第5話
瑞帆から依頼が入った翌日の朝、教室の前方にある自席から中央にある瑞帆の席の方を眺める。
30万円をかけた男子百人への告白代行なんてイカれた依頼をしてきたとは思えないような澄まし顔で瑞帆は席に一人、静かに座っていた。
ゴージャスな雰囲気のウェーブがかかったロングヘアに、目鼻立ちのはっきりした顔。外見だけでは判断できないものの、男女問わずに人を惹きつける魅力はあるはずなのに、誰も彼女のパーソナルスペースに飛び込もうとはしない。
高校に入学して3ヶ月。クラスメイトの彼女が笑っているところは見たことがない。
それを『ぼっち』と言うのか『孤高』と言うのか。青白い肌でじっと一点を見つめている彼女の雰囲気は後者でも違和感はない。
とはいえ、百人の男子に告白するのは体力的な面で避けたいところ。依頼をしてきた理由を聞くべきだろう。
俺はスマートフォンを手にして瑞帆にメッセージを送る。
『依頼の件、少し話せますか?』
チラッと後ろを向いて瑞帆の方を確認すると、メッセージを見るなり俺の方を見て立ち上がり、そのまま近づいてきた。
スタッと俺の机の前でしゃがみ込み、手で机の端を掴んでバランスを取った。
「大光君、こんにちは」
「あ……う、うん。こんにちは。話したいんだけどどこか行くか?」
「いえ、ここで構わないわ。何?」
瑞帆はやや早口気味に真顔のまま感情のない様子で淡々と尋ねてくる。
「あー……その……代行の件だけどさ……本当にするのか?」
「えぇ。お願い」
「な、なんで百人も? 意中の人がいるのを隠してるとか?」
「いないわ。好きな人も嫌いな人も」
「そ、そっか……なら尚更なんで百人に告白するんだ?」
「これよ」
瑞帆はスマートフォンでニュース記事を見せてくれた。それは瑞帆の一家が創業家のグループと、別の企業の合併に関する噂を解説する記事だった。
「……これが何か?」
男子百人への告白とは繋がりそうもない難しい内容に顔をしかめながら尋ねる。
「これね、裏では人間の繋がりもできそうなのよ。つまり政略結婚」
「今の時代にそんなのがあるのかよ……」
「ね、前時代的でしょ? 私はそれを壊したい」
「それで百人に告白して彼氏をたくさん作るのか?」
瑞帆はニヤリと笑って人差し指を立てて「一人で十分」と言った。ほとんど話したことはなかったけれど、冗談は通じるし淡々と喋るしで話していてかなり楽なタイプに思えた。
「目的は合併を阻止すること。そのために肝になっている縁談を壊したいの。無邪気なフリをしてね」
「……そっち!?」
「えぇ。お祖父様が日和ってるのよ。その証拠に最初は相手が婿入りだって言ってたのに今じゃ私が向こうに行くなんて言い出してる。力関係は明らかにこちらの方が上なのに、よ。だから、彼氏ができたことにして縁談を破棄して『子供目線で無邪気に』合併を壊したいの」
「そっ、そんなあけすけに話して良いんだな……」
「週刊誌にも書かれてることよ。ま、半分は妄想ベースなんだろうけれど」
「へぇ……」
「で、受けてくれるのよね?」
「相手には今の話を伝えるのか?」
「伝える必要はないわ。私は『無邪気な高校生』として恋人を作るんだから」
「ちなみに……男に限る?」
瑞帆は真顔で頷く。
「一人娘だから。子供は自然と跡継ぎになる」
「悲しい宿命だな」
「えぇ、共感するわ」
淡々と全てを受け入れている姿、狡猾に自分の策を実現しようする姿。そこに将来の瑞帆の姿が見えた。このまま『女帝』なんて呼ばれそうな雰囲気が漂っている。
「ちなみに制約はあるのか?」
「制約?」
「好きなタイプ、とも言える」
瑞帆は顎に手を当てて真剣に考え始める。
「すっ、好きなタイプかぁ……考えたことなかった……」
初めて瑞帆が年相応な表情を見せた。
「あくまで彼氏は手段だと割り切ってたんだな……」
「ま、まぁ……そうね……」
瑞帆は恥ずかしそうに照れると一度首を傾げて何かを考える。
「とりあえず人を集めてくれたら良いわ。『付き合ってください』といって呼び出して来てくれた人から気になる人を選ぶ形にしましょうか」
「デスゲームじゃないんだから……」
「デスゲーム?」
そうか。お嬢様だからデスゲームなんて知らないのか。
「ドリンクバーって知ってる?」
「ドリンクヴァー?」
瑞帆はまた首を傾げる。ドリンクバーも知らないのか!?
