黄泉鏡

色葉みと

穏やかな眠り

 これは、夢かい……?

 夜中に目が覚めたと思ったら、ご先祖様が創り出したという鏡が光っている。




『お迎えにあがりました』


「……あなたは?」




 鏡の中から出てきたのは、真っ黒な着物を着た男性。しかも死者のように左前の着方になっている。




『私はこの世でいうところの死神のようなもの。水上千鶴みなかみちづるさん、お迎えにあがりました』




 死神さんが迎えにきた……。それはつまり、わたしは死ぬということなのだろう。

 そうか、いよいよわたしの番が来たか……。


 夫に先立たれ早10年。孫が生まれて早14年。娘が生まれて早42年。


 ——この世に生を受けてから、早71年。いや、でもなかったね。


 これまでの71年間、本当に色々なことがあった。悲しいことも苦しいことも、辛いことだってたくさんあった。

 それでも生きてきたのは、嬉しいことや楽しいこと、幸せだって感じることもあったから。


 それにしても、71歳とはまた少し早めだね。平均寿命はもう少しあったはずだけど。でもきっと、わたしの寿命は今日までなのだろう。


 死ぬのは少し怖いと思っていたが、案外大丈夫そうだ。




『千鶴さん、この世に後悔はありませんか?』




 死神さん、変なことを聞くね。後悔、後悔か……。やりたいこともやった。やり残したことも特にない。だけど……。




「後悔はないね。……ただ心残りはある」




 娘のあずさは大丈夫だろうけど、こずえは、孫の梢はまだ心配だ。

 あの子はわたしに懐いてくれているから、わたしが死んだと知ったらしばらくは立ち直れないかもしれない。




『時に千鶴さん、こちらの鏡について何か知っていますか?』




 そう言って死神さんが指し示したのは光っている鏡だった。

 ……突然話題が変わったね。




「ご先祖様が創った黄泉鏡よみかがみと呼ばれるもの、ということくらいしか知らないよ?」


『そうですか。では説明いたしましょう。この黄泉鏡というものには二つの役割があります。一つ目は、私のような死神と共にこの鏡を通り、黄泉へと向かうこと。二つ目は、死者に会いたいという願いを叶えることです。ということで、お孫さんが願えば一度だけ話すことができますよ』


「どういうことかい!?」


『そういうことです。色々と制約はありますが、千鶴さんはそれを全て満たしています。つまりお孫さんが願えば一度だけ話すことができます』


「……そ、そうかい」




 死神さんがそう言うのならばそういうことなのだろう。今のこの状態も不思議なんだから、そういうこともできるはず。うん、考えるだけ無駄なような気がするね。




『……そろそろ時間です。この世とお別れする時間ですよ』




 そう言って死神さんは私に手を差し伸べる。言っていることだけだとなかなかに怖いが、その仕草はとても優しいものだった。

 私はそっと手に手を重ねた。




「……死神さん、あなた生きてる? 手、冷たいね?」


『残念ながら生きてませんね。なので冷たくて当たり前です』


「そうか、そうだったね」


『さあ、行きますよ』




 手を引かれ黄泉鏡へと入る。ふと振り返ってみると、穏やかに眠る自分が見えた。


 ————71年間ありがとうね。おやすみ、わたし。

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