第51話
後日、彼女は亡くなった。
その日は岡山市で記録的な積雪で一面が雪に覆われた日だった。
それでも生前の彼女の人柄を表すように、悪天候でも沢山の人が葬儀に参列していた。
棺の中で眠る彼女の穏やかな顔は、初めて話をした日を思い起こさせた。
初めて話した日に後楽園で眠ってしまったあの時の光景が脳裏に浮かぶ。あの日とは違いもう目を覚ますことのない眠り姫。
最後の別れを済ませると、彼女の棺が出棺するのを大勢の人達と一緒に見送った。
四十九日も過ぎてみんなが日常に戻っていく中で、僕は未だに事実を受け入れられずにいた。
いつものように病院へ行くと自然と彼女の姿を探して、何度目になるかわからない溜息をつく。
そんな時、一通のメールが届く。
差出人は亡くなった筈の彼女だった。
内容は、場所と日時が記されただけの短いメールで、他には何も書かれていない。
確かなのはこのメールが彼女のアドレスから送信されたものということだけ。
けれど、メールの送り主には心当たりがあった。
「了解」とだけ入力して送信する。
エラーにならず無事に送信されると、自然に安堵感から息を吐く。
週末の土曜日に指定された場所へ行くと、湖畔公園の真ん中で予想通りの人物が僕を待っていた。
「こんにちは、久しぶりって言えば良いのかな?」
どう声を掛けていいのか分からず、当たり障りのない挨拶をする。
「そうですね、お久しぶりです」
葬儀の日に会って以来、顔を合わせていなかった夏織さんの表情はまだ少し暗かった。
お互い挨拶も済んだ所で、ピアノを教えて貰ったり少しずつ打ち解けてきてはいたけどこんな時に何を話せばいいかもわからず、気まずい沈黙を避ける為に少し性急かもと思いつつ、本題へ入る為にこちらから切り出す。
「それで、今日はどうしたの?」
会って早々に雑談も挟まずに本題を尋ねるので間違えても、夏織さんから不機嫌に思われたりしないように最大限気をつける。
「渡す物があったので連絡させて頂きました」
夏織さんも特に何か不安に思ったりせず、いつものように呼び出した理由を教えてくれる。
「僕に渡す物?」
「はい。お姉ちゃんからの手紙です」
そう言って夏織さんは手に持っていたバッグの中から封筒を取り出した。
差し出された封筒はしっかり糊付けされていて、宛名には彼女の字で僕の名前が書かれている。
この場で開けて読みたくなるのを堪えて、受け取ってからそのまま鞄に仕舞おうとする僕に夏織さんは慌てて声を掛けてくる。
「今すぐ開けて読まないのですか?」
「読みたいけど、しっかり封がされて綺麗に開けれそうにないし」
僕だってこの場で封筒を開封して手紙を読みたいけど、彼女からの手紙を雑に開けたくはなかった。
僕が答えると、夏織さんは自分のバッグからペーパーナイフを取り出して僕に渡してきた。
準備の良さに感心すると同時に、夏織さんも彼女の手紙が気になっているのだとわかる。
そうでなければわざわざペーパーナイフなんて持ち歩かないだろう。
「良ければ一緒に読む?」
だからこそ僕が言う事は決まっている。
「私が見ても良いのですか?」
「うん。わざわざペーパーナイフを準備しているくらいだから内容が気になっているでしょ?」
「はい。人宛の手紙の内容が気になるなんて、あんまり褒められた事ではないですけど」
指摘されて若干恥ずかしそうにしながらも素直に頷く夏織さんに驚きつつ、それだけ手紙の事を気にしているのだろうと思うと、少しだけ微笑ましい気持ちになってくる。
夏織さんはこう言っているけど、彼女は妹に手紙を見られたくらいで怒らないだろう。
恐らく手紙を渡した時点で夏織さんが気にする事は想定しているだろうし、もし見られて困る手紙なら大学病院の中にあるコンビニで切手を買ってそのまま病院の中にあるポストに手紙を投函すれば済む話だ。
葬式後すぐではなく、四十九日が済んで渡した事からもその辺りの期間に関しても彼女からの指定があったと思ってもいいだろう。
夏織さんが彼女のスマホからメールを送れた事も事前に彼女から手紙とパスワードを託されていたのかもしれない。
彼女は無駄な事はしない人だ。
それがあの日に病院で出会ってからの短い期間で彼女に抱いた印象だ。
それは決して必要最低限で余分な事はしないとか、冷たい効率主義じゃなくて、誰かの為にならない事はしない常に誰かへの思いやりと優しさが行動に端々に見られた。
そしてそれは誰かに課題を出す時も相手が普通に無理なく出来る事か、相応に頑張ったら出来る程度の事しか課題を出したりもしない。
だからこの行動も今はわからなくても必ず何か意味がある。
きっと近い未来で答え合わせをするように自分の中で納得する時が必ず来る。
そう思って彼女からの最後の言葉が書かれた手紙を開封する事にした。
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