、そんな予感が静かに膨らんでいった。
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