第20話 命巡る冬

 百頭をこえる家畜たちを、スレンやその家族たちはちゃんと一頭一頭把握している。

 まだ冬営地に移る前のあるとき、羊の群れが放牧から戻ってきて一頭足りなかったことがあった。


「わかった、こいつの仔が戻ってないんだ」

「え? そうなの? よく分かるね?」

「こいつ、でっかいしこの春に仔を産んだとき、ちょうどおれも見てたんだ」


 スレンの弟――アザム――は、自信ありげにトーヤに笑って見せた。この親羊を連れて探しに行く、と言うのでトーヤも付き合って一緒に行くと、果たしてすぐに迷子の仔羊は見つかった。

 馬は毛色や年齢で呼び名を分けていて、スレンの愛馬であるヘールは鹿毛の四歳馬だった。はじめまったく見分けが付かなかったトーヤも、目立つ模様がある牛や体格のいい羊など、少しずつ識別できるようになってきた。

 家畜は財産そのもので、毎日食べる乳製品を生み出す源であり、生活を支える糧を得るための手段であり、毛皮と肉によって冬を越す。夏から秋にかけ肥え太らせた家畜を、冬に屠殺して食いつなぐのだ。

 冬にどれだけ、どの家畜を潰すのか、彼らはだいたい決めているらしかった。よく面倒を見ていた羊を解体するときも、スレンや義両親はもちろん、まだ幼い弟妹たちも当たり前のこととして受け入れていた。

 迷子の仔羊を探して一緒に出かけたあの親羊を絞めるとき、トーヤはさすがに悲しかった。立派な体格で賢い一頭だった。


 冬営地はトーヤにとって初めての寒さだった。凍えそうになりながら、貯蔵庫にしている小さな幕屋に入る。ここは火を焚かないのですぐに肉が凍り、チーズもからからに乾燥してしまう。肉にした家畜をここに置き凍らせて保存し、あるいは乾燥させ本当の保存食である干し肉にしている。

 低い天井に回しかけたロープに肉を干していると、背後で扉が開く音がした。振り向くと冬着で丸く着ぶくれた小さな影があって頬が緩む。


「アザムさん、どうしたの」

「手伝おうと思って来た」

「そうなの? ありがとう」


 ついさっき、スレンから受け取ったばかりの肉はまだ熱があった。もうすっかり冷え切って、切り口の血は凍り始めている。命がつきた瞬間から、それは慣れ親しんだ生き物から食糧になる。

 義弟と一緒にすると作業はすぐに終わった。ずらりと干された肉を眺めている小さな背中に、トーヤはつい、尋ねずにはいられなかった。


「ちょっとさみしい?」

「――――うん。でも、こいつをおれが食べればおれの血になるから」


 きっぱりと、簡潔に返ってきた言葉に瞠目した。この小さな義弟も、命が巡ることを理解して、その中で生きていく自覚がある。彼らがどれだけ厳しい環境で生きてきたのか考えた。スレンはよく、うちは豊かな家じゃないから、と申し訳なさそうな顔をするが、生きていくだけで大変なこの土地で、家族がみんな元気に生きているだけで僥倖だろうと思う。

 そしてトーヤもこの中で生きていくのだ。


「……戻ろうか。きっとお義母さんが、血を腸詰めにしてくれてるわ」

「うん。トーヤも、早く行こう」


 待ちきれない様子で先に外に出るので、トーヤは笑って、後を追った。

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