第25話 ダークホース降臨。まさかあいつが第二の主人公!?
「……もう、いいだろう? そこを退くんだ。暮宮」
茉利理は言い放った。眼前。西校舎の廊下にて、立ちはだかる男。
バルクの化身へと。
「退け、ません。あいつらが、部長に会いたがっているんだ」
妙に覚悟の決まった顔をしていた。まるで、テコでも動かないと言いたげで、意固地な子どものような目でもあった。
ならば──こちらとて、切り札を使わねば無作法というもの。
「そうか。もしも、ここで大人しく退くのであれば、部室にベンチプレスを買おうと思っていたんだが?」
一瞬、沈黙が両者の間を流れた。そして、
「……ぐはぁ! やられたぁ!」
暮宮は糸の切れた人形のように倒れ伏せる。
よし。勝った。
「暮宮。悪くなかった。だが、お前は脳筋すぎるのだよ。……これで、私の帰宅を邪魔する奴は……」
「──そうは、問屋が卸しませんて。部長」
「お、お前は!」
倒れ伏したバルクの背後から颯爽と歩いてきたのは、金色の頭をしたソルジャー。
「伊坂、晶。推参。……どうやら間に合ったらしい」
「んだ、お前か」
正直、ここで卯花に来られれば、精神的に万事休すだったが、こいつならば如何様にも対処する術はある。
「良かったですよ。礼の野郎より、先に見つけられて」
「は、はぁ!? お前ぇ!! 何言って!?」
「腹割って話しましょうや。俺は、礼やこの寝っ転がってる馬鹿と違って空気読めちゃうんで」
「だから! なんのはな……」
「ここで話してもいいっすけど、とりま場所変えましょ? こいつも狸寝入り決め込んでるようですしね」
ビクッと慎二の肩が動く。あまりにも分かりやすすぎる。
「……いいだろう」
茉利理と晶はとりあえず、屋上に向かうことにした。鍵が実は壊れているということはまだ職員にバレていないから、自由に立ち入りできるのだ。
階段を登り、鉄製のドアを開く。すると、強い風が吹き込んだ。青い空と切り立った山がフェンスの奥に見える。
二人は1メートルほどの距離を保ち、フェンスに並んでもたれた。
「部長、あいつのこと好きなんでしょ?」
晶は開口一番に。そして、それこそ、好きな食べ物でも言い当てるような口ぶりで尋ねてきた。
「っ!?」
言葉に詰まった。何を言っても、墓穴を掘るような気がした。
「何が目的……だ?」
「いや、ですから言ったでしょ? 腹割って話そうって、俺の今の目的はそれくらいですよ」
晶は何やらごそごそとポケットを漁り始める。出てきたのは、白と赤の小さな箱とライター。
「タバコ……いいっすか?」
「別にいいけど。お前、喫煙者だったっけ?」
「まあ、たまにって感じっす」
というか、随分と普段と雰囲気が違う。いつもは、馬鹿で、アホで、下らない事ばかりしているイメージだが、今は随分と大人びて見える。
「いつもと違う、とか思ってます? 生憎、こう見えて雰囲気に流されやすいタチでして、絡んでる相手が馬鹿なら、俺も馬鹿になれるんすよ」
「お、おう。そうか」
なんかかっこいい事を言っている風に見えて、こいつは自分が裏でなんと言われているのか知らないのだ。
そう。こいつの裏でのあだ名は、『馬鹿(金色の方)』と呼ばれいる。
「こほん。さて、何が聞きたいんだ? 伊坂」
「別に。俺はただ親友に惚れた奴がいるってなら、その御尊顔を拝んで見たかっただけっすよ」
「はぁ!? ち、違うし!」
「嘘だぁ。言ったっしょ? 俺は空気読めちゃうんでって」
自信満々。確かに……認めたくないが、図星なのだ。
だが。
「いや! お前はあたしの中じゃ、馬鹿のままなんだよ!」
というか、こいつはクールな感じでいきたいのだろうが、球技大会のあのスイングを見れば、どうにもそういう風には見えない。
……いやぁ、あれはクソだったなぁ。
「ちなみに、何処が良かったんすか?」
「はぁ!? そんな!」
「俺の見立てじゃ、去年のあいつの方がカッコ良かったすよね。クールな感じでなんとも人を寄せ付けない雰囲気があったというか」
そう言われると、茉利理の頭の中にはちょうど一年前ほどの礼の事が思い浮かんだ。
常時、感情がないのかと言うほどに仏頂面で、愛想も悪くて、ろくに敬語も使えない。けど、そんな雰囲気が当時の女子にはそこそこ人気だったのを覚えている。
確かに、格好良かった。けれど、それは茉利理の気持ちとは少し違った。
「……そんな事ないだろ。あいつは素の方がいい奴だし、一緒に居て楽しいし」
「あ、やっぱ好きなんじゃないすか」
「はっ!!!」
鎌をかけられたようだった。くそぉ!
「んで、告るんすか?」
はあ、と煙を吐き出して、晶はニヤリと笑う。
「それは……無理だろ」
だって、卯花には……あいつには……。
──もう、恋人がいるんだから。
「……別に、いいんじゃないすか? それはそれで」
「え?」
「正直、俺は礼の馬鹿がどんな女と付き合おうが、関与するつもりはないっす。でもね」
伊坂はタバコを踏み消して、鋭い目を茉利理へと向けた。
「──あいつは、俺の親友っす。だから生半可な気持ちで、あいつ誑かすのだけは止めてほしいんすよ」
………
……
「な、なぁ。う、卯花」
「ん? 何?」
部長を探している最中だった。砂橋が突然、シャツの袖を引っ張ってきたのは。
「お、お前。まりりん部長のこと、どう思ってんだよぉ」
「部長を? ……そりゃ勿論、信頼してる。恩も感じてるし、それに可愛いよな、あの人」
見た目が、とかではなく、態度とか言動とか。そう言った些細なところで、醸し出されるものが。
「ふ、ふーん。そっか、じゃ、じゃあ恋愛対象として見れる……のか?」
「なんだよ、急に」
様子がおかしいのはいつもの事だが、今日の砂橋はなんと言うか……そう、不器用ながらも、何か言いたいことがある。そんな感じがした。
「べ、別になんでもないしぃ。それより、質問に答えろよぉ」
きょどってはいたが、真剣な目だった。
「それは……」
何故だか言葉が、出てこなかった。
迷っている? いや、俺にはもう、恋人がいるのに?
「──答えろよ、卯花」
「なんで、お前がそんなに……」
怖いほど、ゾッとするほどに。砂橋の目は。
「まりりん部長はっ! その……本気なんだよぉ! なのに! お前はっ! なんで分かってやれなかったんだよぉ! 一緒に! ずっと一緒にいたのにっ!」
「……嘘、だろ?」
その言葉の意味が。
普段の何倍も、何十倍も大きな砂橋の叫ぶような言葉の意味が。
「それって……」
分からないほど、俺はバカでも鈍感でもなかった。
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