第6話
「なるほど、剣は使わないわけだな?なら普段はどういう戦い方をするんだ?」
「いや、姫殿下。私は文官なのでそもそも戦わないのですが」
「そういう御託は良いから早く話せ」
平日朝の7時前。第7軍団駐屯地内の修練場にて朝活(物理)に取り組んでいたジェズは朝っぱらからレネ姫に絡まれていた。
レイル等の参謀部メンバー達と朝から爽やかな汗を流し、さてそろそろシャワーでも浴びて朝飯食べて出勤するかねと思っていた矢先。トレーニングしているところをレネ姫に見つかってしまい今に至る。
エリンから渡された木剣を使って数合打ち合い、ジェズは剣の腕は悪くないが卓越している訳でもないことに気づいたレネ姫が彼から興味をやや失いかけていた。
そんなタイミングでのエリンからの「ジェズは剣をつかわない」という発言である。
レネ姫にこれ以上興味を持たれないように何とか上手い具合に手を抜けないかと画策していたジェズだったがエリンの余計な一言により作戦が水泡に帰した。それでもなおも何とかいい感じに処理できないか?と脳内をフル回転させていたが。
「……ふむ、またしょうもない事を考えているな?なら無理矢理にでも実力を見せてもらおうか?」
と煮えきらないジェズの様子を見たレネ姫は獲物を前にしたネコ科の動物のような獰猛な笑みを浮かべると
「しっかり防げよ?」
一言ジェズに声をかけると一瞬で自身と木剣に魔力を纏わせて一気に踏み込んできた。
「あぶねっ!!!」
とジェズはその攻撃を辛うじて避けるが姫の連撃は続く。
「ははははははっ!!!!ジェズ・ノーマン!!!!早く本気を出さないと当たると痛いぞ!!!!!」
と朝から無駄にハイテンションなレネ姫がご機嫌に魔力で強化された木剣を振り回す。なお魔力で強化された木剣。当たると当然ただでは済まない。
そんなもん模擬戦で振り回すなよ!と内心で悪態をつくジェズだったが、紙一重でその攻撃全てを回避していく。
ジェズがギリギリ避けられるであろうスピードで攻撃していたレネ姫も、ジェズの動きがだんだんと本気になってきた様子に合わせてどんどん攻撃の速度を早めていく。
なお姫とジェズの模擬戦はすでに相当レベルの高い戦いに。近くで見ていたレイルなどの参謀部メンバー達は呆気にとられており、続々とギャラリーも増えてきていた。
ちなみにエリンは「ジェズも往生際が悪いなぁ」と思いながらも念のため回復魔法を待機状態で発動済みである。
そんな周囲のざわめきも意識の片隅で認識しつつもジェズは「この姫さん、マジで強いな」と諦めにも似た感情でさてどうするか?と考えていたがついに
「まだ余計な事を考える余裕があるようだな!!!!」
と非常に楽しそうな様子のレネ姫が渾身の一撃をジェズの胴体に向かって横薙ぎに振るってきた。その速度はまさに神速。並の騎士であればまず受け止められない程の一撃を
「ふっ!」
膝と肘でレネ姫の木剣を挟んで受け止め、そしてそのまま砕いた。
「なっ!?」
いまの横薙ぎの一撃を挟んで止められた事自体にも驚いたが、それに加えて魔力で強化していたはずの木剣が砕かれた。
一般的に魔力で強化されたものの強度は飛躍的に跳ね上がる。いくら木製とは言え訓練用に作られている木剣でも魔力を通せばそれなり以上の強度を持った立派な鈍器になるのだが、それをジェズは一撃で砕いた。
砕かれた木剣をすぐに捨てたレネ姫は一気にジェズから距離を取ると、近くにいたギャラリーから木剣を奪いそのまま油断なく構える。そして完全にキマった表情をしながら
「なんだ今のは!!!!素晴らしいじゃないか!!!!!」
と再び木剣に魔力を通して強化していく。先程よりも魔力の量を増やし自身の身体強化の強度も上げる。
そんな戦闘大好きっ娘な姫様の様子を見たジェズはこれはもうダメだと軽くため息を吐き、持っていた木剣を地面に置くとしっかりと構えを取った。
「姫様、そろそろやめにしませんか?」
「ノーマン、そんなつれないことを言うなよ!!!それにお前もやっと構えをとったじゃないか」
剣を地面においた瞬間は「なぜ武器を捨てる?」と疑問に思ったレネ姫だったが、徒手空拳となったジェズの構えを見た瞬間に背筋がゾクリとしたことで理解した。すなわち徒手空拳がジェズの戦闘スタイルであることを。
「そういえば最初に会ったときも両手が血濡れになっていたな、それがお前の戦い方という訳か」
「いや、姫様。そもそも文官は戦いとかしないんで」
とこの期に及んでも表面上はにこやかな表情を崩さないジェズの様子を見て「つくづく喰えないやつ」とレネ姫は思う。
その雰囲気とは裏腹に構えには隙が見当たらない。奴の魔力強化についても非常に洗練されているようでぱっと見では強化していることすら分からない程に完成している。
これは久々に本気で楽しめそうだ、とレネ姫がニヤリと笑った瞬間
「!?」
気づいた時にはレネ姫の目前にジェズが踏み込んでおり、
「ふんっ!!!!!」
と姫の腹部に鎧の上から右の掌底を叩き込んだ。
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