第2話:大団円


 ――義鷹侠士の孫が、栄慧帝の窮地を救い、罠に嵌められそうになった太子殿下と皇后娘々を救う!


 その報せは庚国中を凄まじい勢いで駆け巡ったという。劇場の各所では、既に三代目義鷹侠士の題材がいくつも見られるようになり、皆がひっきりなしに義鷹侠士の孫の活躍を眼にするべく、列を成している。

 とりわけ水連棚は、どこよりも早く三代目義鷹侠士の話を扱い始めたこともあって、近年まれに見るの盛況ぶりだ。青海の義鷹侠士は相変わらず流麗で美しく、それでいて力強い立ち回りで、劇場に通い詰める老若男女問わず皆に大人気ということらしい。できるだけ良い席で青海の義鷹侠士を見るべく、貴族の娘たちも躍起になっているとか。


 瑛月楼では、今日も景王が酒を片手に溜まっている文書を片付けている。


「納得がいかん」


 桑縁と明超を苦労して栄慧帝に引き合わせ、兄である晏王を謀略から守り、皇后娘々を守った景王――のはずなのに、なぜか話題になるのは三代目義鷹侠士のことばかり。


「そんなこと言ったって、『太子殿下よりも自分が目立てば、いらぬ争いの火種になってしまう。だから自分の存在は伏せておいてくれ』って仰ったのは二殿下じゃありませんか」

「そうだが……ここまでいなかった人間のような扱いだと、少し寂しくてな」

「二殿下の影が薄いのは、いまに始まったことじゃありませんから」

「お前……お前な!」


 そんな桑縁と景王のやり取りを、高雲は苦笑しながら聞いている。口を出さないところをみると、彼も同じことを考えているに違いない。

 桑縁は拗ねている景王を見、目を細める。


「それに――話題に出なくたって、あの場にいた皆が知っていますよ。二殿下がいたからこそ、永王派が企てた一連の陰謀を打ち砕くことができたのですから」


 景王の存在が薄いのは、彼がそうあるべきだと常に考えているからだ。兄を天子にすべく、徹底して影から彼のことを支えている。それが分からぬ晏王ではないだろう。彼だってきっと、景王に感謝しているはずだ。


 そんなことを考えながら――差し替えられた観測帳の記録を、一つずつ桑縁の持つ過去の記録と照らし合わせながら元に戻す。実に地道な作業を、拗ねる景王の隣で続けている。別に天文台でやってもいいのだが、ここでは菓子も茶も好きなだけ貰えるし、環境も快適だ。夜はどのみち星の観測をするために天文台へ行くのだから、こうした地道な作業に限っては、自分の好きな環境でやりたいと、許可はとっている。


 ただ――おう司天監は罷免され、今回の皇后毒殺未遂を巡る一連の事件に加担した罪で、獄舎に送られたそうだ。彼が司天監に入って以降、不審な事件がいくつかあったため、余罪も含めてこのあと調べられるらしい。前任の霊台郎を殺した件も、官吏たちから金を受け取り、自分たちに不都合な観測結果を変えたことがバレてしまったために、殺害に至ったのだとか。


 そもそも、彼が今回の陰謀に加わることになったのも、不審な事件についてのことを劉宰相に問われ、脅されたことがきっかけであったそうだ。そして今度は永王派のたくらみを隠すために、観測結果に手を加えることになった。

 たとえそうであったとしても、彼は司天監には戻れぬだろうし、相当重い刑が下されることは間違いない。

 新しい提挙ていきょ司天監も、翰林天文院の天文官も、いずれ新しい人間が任命されることだろう。


 寧賢妃や永王、それに劉宰相や寧枢密使をはじめとした者たちも、しかるべき罪を受けるべく相応の場所に送られた。

 それから、毒を入れる手助けをした胥吏や宦官、事前に犀角さいかく粉を飲んだうえで毒見を行った毒見役も相応の処分を受けるそうだ。脅されたとはいえ、彼らも陰謀に加担したのだから当然だろう。


「結局、三殿下が紹玲を唆してまで犀角さいかく杯を盗み出そうとしたのは、陛下は生かして皇后は殺し、太子殿下に罪を着せて排除しつつ、陛下には寧賢妃を新しい皇后に据えてもらうつもりだった……ってことなんだな」

「そうなりますね。寧賢妃は寧賢妃で、息子である三殿下を次の皇帝にしたかった……と。問題は、三殿下は策を弄するには、知識が足りなかったこと……でしょうか」


    *


 三殿下こと永王が祭祀で見せた昏庸ぶりは、周りにいた一同が言葉を失うほどだった。彼が皇帝の座を望んだのか、あるいは寧賢妃か寧枢密使が彼をそうさせたかったのか。本当のところは分かってはいない。もしかしたら劉宰相が永王を傀儡として、この庚国を我が物としたかったのかもしれない。

 水面下で着々と計画を進めていた劉宰相は、司天監と翰林天文院の長であるおう司天監と蔡天文官に命じ、計画の邪魔になるような奏上内容は奏上せぬようにと常日頃から命じていた。

 ところが景王がいきなり霊台郎に任官させた男――桑縁が、生真面目に奏上内容が違うことを指摘してきたのだから、おう司天監は焦ったに違いない。彼が『疫病神』と言った言葉は、冷静に考えると意味が分からないものであったが、こうした事情を鑑みると、まさに桑縁の存在は彼らにとって疫病神だったのだろう。


 皇后娘々に毒を盛るには、犀角さいかく杯が邪魔だ。ならばそれをすり替えればいい――都合の良い手駒として永王が目を付けたのが、寧賢妃の元にいた宮女の紹玲だった。

 永王の甘言に舞い上がった紹玲は、皇后娘々の元へ宮女として潜り込み、難なく犀角さいかく杯を偽物とすりかえることに成功した。永王にその気はなかったろうが、紹玲はすっかり皇后になった気でいたに違いない。

 ところが、ここにきて更なる誤算が起きてしまった。

 永王に渡すはずの犀角さいかく杯が消えてしまったのだ。

 どこを探しても見当たらない。

 犀角さいかく杯をすり替えたと聞いて大喜びだった永王は、紹玲の話を聞いて激怒した。殴る蹴るの暴行を彼女に加え、そして彼女に言い捨てた。


『死んでも探してこい! もしも見つけられぬのなら……お前の命はないと思え!』


 紹玲の想像を絶するものであったに違いない。

 結局――黄豆こうずが盗み出した犀角さいかく杯を見つけることができなかった紹玲は、恐怖のあまりどうにか更なる偽物の犀角さいかく杯を作ろうとしたのだ。けれど、曹州漆陶器什物鋪そうしゅうしっとうきじゅうもつほが作った偽の犀角さいかく杯はすぐに見抜かれてしまった。

 永王は怒りのままに紹玲を殺した。呼び出された寧枢密使は驚き、慄いたことは想像に難くない。寧枢密使は困り果て、劉宰相に助けを求めることにした。劉宰相は後始末は蔡天文官に命じ、曹州漆陶器什物鋪そうしゅうしっとうきじゅうもつほも口封じのために殺すよう命じたのだ。


 口封じをしようとしたはずが、結果的にそれが綻びとなってしまった。

 天網恢恢疎にして漏らさずというが、まさに悪いことは思うようにはいかないものである。


    *


 こういってはなんだが、彼がもう少し賢かったなら、此度のような愚策に走ることもなかっただろうし、彼の未来も違ったものになっていたことだろう。


「まあ、あれじゃあなあ」


 桑縁の横で菓子をつまみながら、明超は本を読んでいる。彼が読んでいるのはただの本ではなく――水連棚の三代目義鷹侠士の脚本だ。事前に突拍子もないことがかかれていないかどうか、確認させてもらう約束になっているらしい。


