第22話 暴走

翌朝、マリが目を覚ますと、アキラがいなかった。

驚いてベッドから飛び降り、急いで服を着て部屋を出た。目の前の窓から飛び降りて、広場の方に走っていった。


「アキラのバカ!まさか隠れて浮遊魔法の練習してる?」


マリは、アキラが無茶をするのではないか、気が気でなかった。


アキラの姿を見かけると、突進してアキラを捕まえようとした。

「アキラ、何やってるの!」


アキラに手を伸ばした瞬間、アキラがすり抜けた。ただ立っていたように見えたのに、横にスッと移動したのだ。


マリは思いもしないアキラの動きに、足がもつれて転倒した。


「えっ?」

と小さく声を出し、立ち上がって、再びアキラを捕まえようとした。


すると、またアキラが横にスッと移動したが、今度は落ち着いて見ていたので、難なく捕まえることができた。


「ああ、捕まったか。マリには敵わないな」

アキラは笑っていた。


「こっそり抜け出して、浮遊魔法してたんでしょ!禁止って言ったよね!」

マリが怒っていた。


「ゴメン、ゴメン。でもちょっと浮いてるだけだから。飛んだりしてないから、ゆ・る・し・て」

アキラが、体をクネクネさせながら、上目使いで、ウィンクする。その可愛らしさに、一瞬ドキッとして顔を赤らめてしまった。自分で自分の顔に赤面して、どうするのよ、とマリは恥ずかしくなった。


「アキラのバカ!」

マリはアキラに抱きついた。


「また青春してる」「してるね」「いいなーおれも青春したい」

と声が聞こえて、もうやめて!とアキラを抱っこして走っていくマリだった。


その様子を、目黒と朝比奈は微笑ましく見守っていた。


「市ヶ谷のダンジョンは放置してていいのでしょうか?」

朝比奈が尋ねると


「アキラ君が市ヶ谷に行きたくないって言ってるからな。消滅させようと言うまで待つしかないだろう」

と目黒が答え、朝比奈もうなずいた。


二人はアキラたちの後を追って、歩いていった。



翌日、田中と田島が目黒駐屯地にやってきた。


田所はいぶかしんだ。

「水を貰いに来るには、早すぎるのではないでしょうか?」


市ヶ谷は目黒の倍以上の人がいるが、それでも五日は余裕で、節約すれば一週間はもつくらいの水は、渡したはずだった。それがたった二日で無くなるのはおかしい。


田中がその疑問に答えた。

「救世主様の奇跡の噂が広まったようで、近隣から住民が水を貰いに来たのです。それであっという間になくなった次第です」


田所は念を押した。

「それなら納得しました。しかし我々の方も住民が水を貰いにくるので、余っているわけではありません。タダという訳にはいきませんよ」


「もちろんです。ちゃんと物資も持ってきましたから、ご確認ください」

田中がソワソワしだした。なぜか田島もソワソワしている。


「あのー、救世主様はどちらに?」


田所は、ハァーとため息交じりに

「いま、呼んできますから、お待ちください」

と言って部屋を出て行った。


アキラたちは、田中と田島が来たことを伝え聞き、裏に逃げていた。


広場で練習という名の遊びをしていた。


アキラがホバークラフトよろしく逃げ回り、それをマリが捕まえるというものだった。ようするに鬼ごっこだった。アキラがバイク並みのスピードで前後左右に地面をスライドし、マリが地面を蹴って猛ダッシュしアキラを捕まえようとし、それをアキラが避けてスライドして逃げていく。もはや人間離れした速さの鬼ごっこだった。


田所は、日に日に進化する二人に驚いた。そして楽しそうにしている所に邪魔するのは気が引けたが、気持ちを切り替えて、アキラに近づいて行った。

「アキラ君、ちょっと話があるのだが」


「なんでしょうか?」

アキラが地面を滑るように、田所に近づいた。


「いま田中先生が来ていてね」

それを聞いただけで、アキラの顔は渋くなった。


「君に挨拶したいそうだ。来てくれるかね?」

「ええ、嫌ですよ」


「君の気持ちもよく分かる。しかし断ったら、明日から毎日来るかもしれん。」


アキラは、大きなため息交じりに田所の後について行った。

「ハァー、分かりました」



アキラが部屋に入ると、二人の男は満面の笑みを浮かべてた。


田中が握手して、大きく手を振った。

「救世主様、お会いできて嬉しゅうございます」


こっちは全然うれしくないよ、アキラは心の中でつぶやいた。


田島がそっと手を出した。

「救世主様、とても会いたかったです。握手していただけますか?」


誰だっけ?と首をかしげて、仕方なく手を出すと、田島が目に涙を浮かべながら、両手でそっと包むように、アキラの手を握った。ちょっとビックリして手を引っ込めた。


田島は、目を輝かせて、頭を下げた。

「これは、失礼しました。田島というものです。水と物資の輸送を担当しますので、よろしくお願いします」


この人、変わってるな?いや、田中より全然ましだけど?とアキラは思った。マリは不審そうに、田島を見ていた。


そして田中と田島は、満足そうに出て行った。


田所は少し安堵して、頭を下げた。

「アキラ君、おつかれさん。手間をとらせて申し訳なかった」


「ほんと、疲れました。これで失礼します。」

と言って、アキラとマリは出て行った。


「田中がおかしいのは当然として、田島も怪しい」

マリが不穏な言葉をはいた。


えっ?何が怪しいの?とアキラは不安になった。


マリは田島の目つきに、見覚えがあった。登校する時、じろじろ見てくる変なオジサンがいた。実害があったわけではないが、気持ち悪くて、いつもアキラの後ろに隠れいたのだ。その目つきに似ていて、思い出して背筋がゾワゾワした。



「田島君、今日はありがとう。またよろしく頼む」

「いえいえ、先生。こちらこそ」


帰り際に二人は握手をした。


「救世主様」


二人同時につぶやくいた。すると二人の目がキラリと光り、お互い抱き合ったのだった。


その二日後、田中と田島は、また目黒にやってきた。

そして、アキラに会って握手をして笑顔で帰っていった。


「おかしくないですか?」

アキラは、ほとほとウンザリしていた。


田所も困惑していた。

「明らかにおかしい。この前の会談で決めたことと全然違ってきている」



さらに二日後、田中と田島は、またまた目黒に向かおうとしていた。

しかし江田と三島が止めた。


江田は田島を睨みつけた。

「おい、田島、いくらなんでも物資の持って行きすぎだ。俺達が苦労して集めた物を、そう右から左へ持ってかれちゃあ困る」


そこに田中が現れた。


「江田君、これは水に困った住民に渡すためなんだ。以前、私が君たちを助けたように、今度は君たちが困っている人たちに手を差し伸べるのだ。そして救世主様のご威光を知らしめすのだ」


田中に頭が上がらない江田も、今回ばかりは、さすがに腹を立てていた。

「先生、それにしたって限度がありやす。この前の話し合いでは一週間毎に交換するって決めたじゃないですか。目黒だって、こう頻回にされちゃ、迷惑ですよ」


三島も、田中と田島を非難した。

「たしかに、江田のいう通りです。約束が守られないと、今後取引ができなくなる可能性がでてきます」


田島は田中を見た。

「先生、江田と三島のいう通りです。もうやめましょう」


「分かった。分かったから、今回でやめるから、半分だけでも、お願いしたい」

田中は頭を下げた。


えっ?三人は素っ頓狂な声をあげた。


「ハァー、もう、先生これで最後ですからね。半分降ろして、さっさと持って行ってくださいな」

江田は、呆れた顔をして出ていった。


二人は笑顔で目黒を目指した。



目黒駐屯所の司令官室で、田所は苦虫を潰したような顔をしていた。


「こうも頻回にこられては、困ります。約束と違うじゃありませんか」

田所は、田中と田島に強く抗議した。


田島は、平謝りで田所に懇願した。

「申し訳ありません。これで最後にしますので、どうか救世主様にご挨拶をさせてください」


しかし、田中が不満を口にした。

「我々は、救世主様のため働いているのだ」


それを聞いて、田所は顔色を変えた。

「救世主、救世主とあなたがたは言うが、彼らは、あなたがたのものではない。いい加減にしてください」


田中は憤った。

「な、なんという事を!それは神に対する冒涜だ」


「先生、これ以上は救世主様にも嫌われてしまうかもしれません。今日は帰りましょう」

田島は田中の手を引いて、部屋を出ていった。



「田所のやつめ、許せん」

帰りの車のなかで、田中はつぶやいていた。

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