【鬼神憑きの退魔師】遠い異国の地で姫様と逸れたので探していたのだが、この国の悪魔祓い組織は多分ろくでもない

千瀬ハナタ

第1話 救世主かと思った

「エクソシストが依頼を受けただァ?」


 酒場で昼間から酒を飲む明かしている男が、顔を真っ赤にして店主に怒鳴るように言う。


「何馬鹿なこと言ってんだ、エクソシストサマがこんな荒くれ者の町に来るもんか」


「いや、それがさ、今、外にいるんだよ」


 ふらつく足取りで店を出て、そこにいるのはこの辺では見ない顔立ちの12、3ほどの少年だった。


「ほら、勘違いの子供だ……うっ」


 道の端に寄って、かがみ込んだ男の横を町の人たちが汚いものを見る目で通り過ぎていく。




「親父さん、大丈夫か?」


 ひとまず酒場に戻った青い顔の男の背をその子供がさする。


「俺のことはいい……。で何だガキ、こっちは遊びじゃないんだぜ」


「ガキってひどいな。俺、これでも成人してるよ」


「ハア?! 12、3くらいにしか見えんぞ」


 まじまじと少年を見る。


 凹凸の少ない顔立ちの彼は、黒い髪と少しだけ黄を帯びた茶色の瞳を持っていた。


「おめえ、華の国のやつか?」


「惜しいな、そのもう少し東の島国だ」


 昔、東の方の連中は実際より幼く見えると聞いたことがある。それか……。


 細身の少年……いや、青年は槍だろうか、大きな武器を持っている。さしずめ、護衛の仕事をしながら転々としている旅人ってところだろう。


「……エクソシストを探してんだ、腕っぷし自慢はよそでやってくれ」


 エクソシストは聖職者だ。異国人がなれるようなものでもない。エクソシストが来たと言うのは、誰かの勘違いだ。


「このあたりじゃエクソシストって言うのか。それって、こんな術を使う人?」


 そう言うや否や、青年はコップに入った水を一瞬で凍らせた。


「な……!」


「あれ、違う?」


 慌てて周りを見て、誰もこちらに気を留めていないことを確認して、青年に耳打ちする。


「おめえ、魔術師か!」


「魔術師? エクソシストとは違う?」


「そりゃおめえ、エクソシストは教会の聖職者だよ。神の力を借りて戦うんだ。でも、魔術師は悪魔の力を借りて戦う。だから真逆の存在ってわけだ。……ここに初めて来たんなら、もう見せるんじゃねェぞ。教会が黙っちゃねェからな」


 へえ、と呟く青年は、よく分かっていないらしい。使うなよ、ときつく言う。


 俺なんかはもはや信仰心も昔に置いてきたような人間だが、この町にも神への敬意をまだ忘れていないようなやつはたくさんいるのだ。


「じゃあ、俺のはどっちでもないよ」


「どっちでもねえだァ?」


「そう。今の術は、別に悪魔に力を借りているわけじゃない。自分の中の……ねえ、このあたりでは自分の中の霊的な力を何て言う?」


「あー……魔力、とか? この世の全部に宿ってるらしいぜ」


「じゃ、それだ。魔力を使ってるんだ」


 そんな話は初めて聞いた。適当なことを言ってるのではなかろうか?


「おめえは、悪魔祓いができるのか?」


「え、何だ? このあたりは悪魔が出るのか?」


「依頼を受けてくれたんじゃねえのか?」


「何の話だよ?」


 妙に話がすれ違うので、お互いの流れを擦り合わせる。


 彼は、この町に着いたばかりらしかった。町の武器屋を見ていたところ、エクソシストだと勘違いされたようだ。


「あの店の店主、物好きだからなァ。悪魔祓いの道具も集めてんだよ。妙なヤツに捕まって運がなかったな」


 そう言うと、青年はふっと笑った。

 しかし、不意に真面目な顔をして言うのだ。


「でも、悪魔がいるなら早めに対処したほうがいいな。被害は?」


 それを聞いて、すぐに二人の顔が思い浮かぶ。


「……嫁と、息子が一週間ほど前に呪われた。この町のちっせェ教会の神父が言うには、もう長くないってよ」


 こんな町だ、聖職者だってほとんど生臭坊主みたいなヤツで、神の力の一端も扱えないくせに一丁前に葬式の準備だけは始めてやがるのだ。一昔前まではもう少し良かったのだが、それもクソ神父のせいで崩れた。


「親父さんは大丈夫なのか?」


「わしはどうもねェ……こんなことなら、わしが薪を集めに行くんだった」


「俺を奥さんたちのところに連れて行ってくれないか?」


「は? ……おめえまさかなんとか出来るのか?」


「それは見てみないと分からない。治療は得意じゃないから」


 藁にも縋る思いで、急いで残りの酒を飲み干して、出る。しかしまた、店頭でうずくまってしまうのだった。




 家の戸を開くと、足音に気がついたらしい息子、カールが入り口まで来ていた。


「カール、大丈夫か?!」


「何だよ、親父かよ……賊かと思ったぜ。昼間っから酒くせえなァ」


 親に似て乱暴な口調に成長してしまった息子は、そう言いながらもひどく苦しそうだ。今朝は首の辺りまでだった黒いアザが、顎の下辺りまできていた。


「誰だ?」


「あー、こいつは……」


 そういえば、まだ名前を聞いていない。


「俺はトキだ」


「テック?」


「いや、トキ……」


「なんだって?」


「まあいいや、テックで」


 少し不満気に見えるが、なぜだろうか?


「テックが、呪いを消せるかもしれないと言ってよ。連れてきたんだ」


「それなら、母さんを早く診てくれ! さっきから苦しそうで……」


 その言葉に慌てて奥に入ると、今朝まではまだ右腕だけだったアザが、全身を覆い隠さんとするほどに広がっていた。

 誰がどう見たって手遅れだった。


「なぜわしは今日、朝から出ちまったんだ! ごめんなァ、エマ、いっつもこんなんで……!」


「いいか、ちょっと見せてくれ」


「あ、ああ……」


 固唾を呑んで見守るなか、ありえないほどあっけらかんと振り返って言う。


「うん、これなら多分治るぞ」


「本当か?! ……嘘じゃねェよな?」


「ここで嘘なんてついてどうするんだよ。……大丈夫、少し離れててくれ」


 彼は、妻の前に手をかざし、聞いたことのない響きで何か、呪文を唱え始めた。次第に妻の体が淡く光って揺らぎ始め、一際大きく揺らいだかと思うと、その肌は元の白さを取り戻していた。


「はい、これでどうだ?」


 未だエマは眠ったままだったが、苦しげな顔は和らいでいる。


「救世主じゃねェか……」


「そんな大層なものじゃない。さ、息子さんもこっちに来て」


 カールにも同じように呪文を唱えたテックは、ふう、と一息ついた。瞬きするよりも早く、そのアザは消え失せている。


 どうも、年を取ってしまったらしい。

 涙が止まらなかった。


「お前、いったい何者なんだ」


 尋ねると、彼は少し目を伏せ、呟くようにその名を告げた。


「俺はトキ……極東の退魔師だ」

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