第10話 そして、事件はうたた寝探偵に引き継がれた。
キシキシと耳障りな鉄の音が響く。錆びた鉄階段の上には、隣にある木から舞い降りた枯葉が薄く積もっていて、少し滑るから危険だ。
「卯花。そっちは何か分かったのか?」
後ろを歩く二階堂は、踊り場の辺りで立ち止まって、尋ねてきた。
「分からないからここにいるんすよ。そっちは?」
「まあ、同じようなもんではあるが……こいつの情報がある」
二階堂が取り出したのは、薄いピンクの封筒。
「アイラブユーなレーターですか?」
「そうなら良かったんだがな。生憎、違う」
すっと差し出される。とりあえず読んでみろ、そう言いたいのだろう。
「えーと……何々? 『これに懲りたら球技大会を辞退しろ』……って、これ犯人からじゃないすか!」
まさかの手掛かりだった。
「これを持って、二階堂さんは誰のとこに行くつもりなんですか?」
「ふっ、お前は知っているか? この学校には数々の難事件を次々と解決し、古今東西で名を挙げた元名探偵が在籍しているのを」
「なっ、まさか!?」
聞いたことがある。確か通称「眠りの……」
「ああ。流石に知っているようだな。その名も、うたた寝の歌方」
うん。違うじゃないか。というか、そりゃ俺が想像した方はフィクション世界の住民だ。
「んで、その人に協力を仰ぐと?」
「ああ。奴ほど頭が切れる奴を俺は知らないからな」
確かにこのまま、素直に被害を受けたサークルに話を聞きに行くのも手なのだろうが、俺もそっちにシフトチェンジしても良さそうだ。
「お前も来るか? まあ、いけすかん奴であるがな」
「そうします。その手紙のことも気になりますから」
「よし、ならここで入るぞ」
非常階段の3階で俺と二階堂さんは建物の中に入った。そのまま、向かって右側。薄汚れたクリーム色の扉だ。
廊下は荒れていて、落書きされた教科書や空きペットボトルが何個か落ちている。
「にしても、荒れてますね」
「ああ。ここは非常階段からしか出入りできないからな。後ろを見てみろ」
言われて、向き返ってみる。すると、廊下先は大量に積み上げられた机で見えない。あれでは確かに中の階段やエレベーターではここに来れない。
「よく、学校側から何も言われないですね」
「それだけ奴の存在に影響力があるということだ。よし、ここだ。
「……風土民俗研究会?」
部屋のプレートに書かれているのはまさしくそれ。サークルのほとんどは知っているが、聞いたこともない会だ。
「略して、風俗研。奴の根城だ」
「最悪の略称ですね」
とんでもないプレイボーイがいそうだ。金髪、肌は浅黒くて……みたいな。
ぎぎぎぎっと蝶番の悲鳴が聞こえる中、真っ暗な部屋に入る。
「ふふ、よく来たね。二階堂。頼んだものは持ってきたかい?」
「ん? 女の子?」
真っ暗闇で響いた声は、どう聞いたってまだ幼さの残る少女の声だった。
「ああ。買ってきたぜ? ノケモンカードのパック」
「買えたのぉ!? ちょうだい!」
ぱっと電気が付く。そこにいたのはどう見たって中学生くらいにしか見えない少女だった。白い髪に、白いまつ毛。赤い目とガラス細工のような華奢な体。
童話の中のお姫様のような。というか、なんならこの部屋自体も。
「……メルヘン、すね」
壁には花柄の模様。白い床に敷かれたカーペットはユニコーンの柄が入っている。壁際のソファーも独特な形状をしていて、その上には大量のぬいぐるみ。
部室というよりは私室だ。
「紹介する。こいつは……」
「出来るし! 自己紹介くらい!」
二階堂から何やらカードパックのようなものを受け取った少女はえっへんと鼻息を荒げて、腕を組んだ。
「やあ、卯花君。私は歌方 彼方。三回生。ここ重要。君の先輩だからね!」
「あ、はい。よろしくっす」
とりあえずぺこりと頭を下げておく。
「よし。いいだろう。それで二階堂、今日は何の用?」
「一つ解決してほしい事件がある。……これだ」
二階堂は手紙を手渡す。同時に、ここにきた経緯、昨日複数サークルにて起こった悪臭カチコミ事件の概要を説明し始めた。
「なるほど……球技大会を、ね。ふむふむ。要点をまとめると何者かによって、球技大会の人数削りが行われており、今後も続く可能性がある。そして、これがその……あ、やった! レアカードだ!」
歌方さんは要点を纏めながら、受け取ったパックを開封している。なんだか、事件には興味なさそうだ。
「おいおい、真面目に考えてくれ」
「だって、簡単すぎるんだもん」
「マジですか」
既に、犯人は分かったのだろうか。
「卯花君は分かりやすいね。残念ながら、犯人はまだ分かんないよー。でも、あとは篩にかけるだけ。だから、わざわざ私に持ってくるような事件ではない。……うっ、このカード被りだぁ」
ずっとべりべりとパック開封を続けている。
「……二階堂さん、どうします? 当てにならないですよ、この人」
俺は二階堂さんに耳打ちをする。大丈夫か? この人、本当に名探偵なんだよな?
