周りは喜びに満ちあふれているのに

 生徒会室でメルヴィン様の告白を受け入れた後、わたくしは一人で自室に帰りました。告白直後、しかも家に報告する前に周りの方々に知られてしまうのはまずいので、乙女館の入口まで送っていただくのは遠慮しています。


 ああやっちまった、どうしよう。


 思わず漏れそうになった前世しょみんの言葉をわたくしは飲み込みました。窮余の選択をしたわけですが、その後も不安が押し寄せてきます。


「他に選択肢はなかったのでしょうか」


 今のところ妙案は何も思い付きません。例え思い付いてももう遅いわけですが。


 気付けば自室の扉の前でした。思った以上に参ってしまっているようです。しかし、これから人前ではメルヴィン様との件について嬉しそうに語らねばなりません。誰もわたくしの事情など知らないのですから。


 大きく深呼吸をした後、わたくしは表情をいつも通りに戻しました。そうして自室に入ります。


「お帰りなさいませ、フェリシア様。お茶の用意ができております」


「ありがとう。いただくわ」


 普段と同じ様子で応じたわたくしは、カリスタに勧められるままに席へと腰掛けました。それから使用人がカップにお茶を注いでくれます。温かいお茶の入ったカップを手に取るとわずかに口に含みました。相変わらず良い香りと味です。


「やっぱりこれに限るわね。落ち着くわ」


「随分とお疲れのご様子ですね」


「ええ、疲れもします。先程メルヴィン様から告白されたのですから」


 もうさっさと言ってしまうことにしました。どのみち後戻りできないのですから、いつまでも一人で抱えていても仕方ありません。こうなれば、できることは何でもさっさとやっておくべきでしょう。


 一方、あまりにも素っ気なく重大事項を聞かされたカリスタは固まっていました。雑談の話題のひとつのように扱う内容ではないですものね。


 わたくしは珍しくカリスタが驚愕する顔を見ることができたのは少し得した気分です。ああ、ずっとこのまま時が止まってしまえば良いのになぁ。


 などとのんきに思っていると、カリスタがこれまた珍しく猛然と迫ってきました。


「フェリシア様、今のお言葉は本当でございますか!?」


「こんなことで嘘なんてつくものですか。生徒会室で帰り際に告白されたのは事実です」


「それで、フェリシア様は何とお答えされたのですか?」


「お受けいたしましたわ。喜んで」


「おお、何ということでしょう!」


 本当に今日は珍しいですわね。カリスタが感極まっているのを目の当たりにしました。そこまでわたくしの縁談に興味があっただなんて知りませんでしたわ。


 しばらく両手を握ってじっとしていたカリスタはすぐに我に返りました。嬉しそうに話しかけてきます。


「今すぐご実家にご連絡しましょう。私が第一報をしたためますので、フェリシア様も」


「そうね。お母様は飛び跳ねて喜びそうだわ」


「ご当主様も同じですよ」


「むしろ驚かれるのではないかしら」


 何しろ散々縁談を止めておきながら当人同士で盛り上がっていたことになるわけですから、間違いなく呆れられるでしょう。だからといって黙っているわけにもいきませんが。


 その後の流れはとても速かったです。カリスタが当日中に第一報を送り出した後、翌日にわたくしの正式なお手紙を送りましたが、その更に翌日には返信が手元に届けられました。更にはお父様の使者がいらっしゃいました。直接お話を聞きたいとのことだったので、改めてお伝えします。


 このようなやり取りの後、元々王家との縁談を進めたがっていたお父様とお母様はすぐに話をまとめたそうです。散々縁談を止めておきながら当人同士で盛り上がっていたことにはやはり呆れられました。


 二週間もすると両家から発表があり、国中が沸き立ちました。もちろんアスター学園の中でもちょっとしたお祭り騒ぎです。


 こうなるともうわたくしは完全に時の人となり、どこに行っても注目されました。しかも、それ以上に取り巻きの皆さんが四六時中そのことばかりを内外で話してまわるのですからたまりません。


「フェリシア様と王太子様がご婚約されるなんて、正に理想的じゃないですか! ああもう、誰にでもいいですから話したくて仕方ないですわ!」


 あのうるさいダーシーがこんな大事件はなしを放っておくはずがありません。真っ先に率先して方々で話して回っていました。正直止めたかったのですが、今回ばかりはそういうわけにもいかず黙って見ているしかありませんでした。


 どこへ行ってもメルヴィン様との婚約の話で持ちきりですのでわたくしとしては疲れてしまいますが、実のところ部屋に戻ってもその状況はあまりかわりません。


「お帰りなさいませ、フェリシア様。お茶の用意ができております」


「あなた、最近機嫌が良いわね」


 以前はほとんど表情がなかった顔にここ数日は微笑をたたえていることにわたくしはずっと気付いていました。理由はわかりますが、つい尋ねてしまいます。


「フェリシア様が王太子殿下と婚約されたのですか当然でしょう。実は前からご実家の奥方様からせっつかれていましたから、これでやっと大役を果たせたと喜んでいるのです」


 裏の事情を知らされたわたくしは目を見開きました。確かにわたくしの相手に関心を寄せているのは何もお父様だけではありません。実家に帰る度にお母様からも縁談の話を言われていましたが、まさかカリスタにも言い含めているとは思いませんでした。どこに伏兵が潜んでいるかわからないですね。




 さて、わたくしの周囲についての近況をお話しましたが、ある意味最も騒がしいのは生徒会室です。何しろ、ここには婚約した当人二人が常駐していますし、それを好きなだけいじれる役員たちが何人もいますから。特にあの四人組は。


 アスターパーティが間近に迫ったある日、わたくしはいつものように生徒会室へと入りました。この日はメルヴィン様の他、ジェマ、アーリーン、ローレンス殿、ハミルトン殿の五人ががいらっしゃいます。


 わたくしが室内に入りますと最初にジェマが反応しました。嬉しそうな顔を向けてきます。


「フェリシア様、今日は殿下がいらっしゃって良かったですね!」


「こら、ジェマ。そんなこと直接言うものじゃないよ」


「いいじゃないですか、ローレンス様。本当のことなんだから」


「だからってね」


「あたしだって毎日ローレンス様と一緒にいられるのは幸せよ!」


「そ、そういうことは人前で言うものじゃないって言っているじゃないか」


「はいはい、後でこっそりと言ってあげますよ!」


 婚約者をたしなめようとしたローレンス殿は失敗なさいました。逆に攻め立てられて赤くなった顔を背けられてしまいます。あの二人はいつもあんな感じで、終始ジェマがリードしているのですよね。


 自然にいちゃつき始めた二人に次いでハミルトン殿がわたくしに声をかけてきます。


「フェリシア様、アスターパーティの当日進行の最終確認、お願いします!」


「わかりました。でも、修正するところはほとんどないでしょうね」


「アーリーンが作ったやつですからね、当然ですよ」


「えへへ」


 当たり前のように婚約者を褒めたハミルトン殿の隣の席でアーリーンが嬉しそうに体をくねらせていました。こちらも地味にいちゃついていますね。


 書類を受け取ったわたくしはそのまま自分の席に腰掛けました。前に見たものとほぼ変わりがないので問題なさそうですね。仕事が楽で嬉しいです。


「フェリシア、こちらに来てくれないか?」


「何でしょう」


 生徒会長に呼ばれたわたくしは席を立ち、メルヴィン様の前に立ちました。書類から顔を上げられて笑顔を見せてくださります。


「予算の件で少し食い違いが見つかったんだ。ちょっと先達館まで行ってアシュクロフト職員に確認してきてくれないか」


「わかりました」


 一枚の書類を受け取ったわたくしは承知すると踵を返しました。すると、例の四人が全員こちらへと顔を向けているではありませんか。


「皆さん、どうしたのですか?」


「いやぁ、何もないのかなぁって思いまして」


 最初に答えたのはジェマでした。メルヴィン様とわたくしを交互に見比べています。


「何もと言われましても」


「ほら、あたしとローレンス様みたいにいちゃつくやつですよ!」


「ジェマ、どうしてきみは自分を例えに持ち出して喜んでいられるんだい!?」


 まるで平気なジェマに慌てて突っ込みを入れるローレンス殿の顔は真っ赤でした。それを楽しそうにアーリーンが眺めています。


 ここから生徒会室内が騒がしくなりました。いつものことですね。わたくしとしてもこの状態はとても好ましく思います。できればこのままの状態でアスターパーティに臨めれば言うことはないでしょう。


 一人問題を抱えるわたくしは生徒会室を出ました。

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