第45話 もう1つの天刃流

夕食を終えた一同は消灯22時まで自由時間を与えられる。


4時間程あると言うことで、響は夜の散歩がてら学園の周りを歩いていた。夏の暑さを冷たい風を和らげて心地よい夜。


(軽く鍛錬でもするか)


人の居ない校庭の端で響は刀を抜く。息を整え……心を、体を斬る為の形へと切り替える。やがてゆっくりと刀を振り上げて……縦に振り下ろす。


ヒュンッと空気を斬る音が、静まった夜の校庭に小さく響く。


姿勢を整え、同じ流れで今度は右上から左下へ刀を振る。太刀筋を1回1回確かめるように振っていく。


幾度目かの素振りが終わる頃、その背後に気配がした。


振り返った響の目に上下が黒い袴に身を包んだ男性が居た。一瞬女性かと見間違うような中性的な貌と白い肌、漆のような毛先を真っ直ぐ切りそろえた黒髪は日本人形のような雰囲気をかもしだしている。


その腰は青の拵の刀を差している。


「……? あんたは……」

「天陽学園2年 秋雨 霊次あきさめ れいじだ。白波 響……君の剣に興味がある」

「俺の剣……天刃流の事か?」

「そうだ。何故君がその剣を知っている?」


真っ直ぐ響を見つめ問いかける秋雨 霊次。その真剣な眼差しの理由も気になり響は答える事にしま。


「なんでって……爺ちゃんに習ったんだよ。代々1人に受け継がれてきた古流剣術……って」

「……嘘は言っていないようだな。しかし眉唾なのは事実。だから試させてくれ……その剣が本物かどうか」

「確かめるって言われても……」

相対之剣そうたいのけん……これならどうだ?」

「っ!」


相対之剣とは、天刃流の稽古の1つだ。向かい合った両者が同じ太刀筋をぶつけ合う稽古だ。


「って事はやっぱりあんたも天刃流を……でも、1人にのみ継承していくのが鉄則の筈……」

「そうだ。私も君が天刃流を使っている事に驚いた。だから……確かめさせてくれ」

「……分かった」


響は霊次の提案に頷く。

月明かりが照らす校庭。その一角にて2人の天刃の担い手が相対する。


「行くぜ……」

「……来い」


言葉を交わした瞬間。響と霊次は鞘から刀を抜き放つ、天刃流の居合『初月はつつき』が繰り出される。激しくぶつかる2つの白刃、2つの天刃。それは夜闇の中に赤い火花を散らせる。


お互い1歩引き、刃を離す。そしてすぐに次の太刀が繰り出される。縦に振り下ろす唐竹『天雷てんらい』。2つのそれがぶつかり合い、またも両者の間に火花を咲かせる。


(間違いない……これは天刃流だ……それも俺と同等の……!)


目の前の霊次が繰り出す刃の真贋を判断する響。だが余計に何故2人の担い手が居るのか謎が深まる。それは霊次も同じであった。


両者はそれを一旦頭の隅に追いやり、目の前の稽古に集中する。


こうして瞬く間に天刃流の剣……居合『初月はつつき』、唐竹『天雷てんらい』、袈裟斬り『叢雨むらさめ』、逆袈裟『砂塵嵐さじんあらし』、左袈裟『断雲だんうん』、左逆袈裟『地吹雪ちふぶき』、横一文字『紅霞こうか』、逆風『陣風じんぷう』とぶつかり合う。そして、最後の太刀筋の刺突『箒星ほうきぼし』がそれぞれの頬の横を通り過ぎる。


「……どうだ?」

「どうやら、本物のようだな」


互いに刀を降ろし微笑み合う2人。どちらの剣も本物足る技術と気迫があった。


「いや〜久しぶりで、しかも真剣だから緊張したわ」

「そうだな。真剣での相対之剣は滅多に無いだろう」

「そうそう、竹刀や木刀なら爺ちゃんとよくやったよ。奥義の練習する間も鈍らないようにな。まあ真剣を握らねば奥義は習得出来ないってんで、そん時は持ち替えて……ってどした?」


鍛錬の日々の話をする響と霊次だったが、奥義と言う言葉を口にした途端霊次が驚いた顔で固まる。


「すまない……その奥義はなんという?」

「?……奥義『くう』だけど?」

「……」


眉をひそめ、下顎に手を当て何やら思考する霊次。その様子に響はただただ困惑する。そうして1分程沈黙が続いた時、やっと霊次が口を開いた。


「重ねて申し訳ないが……その奥義を見せてくれないだろうか?」

「……まだ習得出来てないから……それでもいいなら」


真剣な面持ちで嘆願する霊次。並々ならぬその雰囲気に気圧されるが、響は了承するのだった。


また刀を構えて相対するが、今回は相対之剣では無く見取り稽古の形になる。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


数度深呼吸をして脱力する響。そして集中が頂点に達した時。


「奥義『空』!」


繰り出される袈裟斬り。それは夜の空気を斬り裂く。


しかし響の手応えは良くなかった。


「わりぃ……失敗だ。成功は爺ちゃんのを見たけど、もっと早いし綺麗で……凄味もあった」

「……」

「えと、霊次だっけ? どした?」


霊次は俯き何も言葉を発さない。表情も見えないその様子に響は心配をする。同時に己の未熟な技を見せて落胆させたのだろうと申し訳なくもなっていた。


だが霊次にあるのはそんなものでは無かった。


「やはり……やはり……! お前の剣は偽物だ!」

「っ!」


霊次は顔を上げ、逆鱗に触れたように怒号を発する。当然、響は豹変し怒りをぶつけるその姿に動揺する。


「お、おい……落ち着けって……! 」

「奥義『空』だと……? そんなものは天刃流には存在しない・・・・・・・・・・!」

「え?」


あくまで冷静に宥めようとした響に予想外の言葉が浴びせられる。長年研鑽して来た天刃流。そして祖父の手によって繰り出され、憧れた奥義『空』。それが存在しないと言うから当然の反応であった。


「ま、待てよ! 俺は確かに見たんだ! 爺ちゃんが……!」

「ならばその祖父も紛い物の剣を振るったと言う事だ……! 反吐が出る!」


響の言葉に聞く耳を持たない霊次。刀を握る手は怒りで震えている。


「ならば見せてやる……! 正当なる天刃流の……真の奥義を!」

「なっ……!」


言うや否や、霊次は高く跳躍する。そして響の元へ落下して来る。響は刀を構えてそれを受けようとする。


「天刃流奥義……!」


対する霊次は空中にてその身を捻り、回転する。月明かりがその刃を照らし、まるで光輪のように輝いて見えた。響はその光景に……目を見開く。


(これが……奥義……!?)


「『日輪』!」


落下も回転の勢いを乗せたその刃は響の右肩から左の脇腹までを斬り裂いた。


「がっ……!」


鮮血が散り、激痛が響を襲う。そのまま膝を着き、ゆっくりと地面に倒れたのだった。


「はぁ……! はぁ……! 見たか……これこそ真の奥義『日輪』だ……! お前のような紛い物では無い……!」


薄れゆく意識の中、その言葉を効く響。だが何も言い返せず泥のような暗闇へと意識は落ちていった。


「どうにか言って見ろ……偽物!」


それに気づかない霊次は怒りのまま響の腕に刃を突き立てようとする。


だが、鋒は響の腕の直前で止まる。


「そこまでだ」

「っ!」


その刃を手で掴み止めたのは意外な人物。以前響達を襲った天陽学園3年 白山 獅郎しろやま しろうだった。

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