第12話 決壊

 戦場は、またも荒地だった。

 灰色の大地に、黒い影がひしめいている。

「最終確認をします」

 ガーバラ先輩の言葉に、僕含めた花騎士四人は頷きを返した。

 フレジア先輩が前線から抜けたことにより、僕らの指揮はガーバラ先輩が執ることになった。

 緊急脱出用の魔鉱石に、救急信号用の鈴、位置を伝えるための魔法具。今回の戦いのために準備された持ち物の確認をして、各自の役割を復習する。

 フレジア先輩は、騎士団の指揮と、中級の悪魔の討伐。ガーバラ先輩とネモと僕は、上級の攻撃を防ぐ盾となる。

 敵の攻撃パターンをいくつも想定し、誰かが負傷した時の動きも何度も三人で確認した。訓練通りにやれば、問題はない。

「…以上です。何かある方いますか」

 首を振る。あとは、落ち着いて、やるべきことをやるだけだ。

 僕らの後ろには、騎士団も控えている。その後ろには、守るべき存在も。

 不意に、足元に魔法陣が光った。ランゼルの守りに包み込まれる。

 ガーバラ先輩と、フレジア先輩の足元にも、それぞれの主人の魔法陣が光った。ネモだけは、いつも通り自分で魔法をかけている。

「ブランドールは、無理しないように」

 ガーバラ先輩の言葉に、はい、と返した。

「オレに大人しく守られてな」

 ネモに、ぽん、と背中を叩かれ、はいはい、と返す。

「頑張ってね、ユリア。一緒には戦えないけど、ずっと見守ってるから」

 フレジア先輩の微笑みに、背中を押される。しっかり頷きを返して、前を向いた。

 遠くに聳え立つ巨木が、今回の相手だ。

 前の花よりも大きく、威圧感がある。植物型は最も危険とされてはいるが、その場から動かない分、隊形は乱れ辛いという利点もあった。

「皆、準備はいいかな」

 振り返ると、ロゼヴィア殿下たちが立っていた。

 そうそうたる顔ぶれに、安心感を覚える。この人たちが一緒に戦ってくれるのだから大丈夫だと心から思えた。

 それぞれが、自分の花騎士に最後の言葉を掛ける。ここでもやはり、リーフィラ殿下だけは俯いたまま、その場から動かなかった。

「ユリア」

「…ランゼル」

 手を取って、目が合って。そのまま、ただ微笑んだ。何を言われるのだろうと、その言葉を待って————。

「信じてる」

 投げかけられたのは、たった一言だった。

 それに、全てが込められていた。

「僕も、信じてる」

 失わない、絶対に。

 手が解ける。ランゼルは一歩後ろに下がった。

「…では、始めよう」

 ロゼヴィア殿下が、開戦の合図を鳴らす。

 前を向く。ネモとガーバラ先輩と目を合わせて————ついに、戦場の地を蹴った。

 手前に居る悪魔は無視して進む。下級の悪魔は騎士団が狩ってくれる。振り切れなかった何体かだけ、その場で倒した。

 そして、それの前に、辿り着いて。

「でっか…やばいねこれ」

 ネモは苦笑いを漏らした。

 太い蔦が絡み合ったような幹に、鈍色の葉。まさに、悪魔の樹だ。

 風がその葉を揺らして————次の瞬間。

「っ!」

 先の尖った枝が、槍のように飛んできた。跳んで避けた場所にも飛ばされて、仕方なく大きく後ろに退く。

「なるほど、結構凶暴な感じね」

「…近づくのは危ないかもしれない」

 しばらく、敵の様子を見ながら攻撃を避けるのに徹した。

 分かったことは、一定距離まで近づくと鋭い枝を飛ばしてくること。それ以上離れていると、枝を鞭のようにしならせて薙ぎ払ってくること。さらに細い蔓のようなものを身体に巻き付けて動きを封じて来ること。魔術を使う様子は、今のところはないこと。

 枝はかなり頑丈なので受け止めるか避けるかしかないが、蔓の耐久性は高くはなく、剣で簡単に切れるものだった。しかし身動きが取れなくなるため、下手をすると命取りになる。蔓に捉われた場合は最優先で対処するよう指示された。

「危険を冒す必要はありません。枝が飛んでこない距離を保って戦います」

「はい」

「はーい」

 方針が定まったので、それぞれの配置に戻った。

 僕らの役割は、後ろで戦う人たちに攻撃が向かないように、上級からの攻撃を受け止めること。

 ロゼヴィア殿下は敵を倒すための魔法の構築、カゼル様は周囲の悪魔へ攻撃、そして、ランゼルとリーフィラ殿下は悪魔の樹に対して攻撃魔法を放ってくれる。だから、前回のように僕らが直接攻撃しなくとも、急所を暴くことが出来るはずだった。

 身体はちゃんと動いた。ランゼルの守護の魔法も高頻度でかけてもらえているから、安定して立ち回ることが出来ている。

 一つ一つ、丁寧に。身体の使い方に気を付けて、油断せず、目の前の敵の動きに集中して————。

「————ユリア!」

 フレジア先輩の声だった。

 振り返る。どうして前線に居ないはずのフレジア先輩に呼ばれるんだと、思って。

「っ!」

 振り下ろされる鎌に、剣を翳した。

 ランゼルの魔法が発動して、受け止めた腕への衝撃がかき消される。そのまま押し切って、心臓に剣を突き刺した。

 騎士団が取り逃した下級の悪魔だ。魔剣で戦っている騎士団員の力では、全ての悪魔を狩るのは難しいだろう。これも、想定していたことではあった。

 注意を向けてくれたフレジア先輩は、少し離れたところで、一人で中級を相手にしていた。まだ完治にはほど遠いだろうに、その動きは軽やかで危なげは全く無い。一瞬目が合って、申し訳なさそうな顔をされた。大丈夫だと頷いて、向かって来るもう一体も屠る。

 前後に気を付けて戦うのは危険が伴う。上級に背を向けて戦うのであれば、もっと距離を取って、騎士団員たちに混ざる形で戦うべきではあるのだが。

「っく…!」

 そう簡単には逃してもらえない。鞭のようにしなる蔓が腕に巻き付いた。

 指示された通り、剣ですぐに断ち切る。巻き付いていた蔓は黒い灰になって散った。

 なかなか前線から離脱できないまま、しばらく前後の攻撃に気を配りながら下級の悪魔と戦った。

 僕の状態にネモもガーバラ先輩も気付いていて、背中を向けている時は僕を守る動きをしてくれた。しかし、毎度必ずそうしてもらえるとも限らない。

 緊張感に、精神が追い詰められているのを感じる。落ち着け。判断を誤らないように、集中を切らさず、周囲を警戒して————。

 風の音。振り返る。しなる枝が、すぐそこまで迫って。

 ————あ、まずい。

「ッ!!」

 枝が、胴に直撃した。

 一瞬、息が出来なくなる。

「か、はっ……」

 脂汗が滲む。完治していない傷跡に直撃したせいで、痛みが強い。耐えきれず、腹を抱えて地面に膝をついた。

 すぐに傷を確認する。血は出てない、内出血で済んだ。痛みに歯を食い縛って、顔を上げる。

「大丈夫か!?」

 ネモが僕の前に立ち塞がった。

『ユリア!!』

 ランゼルの声。二人に向けて、言葉を放つ。

「だい、じょうぶ…傷に直撃したから、痛い、けど…」

 少しずつ呼吸も落ち着いて来る。痛みも、徐々に和らいでいった。

 鈍い痛みはなくならないけれど、鎮痛剤を打つほどではない。まだ、戦える。

「は…ごめん。もう、平気」

「無理するなよ。戦えなくなったら下げてもらえ」

 今回は、緊急脱出用の魔鉱石を持たされている。魔法の使い手によって発動が可能らしく、それを使えば戦闘前に集まった安全地帯まで瞬間移動出来るという命綱のような物だ。

「まだ、大丈夫。戦える」

 ランゼルにも聞こえるように言葉にした。

 立ち上がる。痛みはあるけれど、身体は思い通りに動く。

「ブランドール、怪我は」

 駆けてきたガーバラ先輩に尋ねられ、大丈夫だと伝えた。ガーバラ先輩は僕の顔を数秒見つめ、それから一つ頷いた。

「アーデンテ先輩が残りの悪魔は引き受けてくださる。私たちはこれに集中していいそうだ。ロゼヴィア様の魔法も、もう少しで準備が整う」

 端的な状況説明に了解の意を返し、再び元の隊形に戻った。

 ほどなくして、周りに居た悪魔たちが全て狩られ、騎士団が引いていった。ランゼルとリーフィラ殿下の魔法により、悪魔の樹も葉がほとんど剥がれ落ちている。戦況はかなり良いように思えた。

 歪んだ枝だけになった樹は、不気味さを纏っていた。枝がうごめく様子もよく見えて、気持ちが悪い。

 前回は花びらが剥がれ落ちたらコアが現れた。今回も同じだとしたら、そろそろ何か変化があってもおかしくないのだが————。

「…?」

 急に、動きが止まった。

 まるで本物の樹のように微動だしない。

 ネモとガーバラ先輩と目配せをする。距離を大きく取って、何が起こっても対応出来るように、腰を落とし、じっとそれを見つめて。

 ————キイイイイイィィィン

「っ」

 頭に直接響くような不快な音とともに、衝撃波が放たれた。

 しかし大した勢いはなく、特にダメージもない。ほとんど、ただの強風だった。

 一体何だったのだろうと、眉を顰めて————それに、気付く。

「っ、ネモ!!」

 頭を抱えて蹲る姿を見つけ、駆け寄る。

「ネモ、大丈夫————」

「みんな、やばい…かも、これ」

「え」

 みんな、とは。

 振り返る。

 そして、その光景に、ヒュッと喉が引き攣った。

「————っ」

 魔法の使い手が、倒れている。

「魔力に、なんか、された」

 状況に気付いたガーバラ先輩とフレジア先輩が、すぐに彼らの元へ走っていく。

 四人は固まっているから、二人が向かってくれるならば大丈夫だ————だから、ランゼルも、大丈夫だ。

 僕は、動けないネモを守る。それでいい。間違ってない。言い聞かせて、不安に蓋をする。

 剣を構える。攻撃に備える。

 再び枝が伸ばされた。剣をぶつけて————そこで、ランゼルの魔法が全て解けていることに気付いた。

「う、っぐ…!」

 じんと痛む腕。

 守りがない状態で戦わなくてはならないのか。冷や汗が頬を伝う。緊張に喉がひりついた。

 もっと距離を取りたいけれど、動けないネモを置いてはいけない。助けが来るまで、前線を一人で守り抜かなければならない。

 どうする。僕一人ではそう長くは保たない。指示を仰ぎたいけれど、きっと今は向こうもそれどころではないだろう。

 考えながら戦うほどの余裕はなかった。今僕が倒れても助けてくれる人は居ない。目の前のことだけに集中しろ。絶対に、ミスしないように。

 幸い、攻撃自体は弱まっていた。これならば、やれる。一人でも、ここを守れる————。

 枝がしなる。軌道を予測して、受け止めようとして。

「ッ…!!」

 しかしそれは、僕をすり抜けてその奥へと伸びていった。

 まずい、この先には。

「ネモ!!」

 足を踏み出そうとして、しかし動かなかった。蔓が腕と足に巻き付いている。

 すぐに剣で断つ。でも、ダメだ、間に合わない。

 ドクンと心臓が張り裂けそうな音を立てた。

 枝が、ネモに直撃する————。

「っ…!!」

 眩い光が、その枝を弾いた。

 見覚えのある光だった。いつだったか、僕がランゼルを守った時と同じもの。

「っ、ネモ…!」

 駆け寄って、立ちあがろうとするネモを支えた。

「っぶね〜……さすがに焦った」

 ふらつかないことを確認するように地面を踏んで、それから僕に向かってウィンクをした。

「あいつのヤバい祝福に助けられたわ」

 ネモは後ろを振り返る。その視線の先には、地面に座り込んだまま放心したようにネモを見つめるリーフィラ殿下が居た。

 ネモにかけられていた祝福が、守護の形に変わった、ということなのだろうか。ということは、今は感情操作の効果が切れている?

 何だかよく分からないけれど、祝福というものが、本当にその人への想いだけで成り立っているものだというのを実感した。その人のために形も変わるし、どんな効果にでも変化する。複雑そうに見えるけれど、結局感情の大きさが全てだから、ある意味単純なのかもしれない。

「ありがと、ユリア! じゃ、ちょっとオレもリーフィラにあまーい祝福でもかけてあげよっかな」

 うん、と頷いて、二人で前線から退く。

 背後に注意しながら悪魔から距離を置いて、リーフィラ殿下の元へ向かった。

「久しぶりじゃん、リーフィラ」

「…」

 リーフィラ殿下は何も言わない。

 ネモは座り込んでいるリーフィラ殿下の側まで行くと、躊躇なくその顎を指先で持ち上げた。そして、呆然とネモを見上げるリーフィラ殿下に顔を近づけて。

「————」

 何かを、耳打ちした。

 ひくりと、リーフィラ殿下の喉が震える。

「…?」

 何を言ったのだろう。

 ネモはあっさりと離れると、僕に向かって言った。

「ご主人のとこ行こ」

「もういいの?」

「今は喧嘩の決着つけてる場合じゃないしね」

 三人のところへ向かう。カゼル様とロゼヴィア殿下は先輩たちに支えられていた。ランゼルは、もう自分の足で立っている。

「っ、ランゼル」

 駆け寄って、勢い余って抱きしめそうになって、ギリギリでとどまる。

 気を抜きすぎだと、自分を律したのに。

「ユリア」

 その声が、あまりにも甘くて、優しくて、一瞬戦場であることを忘れそうになった。

「怪我は?」

 そっと腕を撫でられる。

「…大丈夫。痛みも、もう引いたから」

 よかった、と微笑むランゼル。

 何だろう、この雰囲気。むずむずする。

 視線を感じてその方をちらりと見ると、一緒に来たネモがにまにまと笑っていた。

 気まずさを感じながら、ランゼルに問いかける。

「ランゼルは、大丈夫?」

「うん。俺はもう平気。リーフィラも平気そうだけど…兄上とロゼヴィアさんはもうちょっと休んだ方がいいかも」

 二人は発動準備をしている最中に攻撃を受けたため、ダメージが大きかったと言う。

 戦線を離脱しなければならない人はいないため、一旦仕切り直せそうではあるけれど、また最初から準備をしなくてはならない状態ではあった。

 樹は微動だにしなくなったが、せっかく落とした葉が蘇っている。つまり。

「本当に最初からか…」

 ロゼヴィア殿下が唇を噛む。

 こればかりは仕方がない。けれど、また次同じ攻撃を受けた時にどうするかは考えなければ、延々とこちらが消耗し続けることになってしまう。

 皆で固まって、話し合いをしようとした時だった。

「っ!!」

 風を切る音。銃弾のように飛んでくる黒い葉。

 武器を抜いて、切り落とす。四人居たため、難なく攻撃を弾くことはできたものの————この距離だと攻撃してくることはないというわけではなかったのか。

「っ、食い止めましょう」

 ガーバラ先輩の言葉に頷きを返して、僕ら三人は再び戦場に向かう。

 解決方法まで話せなかったけれど、あとは託すしかない。大丈夫だ。誰一人欠けていないのだから。

 蹴った地面に、魔法陣が何度も光った。

 ランゼルが守ってくれるのなら、怖いものはない。

「————ッ!!」

 振り下ろされる鋭い枝に向けて、思い切り剣を振り切った。






     * * *


「強くなったね、ユリア」

「…はい」

 兄上の言葉に頷きを返す。

 ユリアの強さを目の当たりにした。

 たった一人で、あの悪魔に立ち向かった。皆が倒れて、魔法が消えた絶望の中でも、決して揺らがずに、やるべきことから目を背けずに戦った。

 その凄さに、ユリア自身は気付いていないのかもしれないけれど、あれは確かに、覚悟が表れた瞬間だった。

「…負けてられないな」

 思わず溢れた言葉に、フレジアさんが、そうですね、と返してくれた。

「さて…どうしようか、ロゼヴィア」

 兄上の問いに、ロゼヴィアさんは唇を引き結んだ。

 戦況は、決して良いとは言えない。あんな技をまた使われたらたまったものではない。

 どうにか防ぐ方法を見つけるか。しかし算段はない。大きな魔法を使うことを諦めて、細かくダメージを与える方に切り替えるか。でも、魔力効率があまりにも悪いし、まだ急所も分かっていないのにそれで倒せるイメージは湧かない。

