第39話 つよがり彼女の馴れ初め
ガチャリ。鍵を通して、扉を開く。
テニスサークルの部室の扉だ。
「ほら。ここが我らがテニスサークルの部室だ。どうだ? 結構綺麗だろ?」
「普通」
ぐるりと視線を回した後で、ボソッと卯花は言った。
「お、おう。素直だな」
おおよそ、入学したばかりの頃の卯花は今とは、随分と違う少年だった。
その目は、常に何かを訝しむように細められ、先輩相手にも物怖じせず、敬語すらも使わない。いや、使えないと言った方が正しい。
そんなどうしようもないくらい尖ってやさぐれた野良犬のような少年だったのだ。
「そうだ、何か飲むか? コーヒーか、紅茶ならあるぞ?」
「じゃあ、紅茶もらえる?」
「よし来た。ちょっと待ってろよ」
給湯器で湯を沸かし、ティーパックを沈めたマグカップを茉利理は机に置いて、礼へと差し出す。
「熱いから、気をつけろよ」
「見りゃわかる」
礼はマグカップを持ち上げると、少しだけ啜る。
「テニスに興味とかあるのか?」
「いや、正直ない。ただ、他のサークルよりはまだマシのような気がしただけ」
「マシ、か。失礼なやつ」
「俺に何を期待してるのかは知らないけど、真面目に何かをやる気はない。テニスなら、個人スポーツだからやるにしても楽だろ?」
その態度が何よりも饒舌に語っていた。
礼は、他人と関わり合いになることが嫌だったのだろう。
けれど。
「なら、人と関わりたくないなら、サークルなんか入る必要ないだろ? どうしてわざわざ……あっ、いや、うちのサークルに入れたくない、とかじゃないぞ? ただ……純粋に疑問でな?」
茉利理が尋ねると、礼は何かを考えるように再び、紅茶を一口啜る。
何を言うか悩んでいる、というよりは、既に言葉は出来ているが、それを口にするかを悩んでいるようだった。
「あ、無理に言わなくても……」
「──このままじゃ、いけないから」
「え? ……それはどういう意味なんだ?」
どういう意味だろうか。茉利理は慎重に耳を傾ける。
「俺、少しトラウマがあって、人と絡むのがどうにも苦手で。でも、このままじゃダメだと思ってる。逃げたくないから、いつか誰かに、俺と同じような事情を抱える誰かに、一緒に居ようって言ってあげれるような奴になりたいから」
「……そう、か」
茉利理は口元を緩める。
口下手で話し下手。でも、決して、格好悪くなんてなかった。
むしろ……。
「そう言えば、名前。聞いてなかったよな。少年の名前は?」
「……卯花。卯花礼」
「そうか。……よし、あたしが一緒に居てやるよ! そのトラウマとやらが解消されるまで! あたしが付いててやる!」
半分は成り行きで、もう半分は何かしてあげたいと思った。
「いや、遠慮する」
「は? なんで?」
「……あんたが、美人だから」
………
……
「いやぁ、あの頃の卯花は可愛かったなぁ。なんというか猫みたいなやつでさ。普段ツンツンしてるくせに、なんやかんや優しい奴でさぁ」
長く話したせいで、喉が渇いた茉利理は先ほど入れてもらったココアをゆっくりの飲み干した。
「ふーん」
正面では不機嫌な顔で唇を尖らせる紫苑。
「しかも、優しいだけじゃなかったんだ。知ってるか? あいつサークル戦争の時は、あたしを庇って大喧嘩まで……」
ピキリ。リビングにそんな音が響いた。
「えーと、紫苑……さん?」
「……羨ましい。私だって、もっと彼と長い時間一緒にいたい」
「お、おう」
流石に、話し過ぎてしまったようだ。無意識だとは言え、少し自慢のようにもなってしまったし……。茉利理は反省する。
何か、機嫌を戻す方法は。
「あ、そうだ! 紫苑。見てみたくないか? 去年の卯花」
「……貴方、まさか」
予想通り、紫苑の目が心なしか輝いていた。
「ああ。持ってるんだ。写真」
「見るわ」
紫苑はクールではあるが、慣れてくると結構分かりやすい。もしも、今紫苑に犬のような尻尾が生えていれば、ぶんぶんとすごい勢いで振っているに違いない。
「よぉーし。ちょっと待てよ……あ、あったあった」
写真フォルダを漁れば、割とすぐ見つかった。
「ほれ、これが……ってあれ?」
紫苑へと画面を向けた途端、手からスマホが消える。あまりにも素早く持っていかれてしまった。
「…………」
「ど、どうか、した?」
「…………」
紫苑は押し黙ったまま、ずっと茉利理のスマホの画面を見ている。
「えーと、その写真、送ろうか?」
「欲しいわ」
「分かった。送るよ」
「それより、一つ聞いてもいいかしら」
紫苑は丁寧に茉利理のスマホを机の上に置く。
そして、写真フォルダの一つを指差した。
「この、卯花礼って言うフォルダは、何かしら」
「っ!?」
「しかも、写真の角度やタイミングを見るに、隠し撮りでしょ?」
「そ、そ、そ、それは!」
「勿論、礼君には言わないわ。けれど、その代わりにそのフォルダの写真、全部送ってもらえる?」
「……はい」
茉利理は大人しく紫苑へと全ての写真を送信する。
別に隠していたわけではないが、恥ずかしかったのは事実だ。
「……ぷっ。ははっ」
「茉利理? どうかした?」
「その、なんというか……こんなことになるなんて、正直考えても見なかったからさ」
「こんなことって?」
「だってさ。考えられるか? あたしと、紫苑と、卯花が三人で付き合ってるなんか、去年までのあたし達じゃ、想像もできなかっただろ?」
「……ふふ。確かに」
いっそ、このまま。
ずっとこのままの関係でいられたら……そう考えてしまうのは、いけないことなのだろうか。そう思えるくらいに、今の関係は心地よくて。
「あたし、今すごい楽しい」
好きな人と一緒にいれる、それも親友と二人で。
はたから見れば、不健全な関係だけれど、歪な関係だけれど。
「あたしさ。ずっと三人でいたい」
「茉利理。それは……私も思ってる」
紫苑も小さく笑う。今までよりも、ずっと美しく、そして可愛く。
「紫苑……」
やっと見つけられたんだな。その顔を見ていると、こちらまで嬉しくなった。
その時。茉利理のスマホが鳴った。着信相手は、爺や。
「ごめん。ちょっと出てくる」
「分かった」
リビングを出て、廊下。茉利理は電話に出た。
「もしもし? 爺や?」
『お嬢様。先日の一件。無事予約完了しました』
「おおっ! ほんとか!」
『はい。勿論でございます』
「ありがと! 大好き! 愛してる!」
電話を切るなり、スキップでもしそうな勢いで、茉利理はリビングに舞い戻る。
「──紫苑!旅行に行かないか!? あたしと紫苑と卯花の三人で!」
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