星詠みは幽鬼の侠客と謎を解く
ぎん
星詠みは幽鬼と出逢う
第1話:秦桑縁
庚永十一年、
焦がれていた夢と現実との剥離を、このとき嫌というほど思い知った。
「この疫病神が! 余計なことばかりしおって! 二度と天文台に来るな!」
その八つ当たりも、理由をあげてみれば、実に理不尽極まりないものだった。
一つ目の理由は、桑縁の出自。
この冬、欠員補充という名目で司天監の霊台郎へと推挙された。日月星辰の配置から国の命運を導き出し、天子に奏上する――幼い頃より司天監への所属は悲願だった桑縁にとって、それは願ってもないこと。そのために進士及第し結果も状元であったが、さすがにいきなり霊台郎に任官されるとは思わなかったし、まずはどこか皇城内で働くことさえできればいずれは……などとのんびりと考えていたのだ。
まだ加冠したばかりの若造が霊台郎へと任ぜられたのだから、面白くないと思われるのも無理はない。とはいえ司天監は世襲制の官職であり、桑縁の祖父は生前れっきとした提挙司天監であったのだから、資格は十分にあるはずだ。
そして、もう一つ。理由としてはこちらのほうが大きいのだろう。
その日、桑縁は自分が書いた観測記録と林
「朝議で
桑縁が記した観測帳には、その日出現したばかりの『客星』の存在が書かれていた。だから、本来ならばそのことを加味した内容を奏上すべきである。にもかかわらず
否、おそらく過去の記録から適当に写したと思われるような、当たり障りなくいい加減な内容。これは明らかに職務怠慢である。
――知るを得ず、
かつて詩人がよんだように、伝えるべきことを伝えぬ司天監が、どうして天文台に登ることができようか?
煩そうに追い払おうとした
「我々の責務は、天文を観測し星辰が暗示した未来を読み取って、天子にお伝えすることです。事実と異なることを奏上するのは、天子への裏切りともとれる行為ではありませんか!?」
その結果が先ほどの『疫病神』であり、殴られて腫れあがった頬なのである。おまけに『二度と天文台に来るな』だから、もうどうしようもない。
(間違ったことは何一つ言っていないのに……)
悔しさで涙が滲み、殴られた頬はずきずきと痛む。本当は相手がなんと言おうが引き下がるつもりはなかった。しかし、殴られた瞬間によぎったのだ。
――あ、このままだと殺される。
さすがに司天監に任官されて、一年と経たないうちに死ぬのは御免だ。言い返したい気持ちを歯を食いしばって堪え、泣きながら天文台を飛び出した。
(もっと……、もっと僕に力があったなら。『彼』みたいに強かったなら……)
自分の無力さに溜め息しか出ない。
もっと己に力があれば。
悪に屈したりなどしない、真正面から自分の信じる正義を貫くのに。
桑縁の涙に呼応するかのように、ぽつりぽつりと空から滴が落ちてきて、やがてそれはたくさんの雨となって降り注ぎ、夜になっても止むことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます