第50話
夏目漱石はⅠ love you を月が綺麗ですねと訳した。
この話は後世の創作らしいけど、その遠回しに愛を伝える告白は昔の人の直接言えない繊細な気持ちの表れだろうと僕は思う。
だからこそあまり時間が残されていない僕が直接言えない自分の気持ちを伝えるには、この言葉がぴったりだと思った。
「月が綺麗ですね」
たったの一言を、それでも万感の想いと共に伝える。
彼女は目を見開くと、笑顔で頷いてくれる。
「ずっと月を見ていましょう」
そう言って僕の手を握ってくれた。
さっきまで冷え切っていた手が、穏やかな暖かさに包まれる。
繋いだ手から広がる熱が全身を覆っていた冷気を遠ざけていく。
分厚い雲の隙間から覗く月が、降り始めた雪を優しく照らして夜空に舞う雪が光を反射しながら落ちてくる。
「雪も降ってきたしそろそろ戻ろうか」
「もう少しだけ見ていようよ」
彼女が小さな子供のように言うのを意外に思いながら頷く。
「仕方ないなあ、ならもう少しだけ」
「ありがとう、今がずっと続けば良いのに」
「そうだね」
それから暫く雪が舞う月を眺め続けた。
いつの間にか眠ってしまった彼女を抱き抱えて、屋上の階段を降りて巡回の看護師に見つからないように病室へ戻る。
ベッドに降ろす時に一度目を覚ました彼女と別れの挨拶をして、病室を後にする。
別れ際に見た彼女の表情はなんだか寂しそうだった。
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