第50話 吹き荒れる風、舞い踊る炎、輝ける黄金
スタート直後。
文香は中央寄りの場所へ転送されていた。だが直ぐに暴風が吹き荒れたのを見て空が近くに居ると確信し、そちらへ向かったのだった。
「貴方は天陽院2年の……後輩を助けに来るなんて、出来た先輩ですこと」
「お褒めに預かり光栄です。お嬢様?」
言葉とは裏腹にバチバチと視線をぶつける両者。
「文香さん、ありがとうございます……助かりました」
「いいのよ。序盤は誰かと協力した方がいいって考えていたから、近くに空ちゃんが居て良かった」
空は立ち上がり文香の横に並ぶ。それを見てエルザはつまらなさそうな表情を見せる。
「嘆かわしいですわね……」
「……どういう事?」
空はエルザがふと呟いた言葉の真意を問う。エルザは言葉を返さないまま小さく笑い、刀印を結ぶ。
すると、地面より生えた杭が勢いよく2人へと飛んでいく。
さっき迄より大きさ、量、速度も増した攻撃。遂に本気を出したのだ。
空と文香は散開、左右から挟むように移動する。それを追うように攻撃は止まらない。
その最中、エルザは語る。
「ああ、嘆く理由でしたわね? それは貴方達が群れる事にですわ。人は元来孤独……己の心の全てを他人が理解する事はありません。そして生きる中で誰と出会おうとも死せる時は独り。なのに群れるのは何故?」
2人は攻撃を凌ぐのに手一杯で答えられない。その様子にエルザはやれやれと肩を落とし答えを告げる。
「それは弱いから。だから群れる。そして傷を舐め合い、満たされる……醜い習性ですわ」
「反面、私は強い。だからこうして群れない。僅か16年で第
それを示すかのように巨大で強力な杭を飛ばす。そしてそれを避けた空達の足元からも杭が顔を出し、串刺しにしようと襲いかかる。
2人は避けきれずダメージを受けていく。
「これが私の美学。なにより……群れた所で孤高の私には勝てない」
「……だったら、私達が貴方に勝てばそれは間違いという事になるわね?」
「……そうですわね。できるならば……ですけど」
「言ったわね?」
瞬間、陽力を蜂起させる文香。そしてその場で舞うように
エルザはつまらなさそうに杭を撃ち出す。だがそれは文香へ届く事は無かった。それは途中で火の波に呑まれ、ドロドロに溶け落ちたからだ。
「
御幣をタクトのように振るうと、波はまるで生き物のようにうねりエルザへと襲いかかる。
「チッ……」
エルザは跳躍しそれを躱す。触れるのは危険と考えたから。
五行において火の元素は金の元素を打ち倒す
(刀印を加え強化した杭でも容易く溶かされた……厄介ですわね。五行の関係は)
苦心するエルザの着地を狙って火が襲う。両腕で顔を覆い火を遮った。相性が不利であっても鎧は秘伝術式に相応しい防御力を発揮する。
しかし鎧は燃えずとも熱は伝わる。中の体はその熱に長時間耐え切れるものでは無いだろう。
再び跳躍し、火から大きく距離を離す。だがそこへ、背後から空の風が襲いかかる。
「『風征鶴唳』急急如律令!」
「っ!」
振り返り防御態勢を取るエルザ。暴風が炸裂し山をも切り崩す。
五行の相性もあってエルザ自身の傷は浅い。だが直撃を受けた黄金の鎧に遂に大きな亀裂が入る。
(熱を帯びてた所に……!)
「まだよ」
振り返れば更に激しさを増す文香の舞。それに比例するように火の勢いも増していく。
それとは対称的に、文香の表情は凍りついたかのような真顔。そして声は冷淡に変わっていた。
『
信奉する火の神『
同時に舞の副次的効果として変性意識状態になる。素の穏やかさ、相手によって表出する苛烈さはなりを潜め、より冷静に戦闘を行えるのだ。
「『
地面を伝う猛火がエルザを呑み込もうとする。それをまともに受ければタダでは済まない。
しかし……。
「『
「っ!」
そう唱えたエルザの姿は視界から消え、いつの間にか文香の頭上へと迫っていた。
(早……!)
「あぐっ!」
そのまま振り下ろした鋭いかかと落としが文香を捉えた。防いだ腕ごと地面に叩きつけられ、間髪入れずに蹴り飛ばされる。
「文香さん!」
空が背後を取り素早く『風弾』を放つが、またもその場からエルザの姿は消える。
そして今度は空の目の前へと迫っていた。
「くぅ……!」
咄嗟に陽力を腕に集中し蹴りを受け止めた空。だがその重い蹴りの威力は尋常では無い。
鉱石の山へとその身を激突させるのだった。
「『
急激な速さのカラクリ……それは足裏にある。そこには黄金とは別に陽力を流す事で強い磁力を発する金属で構成されている。
それとは反対の磁力を発する金属を足元に生み出し、その反発を利用した高速移動を行ったのだ。
(あの一瞬、足元に陽力が集中した……高速移動はそれで何かしてるんだ)
空は文香へと向かう時と自分に向かって来た2回で僅かだがカラクリを見抜く。
しかしダメージは大きい。膝をついた空は激しく咳き込み血を吐くのだった。
「フフ……この程度で満身創痍とは。やはり私の考えは間違っていませんわね? 幾ら群れようと弱者は弱者、孤高の強者を地から見上げるがいいですわ!」
高らかに笑うエルザ。既に勝利を確信している。
「果たして、そうかしら……?」
「まだ……私達はやれる」
立ち上がる空と文香。まだ2人は目は諦めておらず、悠々と経つエルザへと向けられていた。
「その状態で何ができまして?」
(幾ら陽力が膨大でも、風は五行の関係でこちらが有利。傷ついた鎧でもそこを陽力で覆えば十分防げる……火は正面から受けず速度で潰せば問題無し……負ける筈がありませんわ)
2人の術への対抗策を確認し驚異では無いと考える。
(そして……潰すなら弱い方から!)
エルザは空へ向けて高速移動の体勢になる。最短距離、鎧の防御を固めた正面突破で潰す気だ。
文香が後方で炎を展開する。しかし、一度エルザが磁力を発生させれば、炎がエルザを襲うよりも先に空の元へ到達しているであろう。
故にエルザは振り返らない。視線の先の目標を見据え……今、飛び出す。
「『旋風結界』!」
対する空は自身を中心とした風が吹き荒れる結界を張る。
結界の本質は内と外を区切り、影響を伝播させない事にある。つまり、全方向を守る盾のようにも扱えるのだ。
勿論区切られた状態では空からも攻撃が出来ない。だから防ぐ事が出来たとしても時間稼ぎにしかならない。
だが空には共に戦う文香がいる。背後から有利な炎の術を食らわせる為、空は防御に徹すると決めた。
結果は……。
「がっ!」
風は拳の一振で解れる。
そのまま空へ強力な拳が入った。空は吐血し後方へ吹き飛ばされるのだった。
「そちらも! 効きませんわ!」
磁力を利用した回し蹴り。その勢いで後方より迫った炎をかき消してしまった。
「くっ……!」
「あの子が耐えていたら傷を付ける事ぐらいは出来たでしょうね? でもそうはならなかった。後は貴方を倒して幕引きですわ」
半ば勝利を確信し文香を睨むエルザ。だが……。
「まだ、だよ……」
まだ、風は止んでいない。
膨大な陽力を蜂起させ、荒々しい風へと変えていく。
その中心に、天鈴 空はまだ立っていた。
「……しつこいですわね」
(陽力を集中させて防いでいた? いえ、風で勢いを削がれた事に加え、あれ程の陽力量ならば全身に纏うだけでそれなり以上の防御力になると考えられる……か)
「あまり気乗りはしませんが、先程の再演と行きましょうか。三度目はありませんわ」
空の陽力の守りを過小評価していた事を自覚し、今度こそ潰すべく再び突撃体勢に入る。文香も炎を生み出すが、再演となればそれもまた間に合わないだろう。
エルザに慢心は無い。ただ目標を今度こそ打ち倒す。その想いを胸に、拳に力を込める。
「私は、同じ事をする気は無いよ」
空が刀印を結ぶ。すると今度は通常の結界が現れた。
ただし、それはエルザを囲うように。
「っ!『四方陣』……!?」
足元に視線を落とすと、四隅……その外側に、確かに結界を構築する護符があった。
(いつの間に……!)
「エルザさんが文香さんに向いてる時にだよ」
「っ!」
まるで思考を見透かしたかのように空が答える。
「風で護符を足元へ送ったの。貴方が私を倒したと思ってくれて助かったよ」
「こ、こんなもので……私が止められるとでも……!」
エルザは足裏に陽力を集め、磁力を発する物質を生む。その反発を利用した蹴りを放つと、結界に少しのヒビが入る。
符術は術式を事前に刻み込める。それ故に陽力を流し発動の意思を持つ事で発動する即効性が売りだ。
尚且つ、それを4つ使用する『四方陣』は結界としても強力であり、五行の相性に左右されない無元素術。
故に対エルザへは防御力で先程の『旋風結界』より優れていた。
(いける……! 破れる……!)
だがエルザは勝ちを確信している。一度でダメでも二度、三度。ヒビへと攻撃を集中し破れば良い。
それは空も分かっている。だから、結界ごと呑み込もうと巨大な風の奔流を生み出した。
「黙って見てる程、私も優しくないよ」
「くっ……! ならば、防ぎきって見せますわ!『金剛磁鎧』!『
刀印を結んだエルザ。その鎧の上から更に鎧が重ねられる。兜も含めた重装により、機動力を捨てる代わりに防御力を高めたのだ。
「オーッホッホッホ! 更に防御を固めましたわ! そもそも! 私の鎧が1枚の時でも破られていないのをお忘れでして!?」
「貴方こそ、空ちゃんが1人じゃないって忘れてない?」
凛とした文香の声が、暴風にも負けずその場に響く。
そう、空は文香と共にある。
「『
文香の猛火が地を駆け、空の風に乗って天高く舞い上がる。
やがて風と1つになり、触れる物全てを塵と砕く炎の風となる。その強い圧に兜の隙間から目を見開くエルザ。
「な……こん、な……! 私が……負ける?」
揺らぐ勝利への確信。
「「
渦巻く炎の風が四方から中心へと狭まり、結界を砕き、金色の鎧をも砕き……エルザを呑み込むのだった。
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