第11話 鷹の盾
空が赤くなり始めた。怪我から回復した他の勇士や、新たに応援に来た勇士たちも交えて作戦会議をしていたとき、俺は、結界に違和感を覚える。
「まずい」
「破られそうですか」
ルーカスが剣に手をかけた。
「ああ。一部、綻んだ。みんな、配置についてくれ」
勇士たちがヒトカゲを取り囲み、しばらく経つと、突如一点から結界がボロボロと崩れ落ちた。体長四十尺(約12メートル)もあろうかという巨体があらわになった。
一斉に皆が戦闘体勢に入る。
俺は、先ほどの会議を思い出した。
『ヒトカゲの生態は、とかげと名がついているものの、一般的な生物としてのそれとはわけが違います』
昨日、オフィーリアに『
ヒトカゲの顎の下には少し皮が弛んでいる部分があるという。
『他より鱗も表皮も薄いので、所謂弱点ですね』
そして、ヒトカゲの弱点はもうひとつ。
尻尾だ。
尻尾が切れる種もいるとかげ。ヒトカゲも昔はそうだったという。しかし、世代を越えて尾を切ることができなくなってしまった。しかし、その名残のように尻尾の骨は少し柔いらしい。
さて、薙刀はオフィーリアに貸してしまっているので、来る途中で魔物たちに使った術で対応する。
『千本・白式』。
そう名がつくこれは、仲間の術であった原版の『千本』に比べて与えられる損傷は小さいものの、空間術の一種なので今回のように表面が固い魔物のそれも問題なく貫通する。
「テック、こちらもお願いします!」
ヒトカゲの右前脚を損傷させたあたりでルーカスが俺を呼ぶ。左前脚の方だ。
「分かった」
ふと、視線を視線を後ろにやる。その光景を見て、ゾワ、と背筋が凍った。
居場所なさげに突っ立っている若い勇士が、薙ぎ払われる尻尾の狙いの先にいた。
ゴウ、と大きなものが勢いよく動く音。いくつもの悲鳴に似た叫びが聞こえる。
そのとき、俺にはすべてが緩慢に見えた。
唱術、術印なしの転移術で死の覚悟すらできず未だ棒立ちの彼のもとに移動。
飛びつくようにして彼を抱え込み、もう一度転移術を行使する。
視界の端に迫り来る尾が見えた。
次の瞬間、それは消える。否、消えたのは俺たちだ。
空ぶった尻尾を、ヒトカゲが首をもたげて見た。
「馬鹿野郎ッ、戦場でぼさっとするな!」
思わず慣れ親しんだ母語で怒鳴りつける。
知らない言葉に戸惑っているのか、はたまた何が起きたか理解できていないのか、彼は視線をウロウロさせた。
ガラス玉のような目。濁りなき目。
戦に出るのに、武器を握っているのに、全く覚悟がなっていない。戦って死ぬ覚悟がない……。
「……戦場で突っ立っているのはやめてくれ」
怒りを通り越して諦めが湧いた。それだけ言って、彼のもとを離れる。
(戦では……)
殺す覚悟と、殺される覚悟をするのだ。小さな頃からそれを叩き込まれる。戦うものとしての覚悟を、言い換えれば誇りを。
覚悟を持った者だから、武士なのだ。
ちらとあたりを見渡す。
怯えて、震える者。
逆に無鉄砲に立ち向かう者。
ここは、あそことは全く違う場所だ。
それが、実感となって迫ってくる。
『トキ、お前、“鷹の将”に加わってくれないか。“鷹の盾”として』
かつて、武士団の団長がまっすぐに俺を見て言った。
『分かった。俺のいる戦場で、死人を出さないと誓おう』
俺は、確かにあのとき、そう約束した。
鷹山武士団の将、“鷹の盾”こと一ノ瀬
俺は、俺のいる戦場で死人を出してはならない。
◇◇◇
僕こと、ルーカスは戦況を見る。
正直、良いとは言えない。
ヒトカゲの尻尾からテックがひとりの勇士を助けた後も、幾度か他の勇士が踏み潰されそうになったり、薙ぎ払われそうになったりした。その度に彼は防御結界を作ったり、そしてあれは転移だろうか……その手の力で危なげな勇士を救ってまわっている。
もちろん、それは悪いことではない。ただ……それが彼の枷になっている。
現状、ヒトカゲに対抗できるのはテック、僕、それから一級、準一級の王国から正式に要請を受けた勇士一行のみ。合計、七名だ。
しかし、テック以外の僕を含む六名はほとんど傷をつけられず、正直なところ彼頼みになっている……。
そのときだった。ヒトカゲが、今までに見せなかった行動をする。歯を打ち鳴らし始めたのだ。
そう、歯だ。
とかげに歯なんてあっただろうか。そもそも、なぜこのヒトカゲはこんなに肥大化している?