「ただ――そうなると、実は全てのことを画策したのは寧賢妃……であったような気がします」

「どうしてだ?」

「紹玲さんが恵鳳殿に移るためには、まず寧賢妃の力が無くては不可能でしょう。毒を混ぜるときに一役買った芳和殿付きの宦官は、人事をどうこうできるほどの力はありませんでした。三殿下も後宮のことには口出しできません。できるとしたら二殿下だけですし」


 永王と寧賢妃の背後には劉宰相や寧潘がいた。彼らの利害が一致したことで、この計画が動き始めたのだろうが……皇后を排除して、自分の息子を皇帝に就かせたいという意向は寧賢妃の考えが強く反映されていたように感じた。

 永王が私兵として使うために迎え入れた西域の一座は、全て捕らえられていまは事件の詳細を聞き出すために拷問にかけられていることだろう。血なまぐさい話であるが、ここから先に桑縁の出番はない。


「そうだ。茗爛めいらんさんと槐黄かいおうさんはどうなるんですか?」


 急に彼らの存在が気になって、桑縁は景王に尋ねた。彼らも事件に関わっているため、どうなるか分からない。彼らの犠牲になったものもいる以上、助けて欲しい――とは言えないが、それでも無事であることを祈らずにはいられない。


「彼らは流刑となった。なに、厳しい地でも死ぬような場所ではないから安心しろ。二人で共に生きてゆくなら、どんな場所でも幸せにやるだろうよ」

「そうですか……」


 彼らの命が無事であると知り、桑縁は心から安堵した。二人を隔てていた身分もいまは存在しない。新たな地は厳しいだろうが、二人で手を取りあって、父と兄のぶんまで幸せになってもらいたい。

 二人の未来に想いを馳せていると、そういえば、と高雲が話しだす。


「それから、蔡天文官が劉宰相と協力していたのは、劉宰相が息子を貶めた犯人を探し出し、処罰したことが切っ掛であったようです。彼は息子の無念を晴らしてくれた劉宰相に恩義を感じ、逆に息子を不当に扱った……と一方的に思っている陛下に対し、復讐したい思いも相まって手を汚していたのでしょう」


 高雲の話を聞いて、なるほどと腑に落ちた。なぜ蔡天文官がそこまで手を汚すのか、非情であったのか。桑縁には不思議だったが、息子の汚名を雪いでくれたのが劉宰相だったから、というのであれば皮肉な話だ。

 恩義で協力した結果、彼は娘と娘の恋人以外の全てを――自分の命さえも失ってしまったのだから。


「でも……」


 やはり桑縁は完全に納得することはできず、言葉を探す。


「蔡天文官は、本心では誰かにこの計画を止めて欲しかったのではないでしょうか」

「なぜそう思う?」

「それは、ちん毒だからです」


 おう司天監が奏上した内容を聞いて、初めて計画の全貌を理解することができた。それは、ちん毒の話と、彼らが下敷きにしている伝承の話とがすぐに合致したからだ。しかし、そうなると――どうしてわざわざ、彼らはすぐに暗示するものに気づかれるようなことをしたのか、という疑念も湧いた。しかし、桑縁は思うのだ。


「皇后娘々と太子殿下を貶める奏上内容なら、他にもあったはず。その中でちん毒に絡めた伝承に寄せたのは、劉宰相、蔡天文官、それにおう司天監の三人のうちの誰かです」


 寧枢密使や寧賢妃、そして永王に関しては、恐らくそこまでの教養はないはずだ。しかし、もしも劉宰相が伝承のことを知っていたならば、敢えて使うようなことはしないだろう。


「景王殿下は以前、蔡天文官のことを真面目な人物だとおっしゃっていました。確かに彼は、皇帝陛下に恨みを持っていたかもしれませんが、太子殿下と皇后娘々を死に追いやることまでは、果たして望んでいたのでしょうか。だからこそ、ちん毒を使う計画に合わせ、意図的に奏上内容を伝承に寄せたのだと思います」


 真実は分からない。桑縁にとって彼は刃を向けられた恐ろしい男である。ただ、それでも彼が茗爛めいらんまで復讐の道具にすることを望んでいたとは思えないし、多少の良心が残っていて欲しいと、そう願いたかった。

