第39話 知らない記憶
「あれ? 今日は響任務だっけ?」
今日も今日とて晴天の下の校庭では鍛錬に励む天陽院一年達が見える。しかし秋は響が居ない事を疑問に思う。
「響くんなら用事で午後から来るって〜? 理由は知らないけど」
芝に座り柔軟をしている陽那が顔を上げて答える。
「今日は……6月24日……あっ」
「ん? 空ちゃんなんか知ってるの?」
そんな中呟き得心する空に、訳を知っていると感じて陽那は問いかける。空は少し思案するが話す事にしたようだ。
「命日なんだ……響くんのお母さんの」
「あ……」
10年前の6月24日は響の母である白波 奏の命日であった。つまり響はお墓参りに行く為に午前を休んでいるのだ。
「そうか……って僕らに言っても良かったのか?」
「うん。私と響くん幼なじみだから、こういう時友達に聞かれたら話して良いよって昔から言われてたんだ。響くんは折り合いついてるって言ってたし、知ってても怒らないと思うよ」
「そっか〜。じゃあ毎年行ってるんだね。親思いで良い子だわぁ」
響の意外な一面を知る秋と陽那であった。
東京のとある墓地。
響は墓を綺麗に掃除してからゆっくりと線香を炊く。そして目を瞑り手を合わせる。
思い出すのは母と過ごした日々。
甘えたい盛りな子供の響へどこまでも優しく、陽だまりのような暖かさで響を見守ってくれていた。
懐かしく、もう戻らない日々。
「……お袋、1年ぶりだな。まあ毎日挨拶してるけど……まあちゃんとここで話すのも大事だよな」
目を開け、落ち着いて墓前に語りかける響。
「新しい学校でも楽しくやってるよ。友達も居る。秋って奴は頭いいから色々教えてくれるし、陽那は明るくて面白い奴だ。まあちょっと騒がしいけど……楽しいよ」
「あと空。空も同じ学校に来たんだ。相変わらずお節介焼かれてるわ……あ、勿論されっぱなしじゃないぜ? 俺も料理作ったら喜んでくれてさ……だからお袋が心配する事はねえよ」
他に先生である悠の事、出会ってまだ日が浅いが先輩2人も面白くて頼りになる人だと伝える。
「……こんな所かな。ちゃんと健康に気をつけるから安心してくれ。んじゃ、そろそろ行くよ」
一通り近況を伝え終えた響はもう一度手を合わせその場を後にするのだった。
日は高く上がり、時刻はあと少しで正午を回る。ジリジリと降り注ぐ太陽光が本格的な夏が迫っているのを伝えているようだ。
「帰ったら12時半くらいか。午後の授業に間に合いそうだな」
そう考え帰路に着く響。その時、虫が這いずるような気色が悪い音が聴こえた。
「っ!」
(なんだこれ……! 今までのどの気配とも違う……気色悪ぃ!)
顔をしかめながら振り返る響。姿は見えずともその先に気配の主が居る事は分かった。
(十中八九『影人』だ……! だけど……今の俺1人には余る……!)
武器も無く単騎の響はすかさず柊へ『影人』が現れたと連絡を入れる。
『了解しました。増援が着く迄安全を確保して下さい』
「了解……!」
通話を切った響は冷静に指示に従い、できる限り距離を取ろうとする。しかし……。
「うっ! ぐぅ……!」
その時、頭が割れんばかりの痛みが襲う。
「な、んだ……!? 急に……!ぐぅっ!」
激痛に頭を抱えるも痛みは次第に強まり、耐えきれずに思わず地面に膝を着く。そして不思議な事が起こる。
(えっ……?)
頭の中に映像が流れ混んできたのだ。それは今日のような夏の暑さが出てきた頃の町。空は晴れているが、南の方から暗雲が迫っているのが分かる。
(なんだこれ……夢……?)
響の視界は1人でに動き、まるで誰かの視点の景色を見ているように感じる。
視点はぐんぐん道を進み、気がついた時にはどこかの公園に居た。そしてその公園の砂場に1人の男児を見つけた視界の主は一直線に走り寄る。
声は聞こえないが、何か楽しそうに話して2人はその場で遊び出した。
暫く遊んでいると日が傾き、オレンジ色の光が空を染める。南の方の暗雲は大きくなっていた。公園には1人の女性が現れ2人に呼びかけたようだ。2人は水で砂を落としその女性の元へ迫る。
銀髪の女性に響は見覚えがあった。
(え……? お袋……? じゃあ、これは……俺の?)
視点の主が幼い自分だったと気がつく響。しかしこの映像が自分の記憶か何かと考えても、響はこの光景に身に覚えはなかった。
しかし妙にリアルな感覚があり、夢だとは言い切れなかった。
そこにまた激しく痛みが走る。すると場面が切り替わり、雨の風景が映し出された。
(なんだ? 傾いてる……公園じゃない、何処かの道だ……)
道路に寝そべっているように世界が傾いてるおり、土砂降りの雨が地面を強く打ち付ける様子が近くに見える。視界の端には和傘のようなものが映っていた。
視点の響は濡れた地面に手を付きゆっくりと体を起こす。そして進行方向と思わしき方を見ると……。
母が倒れているのを目撃するのだった。
(えっ……?)