考えると、一つの答えに辿り着く。
“特異個体”。稀に現れる種の他個体とは違う特徴をもつ魔物だ。
ヒトカゲとは……伝説上の魔物、炎竜の姿に似ているとして、その名を負っている。しかし、炎竜のように火を吐くことはない。
そのはずだった。
擦った歯から火花が散る。ヒトカゲはそれをそのまま吐き出した。
ヒトカゲ? いいや、あえて言おう。
それは今、竜となった。
◇◇◇
ヒトカゲが火を吹くのを俺、トキは見た。
術式? それとも生態?
いいや、そんなことより、その火から皆を守らなくては。
簡易転移術『白襲』を連続で二回使い、六十尺ほどを移動して皆の前に躍り出る。そして、空間結界術『桜』を展開。
「あちっ……あれ、熱くない……」
背後にいる勇士たちがそのように呟く。そういう術なのだから当たり前だ。
さて、どうしたものか。
霊力残量には余裕があるが、かといってこのまま戦い続ければこちらがもたない。早いとこ大技を使うべきだろう。でも、それでは皆の防御ができない……。
そのとき、一人の少女の声が聞こえる。
「みんな、一回退くべきよ!」
それは、オフィーリアだった。若手の勇士が彼女に噛み付く。
「なんだ、おめえ! 俺らが倒せねえとでも言うのかッ!」
「だって、テックはさっきからみんなの防御をしてばかりなのよ。現状、彼の攻撃しかまともに通っていないのに! 足手纏いになってしまっているわ!」
足手纏い、と言われてその勇士は激昂する。今にも掴みかからんとしたとき、彼の肩をガシッと掴んだ者がいた。
「なんだ、お、めえ……」
その者の顔を見て固まった。
「一級勇士、ラーモンド……」
オフィーリアの武器屋にロングソードを買いに来た男だ。
「彼女の言うとおりだ。あのテックという退魔師の戦い方、本来あのくらいの魔物たいした相手ではないだろう。俺たちが、彼を守りに徹させているのだ」
そう言った彼は、声を張り上げて指示を出した。
「皆の者、聞け! 自分ではこの魔物に敵わないと思う者、一度でも退魔師に助けられた者、即刻退け!」
威厳ある声だ。所作も美しいし、もしかするといい家柄なのかもしれない。一級勇士の一声で、皆戸惑いの表情を見せた後、何人もが離れていく。
残ったのは、俺、その一級勇士の隊、そしてルーカスのみだった。
「俺たちにはあれにトドメを刺すことはできない。だから、お前の力を借りたい。構わないか」
問われて、頷き、それから頼み事がある、と切り出した。
「一級勇士の人たちにはしばらくあれを食い止めてほしい」
「分かった。具体的にはどのくらいだ」
具体的に……?
なんと伝えたらよいのだろう……。
「町からここに走ってくるよりは短い時間だ!」
少々訝しげな表情をされたがなんとか意図は伝わったらしい。要は言語なんて意思が伝わればいいのだ。
「ルーカス、ちょっと来てくれ!」
あちらの方で戦闘に加わっていたルーカスを呼び出す。
「どうしました?」
「今から、ルーカスの神力の封印を解く」
そう言うと、ルーカスはじわり、と目を見開く。
「……いいんですか」
「倒せる方法はあるんだ。でも、発動に時間がかかる。ルーカスは、力さえ使えれば魔物に対抗できるんだろう」
「できますが……」
少し浮かない表情のルーカス。
「頼まれてくれないか。教会に対して都合が悪いのなら、後でバレないようにもう一度封印をする」
決死の頼みにとうとう彼は頷いた。
「分かりました。一緒にあれを倒しましょう」
俺は、右手で手袋を外したルーカスの手の甲に触れ、左手の人差し指と中指を立てる。そして、唱術をした。術の輪郭をなぞるように、霊力を通わせていく。
流石に異国の封印術だ。法則が違うのか、少々手間取る。
しかし、舐めるな。
俺は、国一番の解術師一族のひとりなのだから。
◇◇◇
近況ノートにて、ルーカスのキャラクターイラストを公開しました。
https://kakuyomu.jp/users/hanadairo1000/news/16818093085741417601
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます