鹵獲キマイラ愛に翔べ

@nikkyokyo

第1話 夢・馭手のこと

「ノカイ、君は幸せになるんだ」


 低く、優しい声と共に、しっかりとした大きな手が僕の頭に置かれる。ふんわりとした、焼き立てのパンのような香ばしい匂いに尻尾を振って振り向くと、夜空のような深い色の瞳と髪をした壮年の騎士が、僕の横にしゃがんでいた。

 僕と同じ誕生日だけど、年齢は一回り以上違う。高く結われた艶やかな髪、彫りの深い顔立ち、凛々しい眉毛の下にある切れ長で鋭い目、厚くて柔らかい唇――きっと役者になっていてもその名を轟かせていたであろう美貌は、僕の馭手、ローのものだ。

 僕の全てを満たしてくれる、世界で一番素敵な、心で繋がっている相手。


「うん、僕はローがいれば幸せだよ!」


 そう答えると、ローはどこか痛そうな顔をした。同時に、ローのひんやりとした感情が僕の中に流れ込んできて、胸の中が苦しくなる。


「……どうしたの、ロー?」


 ローは僕がいるだけでは幸せではないのだろうか。僕が問いかけると、ローは目を細めた。夜空色の瞳が、きらきらとその輝きを増す。


「ごめんな、私はもう……ノカイと一緒にいてやれない」

「えっ……な、なんで! なんでそんなこと言うの!」


 突然の言葉に全身が冷たくなっていく。目を口をぽかんと開けたまま動けずにいる僕を見て、ローは俯いてゆっくりと首を振った。心の中に忍び込んでくる痛みが、嘘や冗談ではないことを教えてくれる。


「僕、何か悪いことした? ねえ、それなら直すから、ねえお願い!」


 温かい手が、僕の頭から離れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る