第37話 臣也と響の任務-弐-

「陽力そんな無いってのによぉ……でもやるしかねぇよな。響、あいつら引き付けてくれ!」

「了解ッス!」


再び術を準備する臣也。響はそれを信じて『影』の群れへ飛び込んでいく。


陽力をこれみよがしに纏い『影』を釣る。知能が一定より低い『影』は大きい陽力の持ち主を優先して狙う傾向があるので、それを利用したのだ。


飛びかかる『影』を炎の刃で切り払いながら駆ける。


(耐久はやっぱ低い! だが数とちょこまか動くのが厄介! また合体、分裂する可能性もある……チンタラしてたらこっちの陽力が尽きる!)


響は刀の術を解き、陽力で強化した状態に変える。


それでも十分に目玉の『影』を倒せている。


「なら威力はそこまで要らねぇな……!」


臣也もそれを見て術を調整する。響は臣也の準備が整うまでのらりくらりと『影』達をいなす。


「おし、こっち連れてこい!」

「了解!」


響は方向転換し、臣也の元へ駆ける。速度を上げ、『影』と距離を離す。


響には見えていた。地面の一定範囲に陽力が流れている事を。


響は飛び込むようにその境を跨ぐ。黒い軍勢はその後を追うが、追いつくことは無い。


「『岩盤山土がんばんさんど』!」


群れの足元の地面が盛り上がり、『影』達は天井に叩きつけられる。


ブチッ! ブチュッ! グチュッ!


広間に地面と天井の間で『影』が潰れていく生々しい音が響く。


「ふぅ……お疲れ響〜」

「ども、作戦成……」


響が僅かな違和感に気が付き言い淀む。

その瞬間、臣也の術が解けて地面が元に戻った。


そこには原型を残した小さな『影』が1匹居た。天井と地面の小さな窪みに奇跡的にハマって難を逃れたのだった。


「あ……」


臣也の声に反応するように『影』は膨張し、三度目の分裂をする。


「もおおおおぉぉぉ!またかよぉぉぉ!」


発狂する臣也。それもその筈、威力は落としたとはいえ軍勢を収める為範囲を広げていた。


そのお陰でなけなしの陽力は消費されて残り僅かになっていた。


同じ術は使えて1回。だがそれを先程のように逃れられると大ピンチだ。


「どうする響!?」

「どうしましょうかねぇ!」


(多分一撃で全部消し飛ばさないと増える能力! でもこっちの火力は限られる……! マジでどうする!?)


『影』の猛攻を躱しながら思案する響。響も既に大火力を使って陽力は残り少ない。


嫌な汗が背中を伝う中、響はとあるアイデアが浮かぶ。だがそれと同時に苦い顔もする。


暫く黙り込んでいたが、響はやがて覚悟を決める。


「……ええいままよ! 臣也先輩!」

「なんか作戦思いついたか!?」

「はい!」


背中合わせで響は臣也に短く作戦を伝えた。その間も『影』の群れは元気に蠢いていた。


「……ったく、先輩使いが荒い後輩だぜ! んじゃやるか!」

「頼んます!」


2人は散開し、『影』を薙ぎ払いながら縦横無尽に駆け回る。


そしてその間、臣也は掌から細かな塵を巻く。並行して薄く地面、壁、天井を岩で覆っていく。


「臣也先輩! 先に広間の外へ!」

「おう!」


臣也は言われた通りに入口側の道へと出る。


臣也が出たのを確認し響も通路の前まで来る。それを追って『影』の群れは集まってくる。


響は振り返り、掌を黒い軍勢へと向けた。


「『焔弾えんだん』! 急急如律令!」


炎の弾丸を撃ち出してから通路へと飛び込んだ。それと同時に、臣也によって広間と通路を隔てる土壁が作られる。


直後、広間内で爆発が起こり激しい揺れが坑道を襲う。


それは粉塵爆発。


可燃性の粉末が空間に漂った粉塵の状態、空間内の酸素、そして着火源が揃った時に起こり得る爆発。


粉塵は固体状態よりも粒子の1つ1つが酸素に触れている面積が多く、1つ燃えれば周りの粒子にも即座に燃え広がり爆発を起こす。


それは長い鉱石採掘の歴史の中でも事故により多数の死者を出している現象だ。


響達はそれを陰陽術により人工的に起こした。少ない陽力で最大の威力を発揮させる為の手段だったのだ。


「や、やったか!?」

「先輩それフラグ!」


恐る恐る中を確認する2人。煙が晴れた時、『影』の群は跡形もなく吹き飛んでいた。


「居ない……な」

「気配も無いです」

「ふぅ〜……作戦成功だな。やったな響」

「はい……でも……」


作戦成功に安堵する臣也と対照的に響はやや暗い顔をしている。


「資料にあったように、この廃坑……炭塵爆発の事故で閉鎖してるんス」

「あ……」


それは石炭の粉末で起こる粉塵爆発だ。


安全対策に問題があっても、今まで事故は起きていないから大丈夫……といった安全神話がこの炭鉱にはあった。


しかし、石炭を運ぶトロッコがレールから外れ火花を散らしながら数m進んだ。やがて横転し積荷の石炭の粉塵が漂い、そこに火花が触れて爆発を起こした。


その事故の記載を見ていたから、あの時この作戦が思い浮かんだのだ。


「だから、思いついてもできれば使いたくなかった」


悲劇の起こった場所で、その原因を同じように使う事に響は気が引けていたのだ。


(だから渋ってた訳ね……)


「あー……その、なんだ。過去にここであったのは事故だ。それは痛ましい事だし、似たような事を故意に起こしちまった事に気が引けるのは分かる……けどな、俺たちは生きてる」

「え……?」

「俺たちは生きる為にその手を使った……道具と同じだよ。危険なものでも使い方次第で人を生かすもんもあるだろ?」


それは響が夢で祖父に誓った事……殺人剣を人を生かす為に使うと決めた事と似ていた。


薬が容量や用法を守れば怪我や病気を治すが、それを守らなければ毒となるように。


包丁が料理にも凶器としても扱えるように。ダイナマイトが土木工事にも武器としても扱えるように。


表裏一体の真理。


「被害拡大しないように薄く空間を層で守るってのも、俺らの安全とか依頼人の為だけじゃねぇだろ?」

「……はい」


臣也の言う通りである。それを使うからには死者は出さない。そしてこれ以上悲劇の地を荒らさないように臣也へとその指示を出した。


「その気持ちがありゃお天道さんも許してくれるだろうぜ。『影』もしっかり倒した訳だし」

「……ありがとうございます。臣也先輩」


臣也の言葉に響の胸は軽くなる。その事に深く感謝し、先輩として臣也をまた尊敬するのだった。




2人は外に出て車に戻り、柚子へと報告した。その後……。


「柚子さん! この後ディナーなんてどうです?」


(早速聞くんかい!……でも今の先輩なら或いは?)


響は臣也の頼れる姿をその目で確認した事、報告でもそれは伺える事から成功率は高いと見る。


「フフッ、5年は歳食ってから出直しな坊や?」

「そぉんな〜!」

「あはは……」


結果はフられてしまった。


頼りになる先輩も女性相手では一筋縄ではいかないらしい。響はその様子に苦笑し、その日の任務を終えるのだった。

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