第14話

せっかくだからと僕らが登ったのは、奥紅葉谷橋から登山道入口へ行き弥山の山頂まで二時間程度で山頂まで行くコースだ。

七割程度登った所で、僕らの体力は既に限界に近づいていた。

彼女は汗の伝う顔をタオルで拭いながら苦しそうに、それでも少し楽しそうに笑っていた。

僕は息も絶え絶えで彼女に尋ねる。

「登山好きなの?」

言葉足らずで的外れな聞き方になってしまったけれど、彼女にはそれで通じたようで周りをお見渡して深呼吸すると正面から僕の顔を覗き込む。

「違うよ、ただこんなふうに体を動かすのが楽しい」

「楽しい?」

「うん、私も昔は病弱でずっと眺めているだけだったから」

そう言われると、随分と小さい頃の自分も病室から外を眺めて、公園で走り回っている子供たちを羨ましく思った事があったので自然と共感できた。

「そっか」

「うん、みんなと同じように体を動かして同じ経験をしている事が嬉しい」

彼女にとっては、普段誰もが当たり前に過ごしている日常こそが愛おしいのだろう。

本来は僕も彼女も同じ立場なのに、今の僕にとっての日常はそんな風に思う事は段々となくなっていた。

昔は限りある時間を毎日懸命に生きていた筈が、段々と死の実感が遠くなると焦燥感も薄れて一日の価値も忘れていった。

成長して大人に近づくと、再び一日の価値を思い出す時が来ても小賢しく言葉を並べ、目の前の現実をただ受け入れて悟ったふりをして何もできなくなっていく。

「どうして君はそんなに強いの?」

思わず口をついて出た僕の羨望と色んな感情が混ざった言葉に、彼女は真摯に答えてくれる。

「私は強くなんかないよ。でもね、気持ち一つで自分に見える世界は変わっていく。それだけで沢山の事ができるようになってもいく。何もできないって言って何もしなかったら本当に何もできなくなるの。」

彼女はそう言うと、彼女は自分の言葉を証明するようにまた笑って山頂へ向けて歩き出した。

山頂までに色々な観光スポットがあるようだけれど、僕らには寄り道をする余裕も道中の景色を楽しむ余裕も無かった。

僕らはどうにか山頂にたどり着くと、全方位に拡がる瀬戸内海とそこに沈む夕陽を眺める。

そして一息つくと、心地の良い疲労感と共に達成感が押し寄せてくる。

堪らずその場に座り込むと、上から僕を見下ろす彼女が見えた。

彼女は僕の隣に座ると「運動もやってみると悪くないでしょ?」と問いかけてくる。

僕はさっきの彼女の言葉の意味が少しだけわかったような気がした。

気持ち一つで見える世界が変わっていく。僕には彼女の言葉をまだ全て実感を伴って理解するのは難しいけれど、最初に言っていた言葉だけはわかるような気がした。

「そうだね、体を動かす事がこんなに心地良いなんて知らなかった。」

珍しく素直にそう答えた僕の目には、今までより世界が澄んで見えていた。

そんな僕を見て彼女も満足そうに微笑む。

少し休憩をすると彼女は名残惜しそうに景色を見回すと「そろそろ降りようか」と聞いてきた。

日暮れの時間になり降りないとダメなのはわかっているけど、またあの道を降りると思うと気が遠くなる。

彼女はそんな僕の思いを見透かしたように、ロープウェイがあるから大丈夫と親指を立てた。

僕らは山頂からロープウェイ乗り場へ行きそのまま下山する。

登っている時は周りに目を配る余裕なんてなかったけれど、ロープウェイで降りる道中で改めて色々な観光スポットが点在している事に気付く。

次に機会があれば訪れようと思い、風景と一緒にスマホで写真を撮影していく。

登った時とは違いロープウェイを使うと、登った時の半分以下の時間で降りる事が出来た。

「降りる時はあっという間だったね~」

そんな事を言う彼女に「最初から使えば良かったんじゃないかな」と返すと彼女は「何事も経験だよ」と笑っていた。

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