「……奇遇だな。俺も少し怪しいなって思い始めたところだ」
「聞こえてるよ。アホ共め。……とりあえず私は今回、表立って解決する気はない。球技大会に出るような陽キャは嫌いだし。でも、ノケモンカードの駄賃として、ちょっとしたヒントならあげる」
「おお。頼もしい」
「早速お願いします!」
歌方さんはひとしきり楽しんだあと、当たったレアカードにスリープを被せて、プラスチックのケースに入れる。その後で、俺たちに向き直った。
「──被害者と容疑者。この二つは、いかなる場合も対比関係にあるわけではない。その二つは紙一重である場合や両者が同じパターンも存在する……こんなとこかな」
………
……
「で、その名探偵とやらはそんなことを言っていたわけか」
部室に戻った俺が歌方さんのアドバイスを伝えると、部長はフンと鼻を鳴らす。そして、先輩はと言うと。
「……あの、先輩?」
「何かしら」
「さっきからすっごい距離が近いような……」
左手は先程から動かない。何せ先輩がぴったりと張り付いている。
「そうかしら? 気のせいだと思うけど」
「そ、そうすかね」
「それより、その人の言葉の意味を考えるのが先でしょう?」
あ、誤魔化された。まあ、嫌ではないから構わないが。
「あれ、というか砂橋は帰ったんですか?」
「ああ。一時間ほど前にね」
「まあ、あいつなら……」
まあ、そらそうか。今日、そもそも来たこと自体が……。
「いててて!」
脇腹をつねられる。
「私の前で他の女をことを考えるなんて……酷いわね」
「なんか、すみません」
「後それと、その探偵は女ね?」
ズバリ。確信めいた口ぶりで先輩は言った。
「う! え!? そ、そうですけど……」
「通りで、女の匂いがするわけね」
すりすりすり。先輩は背中や腕に体を押し付けてくる。マーキング……みたいなものだろうか?
「というか、先輩はどう思いますか、この言葉」
とりあえず、話題を変えるため。それと、恐らくこの三人の中で一番頭が切れるであろう先輩に聞いてみる。
すると、先輩はマーキングをやめて考える顔になった。
「……まあ、そうね。私が思うに、その探偵はまずは容疑者と犯人を明確に線引きすることを止めろ、そう言いたいように感じるわね」
「そう、ですよね」
要はマッチポンプ。他のサークルに被害を与えながらも、自分のサークルを容疑者候補から外すために、周りと同じ行為を自分のところにもした……そんな話なのだろうか。
「どうしましょう。例え、マッチポンプだとしても、容疑者は依然多いまま。とても、当日までに見つけれるようには……」
「なら、人海戦術しかないね。どうせあたし達には推理力なんてないんだし。人数を分けて、他のサークルを監視する。被害を受けたとこ全部をね」
「え、えぇ? 正気ですか?」
「無論、そうだよ。やるしかないなら、やる。去年もそうだったろう? 卯花」
「……すね。おっけーっす」
まあ、そう言われればそうするしかないのだが……。
そこで、ふと、とあることに気づく。
「部長、先輩。二人ともに聞きたいんですけど、この部屋にピンクの封筒とか届いてなかったですか?」
「「え?」」
こいつ何言ってんだ? 部長はそんな顔を。
浮気? 浮気なの? 先輩はそんな顔をした。
「一応、補足しておきますけど、アイラブユーな紙を期待しているわけではありませんからね?」
「本当に?」
「勿論ですよっ! ラブレターなんて期待したことすらないっす!」
どうせ騙されるだろうからな!
「紫苑。まあまあ。大丈夫だ。だって、紫苑よりいい女は中々いない。
つまりは、卯花が靡くのもそれだけ可能性が低いってこと。それとも何か、心当たりでもあるわけ?」
「……チラ」
「え? なんですか先輩」
一瞬、こちらを見たような気がする。
「心当たりなら……少し」
「ふむふむ。言ってみたまえ。紫苑よ」
腕を組み、胸を貸してやるとでも言いたげに自信満々な表情で部長は言う。
「……チラ」
「え? 何? やっぱなんかありますよね?」
何かを企んでいる? でも……そんな人じゃないような気もする。
「実は、昨日……礼君の愛を受け止めきれず途中で気を失ってしまったの」
ぽっ。先輩は顔を赤らめた。
「何……だ、と? 卯花……お前……」
「え? え? ……え?」
耳を疑う。ありえない。俺は昨日手錠をして寝たと言うのにっ!
「あの、先輩。ちょっといいですか? 出来れば2人でお話ししたくて」
これは流石に困る。俺は先輩に耳打ちをした。
「え? 嘘だろ? 卯花、お前ここで部室を出て行ったらさらに怪しいぞ」
「知りませんて、誤解ですし!」
先輩の手を引いて、部屋を出る。誰もいない廊下の奥で立ち止まる。
「れ、礼君?」
振り返ると、不安そうな先輩の顔があった。
「先輩。朝も思ったんですけど、ああ言うのはちょっと……」
正直、心臓に悪い。
「……礼君は、私と噂されるの嫌?」
「いや、そういう問題じゃ……もう少し周りに気を遣って欲しいだけです」
別に俺個人として何かあろうが無かろうが、どうだっていい。
「ただ。人前でああいうことを言って、先輩自身の評判を落とて欲しくないんです」
たった一言。されど一言。たった一つの冗談だったとしても人は面白おかしく、噂するのが好きな生き物なのだ。
「……ほんと、貴方はどこまで優しいの」
「俺はただ……っ! せ、先輩!?」
言葉の途中だった。
ちゅ。そんな音が耳の下で鳴った。柔らかい感触と一緒にだ。
「ありがとう。でも、私は気にしないから。貴方と噂されるなら悪評でもいいの。さ、茉利理のところに戻りましょう? まだ事件は解決していないわよ?」
そう言って、ご機嫌に先輩は俺の手を取る。
結局のところ、全て先輩の掌の上だったのだろうか。
けれど、まあ。
「……はい。先輩」
そんな先輩も結局可愛いのだから、卑怯な話だ。
俺は少しだけ呆れて、先輩の背を見ていた。
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