 真実はやはり、いまとなっては分からない。


「失礼いたします、珊林様がお見えです」


 扉を叩く音で、全員の会話が止まった。

 声の主は楼主だ。高雲が扉を開けると、瑛月楼の楼主と共に並んでいる珊林が軽く頭を下げた。


「昭都都知……ゴホン、二殿下にご挨拶申し上げます。後宮内での収支の記録をお持ちいたしました」

「珊林さん! 怪我はもう大丈夫なんですか?」


 高雲が珊林の抱えていた文書の包みを受け取ると、桑縁は駆け寄った。珊林の頬には永王に殴られた傷跡がまだ生々しく残ってはいたが、表情は清々しい。


「秦公子、ありがとうございます。まだ痛みますが、休んでもいられなくなりました。寧賢妃が廃妃となったことがきっかけで、芳和殿での収支の記録が、どうにも怪しいことが判明したのです。こうして二殿下にも骨を折っていただいているわけですから、私も弱音を吐かずに頑張らねばなりません」

「そうですか……」


 彼はいま、景王の仕事を手伝って芳和殿の収支の記録を集めていそうだ。きっとそれが、せめてもの妹へのはなむけになると彼なりに考えているのだろう。


「妹のことも、ひとまずけりがつきました。可哀そうなことをしてしまいましたが……少しずつ悲しみが薄れていくのを待ちます」


 そう言った珊林の微笑みは少し寂し気に思えたが……すぐに元の笑顔に戻った。


    * * *


 作業は日が落ちるまで続き、ほどほどのところで作業を切り上げ、景王の前を辞した。時間が経つのも忘れて没頭していたため、瑛月楼を出ると既に日は落ち夜空に星が輝いている。いつものように桑縁と明超は二人並んで、夜道を歩く。

 時には近くの酒楼で夕飯を済ませることもあるが、事前に伝えぬ限り、母は夕餉を作ってくれている。――彼女は明超の豪快な食べっぷりを気に入っているのだ。だからせいぜい土産やつまみを買う程度で寄り道は極力しない。


「それにしても……勿体なかったな……」

「何をだ?」


 思わず漏らした桑縁の言葉に、明超が反応した。


「何って……皇帝陛下の侍衛ですよ。……あの場で断らなかったら、まさに義鷹侠士再び誕生の瞬間が見られるところだったのに……」


 桑縁が言っているのは、太子が執り行った祭祀の日のこと。


 劉宰相と寧一族や禁軍の反乱を鎮圧した明超たちに対し、栄慧帝が感謝の言葉を述べたのだ。そして最後に栄慧帝は明超を見てこう言った。


『そなたは誠に天明超の孫であるのだな。どうだ、祖父上と同じように朕の侍衛にならぬか?』


 その瞬間、場にいた全員が興奮を隠せなかった。庚国に住むものなら義鷹侠士を知らぬものなどいやしない。彼が前庚国の皇帝の侍衛になった瞬間、それは一介の侠客に過ぎなかった彼が、国の頂点である皇帝の側近になった瞬間である。興奮しない者などいるはずがない。


 ――本で、劇で見たあの瞬間の再来が見られる!?


 その場にいた全員が、彼の言葉を待った。

 しかし明超から出てきたのは、皆が期待した言葉ではなかったのだ。


『陛下の言葉、勿体なきお言葉にございます。ですが、在下やつがれは既に仕えるべき存在を見つけてしまいました。命ある限りそれを違えることはなく、命尽きてもそれを全うしたいのです。どうかお許しください。ですが――在下やつがれの仕える秦桑縁は、彼の祖父と同様に清廉潔白であり、決して私欲に負けぬ男。彼は皇帝陛下に忠誠を誓い、生涯心から誠を尽くしてくれることでしょう。ですから、彼を側に置くということは、つまり三代目義鷹侠士が陛下のお傍に常にいることと変わりありません』


