第7話 目覚めし陽の力-弍-

「な、んだ……これ?」


 攻撃を防いだ当の本人も困惑している。防げるなんてとても思っていなかったのだ。ただただ無我夢中で、自分の命を犠牲にしてでも空を護ろうとしただけだったから。


「あったけぇ……」


 右腕を包む光はとても温かく、そして優しく……こんな極限状況にも関わらず安心さえ感じていた。 響は知る由もなかったが、これは陽力と呼ばれるもの。




 人の内にある太陽の力……『影』を打ち倒す力だ。




 響はゆっくりと拳を握ると体の奥から力がみなぎるのを感じる。


(これなら、この力なら空を護れる……)


 その確信が響を高揚させる。


「空、なるべく下がっててくれ」

「う、うん……」


 優しくも力強い有無を言わさぬ言葉に気圧される空。頷いて駆け足でその場から離れる。


「化け物だか『影』だか知らねぇが……やってやるよ!」


 響は不敵に笑い、『影』を睨んで啖呵をきる。それが再開の合図だった。


「ガァァァ!」


『影』が咆哮する。今度こそ仕留めると憎たらしい想いが篭っているそんな叫び。再開の火蓋には叩きつけるような右腕の爪が振るわれた。さっきより一際早い一撃である。


「っ!」


 相変わらず地面が割れる程の凄まじい破壊力だが、それを響は一歩左に飛んで躱す。その動きは数秒前のそれとはまるで異なっていた。響を追うように連続して爪を振るう『影』だが、空振りするばかりで響を捉えられない。


「アアアアアアアア!」


 苛立ちを表すように唸る『影』。そして両手による攻撃で手数は倍になる。速度も更に一段階上がるが、響きはそれも歯牙にかけずヒラリヒラリと避ける、避ける、避ける。


(不思議だ……体が勝手に動いてるみたいだ。まるで前にもこんな事があって……相手の動きの読み方、体の動かし方、呼吸……戦い方を全部知っているみたいに……)


 高揚している体に対しどこか冷ややかに思考する響。その頭には既視感が浮かんでいる。


 響には対峙した『影』との記憶は昨日の一方的に襲われるものだった。


 だからその感覚は錯覚と思うのが道理だが、響はそれでは説明がつかないような不思議なものを感じていた。


 それは肉体の記憶。


 響自身は覚えていないが、確かに昨日響の身体を動かし戦った者が居た。


 その戦闘経験が無意識の内にフィードバックされているのだ。


「いや、今はこいつをどうにかしないとな」


 それを知る由もない響は疑問を頭の片隅に追いやり目の前の敵を見据える。このまま避け続けるだけでは勝てない。


 それは響も分かっている。だから勝利を掴む為の方法を攻撃を避けながら模索する。


 すると、響の脳に陽那の戦いが過ぎった。陽那がボロボロになりながらも『影』に向かっていった時の事。『影』の腕を伝い、空に飛んで水球を撃ち込んだ姿だ。


「これだ……!」


 響は閃くと共に幾度目かの攻撃を右側に大きく飛んで避ける。そして着地と同時に一気に駆け出す。向かう先は『影』が暴れているうちに壊され、道路まで流れ出た家の瓦礫。それを駆け上がり勢いのまま天高く跳躍した。


 煌々と輝く月明かりが響を照らす。


「ギュアアアアッ!」


 それをただ見ている『影』では無い。空中の響を迎撃しようと左腕を振るう。響はそれを陽力を纏う右腕で受け流す。受け流すことは出来ても高速で擦れる爪の表面は卸金のようなもの。タダで触れればたちまちひき肉になるだろう。


 しかしその程度では陽力の護りには関係無かった。完全に爪を逸らし、姿勢を整え響は拳を構える。


「うおおおぉぉぉ!」


 ドゴォッ!


 落下の勢いを乗せて放たれる渾身の拳は『影』の顔面をひしゃげさせ、頭を地面に叩きつける。轟音が響き、砕けたアスファルトの破片と砂塵が舞う。勢いのまま地面に落ちる響であったが、なんとか受身を取り事なきを得た。


「まだまだぁ!」


 すかさず立ち上がり拳を構える。だが倒れ伏した『影』は悲鳴をあげることも無く形を綻ばせ、やがて塵となって跡形もなく消えていった。


「え? 倒、した……?」


『影』を倒したという事実に実感が湧かず目を丸くして呆然と立ち尽くす響。そこに空が駆け寄ってくる。


「響くん!」

「うおっ!?」


 そのまま空は勢い良く響に抱きつく。響は驚きながらもしっかりとその身を受け止めてやった。


「大丈夫!? 怪我してない!? 私心配で……!」


 涙を目に貯めながら矢継ぎ早に響を案じる空。


「だ、大丈夫……! 大丈夫だって! 大したことないから安心しろって、な?」

「……ほんと?」

「おう、マジで」

「そっか、良かったぁ!…… あのね? 助けてくれてありがとう。響くん」


 響の返答に空は安堵し感謝の言葉を述べる。響は流れる涙と緩んだその表情を見て同じように安堵する。


「生きてるか!?」


 そこに屋根の上から響達を追いかけて来た秋が降り立つ。服も体もボロボロだが、以前のような大きな怪我は負っていないようだ。


「おう、なんとかな」

「私も擦り傷ぐらいだから大丈夫。響くんが守ってくれたから……」


 秋は響に視線を向けると表情は驚きに変わる。


(陽力……! 昨日の今日で目覚めたのか……!?)


「……てっきり増援が来たのかと思ったけど、君が戦ったのか……凄いやつだな。何はともあれ良くやったよ」

「おうよ、お前も無事で良かったよ」


 こうして3人は窮地を乗り越え、現世への道を歩んでいくのだった。



 少し離れて倒壊を免れた家屋の屋根。そこには人影が1つあった。真っ黒なコートに身を包み、深く被ったフードから妖しげな瞳で3人を見据えている。


「やっと1つ目が完全に目覚めた……運命の歯車は遂に動き出したんだ」


 そう虚空に呟き、そのまま謎の人物は闇に溶けて消えていった。

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