うつ伏せに倒れている奏の背……ちょうど腹部に当たる部分が赤く染まっている。地面に漏れ出た血を洗い流すように雨は容赦なく降り注いでいた。
(なんで……何が……)
響の動揺する心にリンクするように視界が激しく揺らぐ。そしてそれは倒れた奏の前に立つ者へ向けられた。
(なっ……!)
そこに居たのは男児。さっき迄笑顔で共に遊んでいた相手だった。その右手は赤く染まっており、顔は妖しく口角が上がっていた。
そしてまた激しい痛みが響を襲う。映像はノイズがかかったように乱れブラックアウトする。
「……ハッ!」
そこで響の視界は元いた場所へ戻る。響は滝のような汗をかき息は荒々しくなっていた。
「はぁっ……! はぁっ……! な、なんだ今の……!?」
何事も無かったかのように頭の痛みは引き、『影人』の不快な気配も消え去っていた。ただただ動揺した響だけがそこに残るのだった。
結局『影人』自体は見つからなかったが、陰力の痕跡が僅かに見つかったと柊から報告を受けた響。
その顔は浮かないまま。頭痛の事も考慮してその日は学校を休む事にした。
そして響は時間を見て通話をかける。その相手は響の父……堅護だ。
「もしもし……親父?」
「どうした響。お前から連絡するなんて珍しいな」
相変わらず低く厳格な声が帰ってくる。響は単刀直入に問いかける。
「なあ……お袋の死因について教えてくれよ」
「それは……昔に交通事故と話したと思うが……」
「……今日お袋の墓参りに行った時、頭痛がしたと思ったら変なものを見たんだ……信じられないかもしれないけど、お袋が腹を貫かれて殺されてる映像が……」
「……っ!」
息を飲むのが通話越しに聴こえる。何年も前に交通事故で亡くなったと考えていたなら驚くのも無理がないだろう……と響は考える。
「なあ……親父は何か知らないか? あの日お袋と俺と……小さい男の子が居たはずなんだ……何があったんだよ」
「……」
「頼む! なんでもいい! 教えてくれ!」
押し黙る堅護に響は必死に嘆願する。そのまま暫く考える堅護だったが、響の思いが伝わったのかその日の前後の事を話すのだった。
「俺は仕事で詳しくは知らなかったが……奏が言うには、お前はあの日まで幼稚園の後はよく公園に遊びに行っていたらしい。そこで知り合った名も知らない男の子と遊ぶようになったとな」
(っ! やっぱり、あれは俺の記憶なんだ……!)
響が見た映像と同じように公園や男の子の存在が出てきた事で本当にあった事だと確信する。
「……それで他には?」
「俺が知ってるのはこれぐらいだ。憲兵の話じゃ奏は交通事故、そしてお前はショックでその時の記憶を失った。一緒に遊んでいた子供の事も……目撃証言等も無かったらしい」
「そっか……」
それ以上響は何も聞けずに通話を終えたのだった。その時の響は記憶を失ってろくに聴取出来なかったであろうし、憲兵が調べて事故であったならそうなのだろうと響は考える。
だが記憶の事もあって納得できない気持ちがあった。
(今日になって記憶が呼び起こされたのは偶然じゃない……と思う。頭痛も『影人』っぽい気配を感じてから……)
その時、響は1つの仮説に行き着く。
「っ! まさか……記憶が消えたのは陰陽師の記憶を消す術で……!?」
(有り得なくは無い……!もしあの子供が『影』なら、事件に関わった俺は陰陽師に記憶を消されててもおかしくない……その時は陽力に目覚めてなかったしな。そして今日の気配の主がその『影』なら……記憶を思い出したのにも納得がいく)
あくまで仮説だが点と点が繋がる感覚を覚える響。
「後はこれをどう立証するかだ。……そういや陰陽師が受けた任務のデータベースがあるって言ってたな。もしかしたらそこにあるかも……先生に聞いてみよう」
響はスマホを再度取り出し、今度は悠に通話をかける。
「もしもし悠さん……?実は……」
「うん、大体分かった。上には報告するけど、俺はあんま力になれないと思うよ」
事情を一通り話した響であったが、返ってきた悠の申し訳なさそうなその言葉だった。
「陰陽師同士でも守秘義務があるのは知ってるだろ? 基本的に任務の位階未満の陰陽師には詳細を話してはいけないって言うあれ。んで、データベースの閲覧も位階毎に厳しく管理されてる」
「つまり俺が先生に頼んでも、先生は俺に話せない……」
「そういう事だ」
理屈は分かるが直ぐに真実を探る事が出来ず落胆する響。そんな響に悠は励ましの声をかける。
「要するに響が強くなればいいって事だ。今すぐには無理でもコツコツ任務受けて位階を上げてこう! それに、交流会は結果によって位階が上がるし今はそれを目標にしようぜ?」
「確かに……そうですね! ありがとうございます!」
響は納得して通話を切り、大きく深呼吸をする。
「ふぅ……やる事はシンプル。強くなって位階を上げる。やってやるさ……!」
母……奏の死の謎。その確信は掴めてはいないが、知る為の希望はある。響は改めて強くなるという決意を胸に抱くのだった。
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