「じゃあ……ゴッサムシティは?」
「あれでしょ? バットマンの舞台になってる架空の都市」
「それは知ってるんだ……」
「えぇ。例の婚約者と食事をした時に散々その話をされたのよ。マーベルが好きらしいわ」
「なるほどな。じゃ、破談に動いて正解だ」
「偏見ね」
瑞帆はニヤリと笑って俺に手を差し出してくる。
「握手?」
俺が尋ねると瑞帆が頷く。
「そうよ」
「マーベル好きはこっちの方が良いと思うぞ」
俺はそう言って瑞帆にグーを向ける。
瑞帆はグータッチも知らないらしく、首を傾げながら俺の握り拳を両手で包みこんできたのだった。
◆
「『好きです。私と付き合ってください!』」
俺は名前も知らない男子を捕まえて告白をしていた。その人は俺が告白代行をしていると知らない様子なので、かなりぎょっとした顔で俺を見てくる。
「――と、俺と同じクラスの三井瑞帆さんが伝えてくれ、と」
「三井さんが!? 僕に!?」
「もし話を受けてくれるなら今週金曜日の放課後、講義棟の最上階の端にある空き教室に来てください」
「か、考えておきます……」
その男子は「これが例のやつか……」と言いながら去っていく。
瑞帆の依頼を受けて1週間。1日10人をノルマに男子に告白し続ける生活が続いている。100人に告白をして同じ日に集める。そこに来てくれた人の中から瑞帆が気になる人を探す、という手筈だ。
「おっ、やってるわね」
「大光君、やっほ〜」
廊下の窓際に立ち、後何人に告白をすべきなのか計算していると、目の前をもみじと璃初奈が通りがかった。前に代行として告白をしてジェラート屋で会ったくらいなのだが妙に距離が近くなった気がする。
「最近は男子ばかり相手に告白してるから、2人向けの依頼がたまってるんだよな……」
二人は苦笑いしながら目を合わせる。
「すっかり有名人ね。1年の男子がいきなり『付き合ってくれ』って告白してくるって話で持ちきりみたいよ?」
璃初奈はクックっと笑いながら俺を茶化してきた。
「まぁ……告白代行だからある意味真っ当にバイトをしているとも言えるな」
「まだしばらく忙しいの?」
もみじの質問に頷く。
「まぁ……そうだなぁ……今週いっぱいは男子に告白しまくりだわ……」
「ふぅん……あ! 璃初奈が待ってるって言ってたよぉ? 告白代行」
「ちょっともみじ! 変なこと言わないでよ!」
「あー……そういえば北洋さん向けの依頼も何件か来てたな……今伝えていいか?」
「ちょっ……こっ、心の準備がっ……」
璃初奈は顔を赤くして狼狽える。
「皆さんで何してるんですかぁ?」
割って入ってきたのは京葉。何やらニヤニヤしながら俺の方を見てくる。
「立ち話だよ」
「や、そうでしたか。何やら最近は大光さんが男子に告白しまくっていると聞いたので、気になってたんですよ」
「百人斬りの途中だよ」
「百人……や、お元気ですね」
京葉は理由を知っていて、わざとイジってきてるのが分かるようにニヤリと笑った。
「占い的にはどうなんだ?」
京葉はじっと俺の顔を見てくる。
「うーん……女難の相です」
「告白ばかりしてるのは男子ばかりだぞ!?」
「や、その理由を作っているのは女子ですからね」
瑞帆と何らかトラブルがあることを予知しているんだろうか。俺はビクビクしながら「助けてくれ……」と3人に懇願するのだった。
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