異世界春画乱戦

Tes🐾

第1話

 薄暗い石造りの廊下をレインは慎重に歩を進めていた。

 掲げた松明の光が、彼の剣の刃を不規則に照らす。次に飛び出してくるのは落石の罠か、はたまたスケルトンの群れか――。


 レインはそれなりの経験を積んだ若い冒険者だったが、それでもこの未踏の古代神殿に一人でいると足が竦みそうになった。こんなとき、いつもの仲間たちが居てくれればどんなに心強かったか。

 だが、頭に浮かんできた彼らの顔をレインは首を振って追い払った。


 同じ冒険者長屋に住む隣人たちは、それぞれの仕事で忙しいらしく手を貸してくれなかったのだ。けれど、レインには彼らを待つ余裕もなかった。財布はすっからかんで、家賃の支払いも遅れていた。

 もちろん、誰も金は貸してくれない。冷たい仲間たちだ。


「はっ。その代わり手柄は全部オレのものなんだ。あいつらが悔しがるとこを酒を飲みながら笑ってやる!」


 レインは自分を鼓舞するように言って、神殿の深部へと踏み込んでいった。


 そうして探索を続けていくと、やがて彼の前に大きな石の扉が現れる。彫刻などが施されていることから、ここが重要な場所であることが窺えた。

 深呼吸をし、レインは扉に手をかける。力を込めると、軋むような音とともに扉が開き始めた。


 奥に広がっていたのは少し狭い小部屋だった。家具の類は見当たらないが、入ると松明の光が床に描かれた模様を照らし出した。

 魔法陣だ。どうやらここは儀式の間らしい。

 レインは慎重に近づき、周囲を観察した。そして、その中心に奇妙な物体が置かれているのに気がつく。


「これは、本か?」


 しかし、見たこともないような装丁だった。聖典にしては薄く簡素だが、その材質は艷やかで、非常にしっかりとした紙を使っているようだった。


 何よりも目を惹いたのは、見たこともない言語、そして女性の絵。

 肖像画などというレベルではない。そこには、まるで空間を切り抜いたかのように写実的な女性の姿が描かれていた。


「古代の女神みたいだな」


 その美しい女性は薄い布だけを纏っているようで、どこか扇情的だった。レインは本に向かってゆっくりと近づいていく。幸い、罠の類はないようだ。


 細心の注意を払いながら手に取って、ページをめくると――その瞬間、レインの目は驚愕に見開かれた。

 そこにはまた女神が描かれていた。だが、その姿は何も纏っておらず、すべてがさらけ出されていた。さらに、その女神を男たちが取り囲んでいて、つまるところ、これは――


「これ超リアルな春画じゃねーか!」


 レインの叫びは、厳かな神殿をしばらく震わせ続けるのだった。

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