 明超の言葉に栄慧帝はたいそう肩を落としたが、初代義鷹侠士は皇帝を守り、太子を守って命を落としたことに触れ、明超に言った。


『そなたの祖父上は庚国に生涯尽くしてくれた。三代目は己の心に決めた主に仕えることが相応しいだろう。そして三代目がそこまで信頼し仕えたいと願う秦桑縁。朕はその名をしかと覚えておこう』


 ――皇帝に請われ断ることができる存在など、明超くらいなものだろう。勿体ないとは言ったものの、正直な気持ちを言えば、ほっとした。いや、本当に嬉しかった。もしも栄慧帝の元に明超が行ってしまったら……そう思うとやはり内心は複雑だったのだ。傍にいて欲しい、いてくれと言いたい、しかしそれは彼に不自由を強いることになるのではないかと不安だった。


「お前は本当に、俺に皇帝陛下の侍衛になって欲しかったのか?」


 不貞腐れたような明超の声。桑縁は辺りを見回し、人がいないことを確認すると勢いよく彼の首に抱き着いた。

 恥じらいながら、耳元で。

 明超だけに聞こえる声で。


「嘘です。……ずっと側にいて欲しいと、その、我が儘かもしれ……わあっ!?」


 抱き着いたまま抱え上げられ、必死で彼に抱き着く。明超の腕は桑縁が暴れてもびくともしないが、それでもしっかりと彼の首に腕を回す。そんな桑縁の一挙一動を、明超はにやにやしながら見ていた。


 ――なんだか少し、悔しい。


「素直でよろしい。……じゃ、帰るぞ」


 満足げに笑った明超に抱えられながら、桑縁は庚央府の高楼の上を跳んだ。


    *


 桑縁と明超が自宅に戻ると、部屋に見知らぬ男が待っていた。黒い官服に身を包み、どこか神秘的な雰囲気を纏うその男は、明超の姿を見留めると恭しく挨拶をする。


『ご無沙汰しております。天冥官』


「天……冥官?」


 驚き、桑縁は明超を見た。明超は頭を掻きながら「まあ、なんというか」と話し出す。


「こいつは冥府の冥官で、俺の部下だった男だ。……お前に会う前、俺は死んでからずっと冥府の冥官として働いていたんだよ」

「冥官!?」


 書物で読んだ程度だが、冥府にも陽間こっちと同じように官職があるとといい、生前名を残すような官人は死後も重用されることもあるそうだ。


『その通り。天冥官は死後約八十年にわたり、東嶽大帝とうがくたいていの侍衛を務めてこられた御方。それなのに、よもや一人の生きた人間のために……』


「ちょ、ちょっと! それって僕のことですよね? いったい明超は僕のために何をしたんですか!?」


 冥官の口ぶりにただならぬ事態を察して、桑縁は明超を問い詰めた。


「何もしてない。ただ、恩を返したいやつがいるから……って言って官を辞しただけさ」


 東嶽大帝とうがくたいていといえば、冥府の頂点たる存在だ。その侍衛を務めていたとなれば……とんでもない名誉なことだったのではないか。それを桑縁一人のために辞するなど……。


「辞したって、そんな。東嶽大帝とうがくたいていの侍衛なんて本当に凄いことなんじゃないですか? それなのに、僕のために……」

「お前なぁ。お前だから、俺はそうしたんだ。お前じゃなかったら絶対にそんなことはしない」

「……」


 分かってる。分かっているのだ。

 それが嬉しくもあり、とてつもなく申し訳なくもある。


「まあ、ちょっと色々あってな。少しだけ冥府に戻って用事を済ませてくるから。しばらく留守にするけど待っていてくれないか」

「わ、分かりました。戻ってくるんですよね……?」


 その問いは、同時に再び彼を冥官から遠ざけることになってしまう。そんなことを尋ねていいのだろうか。そう思いつつも、彼が戻ってこなかったら……そんな不安を打ち消すことができず、つい本音を零してしまった。


「大丈夫だ。必ず戻ってくるから。安心しろ」


 明超はそう言うと、冥官を伴って冥府へと旅立っていった。


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