第23話 和泉雪兎の正体

「!! しゅ、主任……」

 突然マイクを通して全社員の前で窘められた優悟君は、ばつの悪そうな表情で私から距離を取る。


 声の主は壇上にいた。

 鬼のような形相で。

 隣では社長がにこやかにそれを見守り、その一歩後ろには皆川さんがニコニコと楽しそうに笑ってこちらに手を振っている。

 何、このラインナップ。


「ごほんっ。失礼しました。では、社長のあいさつを」

 何事もなかったかのようにつなげる雪兎さんに、会場の人々は視線を壇上に向ける。

 そして社長はマイクを受け取ると、笑みを浮かべたまま口を開いた。


 「今日はわが社の創立パーティへの参加、本当にありがとうございます。急ではございますが、ここで皆様に発表をさせていただこうと思います。……私は今年度いっぱいで、社長の座を退くこととなりました」


 予想だにしていなかった発表に、会場のあちらこちらから戸惑いと驚きの声が上がる。

 社長が退く?

 じゃぁ会社はいったい誰が──。


 「来年度から私の子どもが後を継ぐことになりました。紹介しましょう。息子の和泉雪兎です」

 「!? いずみ……ゆきと……?」


 って……雪兎さん!?



 先ほどまでよりも大きなどよめきが会場を埋め尽くす。


 社長は泉社長。

 そして雪兎さんは和泉。

 同じ『いずみ』でも漢字が違うから誰も何も気づかなかった。

 それに社長はおっとりしていていつも笑顔の癒し系。

 対して雪兎さんは眉間に皺がトレードマークな鬼上司。

 血の繋がりがあるだなんて、たとえ今この場で発表されても信じ切ることができないほどには正反対なのだ。


 すると紹介された壇上の雪兎さんと視線がぶつかって、雪兎さんの口元が弧を描いた。


「ご紹介にあずかりました。和泉雪兎です。今まで名字の漢字を変えてこちらで働き、主任業務の他に、会社を継ぐために会社全体の仕事も進行して、この時までの土台を作ってきました。まだ年若くご心配はあるかもしれませんが、これまでの私の仕事ぶりが、少しは安心材料になってくれたらと思います。至らぬ点もあるかもしれませんが、これまで以上にこの会社を盛り上げていきたいと思いますので、皆様、お力添えをよろしくおねがいいたします」


 そう言って頭を下げた雪兎さんに、パラパラと拍手が上がって、一人、また一人と拍手が重なり、やがて会場は拍手の渦に呑まれた。


 確かに社長というには雪兎さんが若い。

 だけど雪兎さんが言ったように、これまでの彼の仕事ぶり、姿勢が、私たちには良い安心材料になる。

 仕事に真面目に向き合い、誰よりも率先して仕事をこなす雪兎さんを皆知っているから、不安なんて一つもない。

 彼ならやっていける。

 誰もがそう信じているし、それは雪兎さんがこれまで懸命に作り上げてきた、大きな土台なんだと感じた。


「それともうひとつ……。俺と皆川由紀が付き合っているとかバカげた噂が広まっているらしいが、事実無根であることを伝えさせてもらう。根拠のない要らぬ噂を流さぬように」

 心底嫌そうに伝えられたその言葉に、壇上でうんうんと、これまた心底嫌そうに首を縦に振る皆川さん。

 事情を知る私はそれがなんだかおもしろくて、思わず苦笑いした。


「え!? ほんと!? よかったー」

「りん、アタックしちゃいなよ」

「いいなー、次期社長夫人かぁー」

「えーやだぁ、気が早いんだからー」


 こそこそと聞こえてくるのは、さっきまで雪兎さんに付きまとっていた佐倉さん達の声。

 そもそも佐倉さんには優悟君がいるだろうに。

 優悟君も優悟君で私に付きまとって、一体何なんだ、このカップル。


 不快だ。

 ……とても。


 そしてふと、壇上の雪兎さんと目が合うと、再び雪兎さんの口元が弧を描いた。

 今度はとても、そう、悪い顔で──。

 え? 何?


「──水無瀬海月」

「!?」


 私の名前が、会場中にはっきりと響き渡った。

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