 議論をしている間も、ユリアたちはずっと前線で戦っている。早く結論を出さなくてはと焦りながらも、戦う三人の援護もしているのでなかなか思考がまとまらなかった。

「…では、こうしよう」

 最終的には、ロゼヴィアさんが結論を出した。

 当初と変わらず、ロゼヴィアさんは大型の魔法の準備をして、他三人で花騎士をサポートしながら攻撃を行い急所を探る。そして、あの魔法無効化攻撃の予備動作が起きたら、迷わず緊急脱出用の魔法を発動させて全員で戦場を離脱する。

「解決策が出せなくてすまない。でも、これ以上時間をかけていられないから…これで、進めさせて欲しい」

 了承しながら、今回は前回と違って、最悪全員で戦線離脱して立て直すことが出来るのだということに今更気付いた。

 なぜ、今回は結界が張られていないのだろう。さすがに候補者全員が死んだら困るからだろうか。

 そうだとしたら、あの日結界が張られていたのは、やはり兄上を殺すためだったのか————。

「…」

 今考えることじゃない。思考を中断して、目の前の戦いに集中する。

 ロゼヴィアさんはすでに魔法の準備に入っていた。発動までの数十分、ユリアたちが戦い抜けるようにしなければならない。

 魔法をかけ続ける。今回は、ネモとガーバラさんもロゼヴィアさんが作ってくれた目印を持っているため、魔法をかけやすかった。

 敵の攻撃も、特に激化したりすることはなく、安定して戦えているようには見えたが————時間が経つと、少しずつ、三人の動きが鈍っていった。

 もう一時間以上戦っているのだから、体力も相当削られている。特に、ユリアは傷を負っているのもあってか、疲労が目立っていた。

 ネモとガーバラさんもそれに気付いているのだろう。ユリアを守るように、常に前に出て戦ってくれていた。

「っ…」

 俺は、ただここからユリアを見守ることしか出来ない。俺の魔法で可能なサポートは、全て行えている状態だった。

 ユリアを信じて、敵への攻撃に移る。少しでも戦闘を有利に進めるために————。

 しかし、それは、突然起こった。

「…え」

 黒い紋様が、足元に広がる。

 それが魔術だと理解した次の瞬間————爆風に吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられる。遅れて、全身に痛みが走った。

「っぐ…」

 急にどうして。今まで一度も魔術なんて使わなかったのに。

 痛みに歯を食い縛って起き上がる。皆は無事だろうかと、辺りを見渡したが、土煙で視界は最悪だった。

 これはもう、脱出すべきだ。

 もしかしたら、皆魔法が使える状態にないのかもしれない。ならば俺が————と思った時だった。

「…ユリア?」

 曇った視界の中で、その姿を見つけた。

 どこからともなく枝が伸びてきて、ユリアの手から、剣を弾き飛ばした。

「!!」

 ユリアはその勢いにふらついて、よろめくように数歩下がって。

 その無防備な身体に、鋭い枝先が、一直線に、伸びた。

「————ッ」

 視界にノイズが走る。

 スロー再生のように、ひどくゆっくりとその場面が流れた。

 刃物のような枝が————ユリアの身体を、容赦無く貫く。

「っ、あ」

 一瞬の出来事だった。

 視界が、元に戻る。ユリアはまだ貫かれていない。

 でも、今見たものは一瞬後の現実だ。

 守らなければ。ユリアが死んでしまう。

 今までの魔法では守れない。

 守れないのなら————これを、消滅させるしかない。


 カチ、と。

 何かが、外れる音がした。


「————ッ!!」

 洪水のように魔力が溢れ出す。

 何をどうすればいいのか、知らないはずのに、なぜか息をするように分かった。

 膨大な魔力を使って、魔法を展開する。轟音とともに、黒い稲妻が落ちた。

 樹が、真っ二つに割れる。

 一瞬で全てが終わった。————終わった、のに。

「っは……」

 あれ、全然、止まらない。

 どうすればいいんだ、これ。

 恐ろしい勢いで魔力が流れ出ていく。止められない。

 まずいな。このままじゃ。

「ランゼル————!!」

 遠くで愛おしい声が聞こえて、消えた。

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