第2話 悪魔祓いはガラじゃない
俺の名前はテック、もといトキだ。
気まぐれに立ち寄った町で助けた家族はどうやら小さな料理店を営んでいたようで、お礼として手料理を振る舞ってくれると言う。
とはいえ、流石に回復直後に料理させるわけにもいかないので、また店が開いたら来ると言ってそちらを後にした。何度も泊まっていくように言われたが、ひと処に留まるつもりもない。
ラフボルトという名前のこの町は、エデレス王国の端にあった。地図にも載っていない町だが、その名前は知れ渡っている。
犯罪をして、普通には生きられなくなった者。金がなくて、流れ着いた者。奴隷身分から逃げ出した者。
人呼んで、“荒くれ者の町”ラフボルト。
「こっからどうしようか……」
そういえば、町についてすぐに立ち寄った武器屋で奇妙なものを見たのだった。それからすぐに酒場に連れて行かれてしまったけれど。
再び例の武器屋に赴く。
……やはり、そうだ。悪魔祓いの道具だとか言ったか。妙な気配が宿っている。
「ねえ、アルベルトさんのところの悪魔は大丈夫だったの?」
奥から出てきた女性が話しかけてきた。
長い赤髪の彼女は、目鼻立ちがくっきりしている。この辺りの人は目元の彫りが深い。
「……何を勘違いしたか知らないが、俺はエクソシストってやつじゃないんだよ」
この娘が俺を見るなり酒場に連れて行き、そして気付けばいなくなっていた“武器屋の変わり者の店主”というわけだ。
「じゃあ誰が呪いを解いたのよ。さっきカール君を店先で見たんだから。下手な誤魔化しは私には効かないわよ」
「本当に違うよ。第一、俺は異国人だし、この国の宗教のことなんて微塵も知らない。この国では、そんなやつでも聖職者になれるのか?」
そこまで言うと、彼女は少し考え込んで、随分あっさり確かにそれもそうね、と呟いた。
「それなら尚更、どうやったのよ」
彼女は店の勘定台の上に肘をついて、皮手袋を付けたその手を組み、その上に顎を乗せて尋ねる。
「別に、質の良い薬草を持っていただけだ」
親父さんの反応を思うに、エクソシストでもない人間が、この国でいう“魔術師のような術”を使って悪魔の呪いを解いたなどと知れたら、少々面倒くさいことになりそうなので、はぐらかしておくことにする。
当然薬草で呪いが解けるなんてことはないが、大体の人はそうなんだ、くらいに納得してくれる。しかし。
ふーん、と言う彼女は疑いの眼差しだ。悪魔の退治に少し詳しいらしい。
「ね、その悪魔ってどこに出たか聞いた?」
「あー……薪を取りに行ったときに会ったとかって言ってたな」
「じゃあ北の林ね」
よし、と彼女はなぜか勢い付いた。
「待て」
鼻歌混じりで奥に帰っていこうとするので、慌てて肩を掴む。
「なあに?」
「悪魔を見に行こうとしてるな」
「あら、エクソシストでもない人が止める権利なんてあるのかしら?」
「いや、普通に心配だろう……」
こちらに向き直った彼女は、ビシッとこちらに指を指して宣言する。
「私の名前はオフィーリア。かの有名なエクソシスト、オリヴァー・クンフトの娘よ。“ただの旅人”よりよっぽど悪魔への対抗手段には詳しいわ」
いちいち腹の立つ言い方だ。
彼女……オフィーリアの思惑が読めず、黙って彼女を観察する。
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀じゃないの?」
妙なことに巻き込まれる予感がしてためらったが、渋々名乗る。
「……トキだ」
「……テック?」
「いやもうそれでいい」
こちらの言葉は発音も何もかも違うから、どうもこの名前は聞き取りづらいらしい。
「ね、悪魔祓い、一緒にどう?」
「やだね。呪われて終わりだ」
「いーえ。あなた、多分只者しゃないでしょう? それに、私の才能を見くびっているわね」
オフィーリアは指をピッと俺に突き出す。
そうは言っても……。
彼女をじっと見つめた。
彼女の霊力の揺らぎを感じ取ろうとする。
「……だめだな」
「なによ、急に見つめてだめだなんて」
本当にやめておいたほうが身のためだ、と言って手をひらひら振りながら足早に店を去るのだった。
深夜。妙な気配、微かな瘴気の匂いで目が覚める。オフィーリアとかいったか。彼女、もしかして本当に行ったんじゃなかろうか?
少し、宿屋の寝具の上で考えた。
「……くそッ!」
立ち上がり、武器の薙刀を取って窓から外に出ようとした……が。
「なんでだよ!」
窓枠の外に格子がかかっていて、到底出られそうにない。盗人の多い町じゃこうなるのか。
急ぎ一階まで降りると、奥から酒呑みたちの声が聞こえた。幸運にも、まだ宿屋の主人は起きているようだ。
「主人、いるか」
「なんだ小童。良い子は寝る時間だぜ」
「それがちょっと寝ていられない用事が出来てね。これ、鍵。助かったよ」
「え、あ、おい!」
主人が戸惑いの声をあげるのを尻目に、町の北部目指して走り出した。しかし、どうも入り組んだこの町を縫って走るのは簡単ではない。
今の俺は以前のように動けるだろうか?
その不安が胸を掠めたが、迷うより先に身体が屋根に向かって飛び上がっていた。
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