第17話 市ヶ谷基地
アキラたちが新宿で殺されそうになった日の夜の市ヶ谷基地。望遠鏡で見ていた隊員が、大柄でガラの悪そうな男にに報告をしていた。市ヶ谷の最大勢力のボス、江田剛である。
新宿に物資を探しに行っていた隊の二人が死んだこと、ひとりは銃で殺され、もう一人は炎で焼き殺されたこと、副隊長の銃がなくなっていたこと、その場に二人の高校生がいたこと、金髪の女の子が銃を持っていたらしいこと、二人の高校生は渋谷方面に走っていったこと、などである。
江田は、報告を聞いた後、机をたたいて怒鳴った。
「協定を結んだのに数日もたたないうちに、この様か。舐められたもんだな。二人の仇討ちだ。戦争の準備をしろ!」
「目黒がやったという確証はないんですけど、いいんですか?」
江田の右隣に座っている男が言った。
「本当に戦争するわけないだろうが。脅して水と食料と燃料を要求するのさ。もし金髪の高校生がいたら、そいつらのせいにして、さらに強く要求すればいい。とにかく恰好だけ戦争の振りをするのさ。そこが交渉力ってもんだろう」
江田はニヤッと笑った。
「脅しの間違いでは?兄貴」
左隣りの男が笑いながら言った。
「大隊長って言えって、何度も言ってるだろうが」
江田は左の男を睨んだ。
「習志野が江戸川区にまで出張ってきてるそうですよ、大隊長。なんでも三島さんが手放したらしいです」」
江田の対面の男が報告した。
「おい!嘘だろう?あそこは、まだ物資が残ってるんだ。取られて、どうすんだ。目黒どころの話じゃねえだろう。くそ、三島も田島も役立たずが!」
「目黒はあとだ。明日三島と田島と話をするぞ」
江田はイライラしながら椅子を蹴って出ていった。
江田は、多くのダンジョン討伐隊を束ねる大隊長だ。もとはヤクザで、殺人を犯し、終身刑であった。しかしダンジョン討伐隊で働くことを条件に、監視付きで外に出ることを許された。大災害のとき、市ヶ谷で多くの隊員をまとめ、ともに死線を潜り抜け、絶大な人気を得て、市ヶ谷で最大勢力にまでのしあがったのだ。
市ヶ谷基地には、江田のほかに二つのグループがあった。三島派と田島派である。
三島浩二等陸尉は、市ヶ谷の自衛隊の現在の最高司令官である。大災害のときに、トップが死んでしまい、棚ぼた式にトップになった。
もう一つの勢力が、ある会社が所有出していた多数のダンジョン討伐隊を率いる田島聡であった。
三島は自衛官らしく厳格だったので、ことあるごとに江田と対立した。田島はもともと温厚な性格だったので、二人の仲裁係みたいな立ち位置になっていた。江田は強引な手段で物資を集めてくることから、市ヶ谷の外ではいざこざが絶えなかったが、そのおかげで生きていけたので、三島も田島も大目に見ていた。他の所と大規模な抗争になりそうなときは、三島と田島で江田を抑えたりした。
微妙なバランスのうえで、市ヶ谷は保っていたのだ。
習志野駐屯地との話し合がついたのは、アキラ達が横浜に帰る前日だった。
「明日、目黒に乗り込むぞ!」
そう言って、江田は椅子にどっかと腰を下ろした。
翌日、江田は自分の全隊員を伴って、目黒駐屯所にやってきた。アキラたちが出発したあとだった。
会議室で江田と田所が会談していた。
「田所さんよ、水と食料と燃料を全部よこしな。そしたら手打ちにしてやるよ。」
江田は、大柄な態度でせまった。
「なぜ、そんな事を言われなければいけないのか、さっぱり分からないのだが」
田所は涼し気に返事をした。
「うちの者が二人、おたくらに殺されたからだよ!」
「知らんな。証拠は?」
江田と田所は、にらみ合った。
「なら戦争だ!」
江田は机を思いっきり叩いて、立ち上がった。
ちょうどその時、ドアが開いて、一人の男が入ってきた。田中元衆議院議員であった。
「江田君、久しぶりだね」
田中は、江田に近づき、握手の手を差し出した。
「た、田中先生、お久しぶりです。どうして、ここへ?」
江田は、驚き、急に大人しくなった。
「田所さんに用事があってね。そしたらたまたま君を見かけて、話が聞こえてきたんだ。どうだろう、今回は穏便に済ませてはくれないかね。」
田中は江田の手を取り、握手しながら言った。
「しかし、先生。こちらもメンツってもんが」
田中は深々と頭を下げた。
「私の顔を立てると思って、どうか」
「よしてください、先生。あー、もう、分かりました。今回はなかったことにします」
江田は不貞腐れて、会議室から出ていった。
「田所さん、彼も手ぶらでは帰りづらいでしょう。水を分けてあげてはくれませんか?」
「わかりました。すぐ手配いたしましょう」
と田所がすぐに指示を出した。
田中は、ダンジョン討伐隊の成立に尽力した立役者の一人だった。そして犯罪者の多くをダンジョン討伐隊隊員として働かせることで社会復帰の機会を与えていた。終身刑であった江田が外に出られ、自由になったのは、ひとえに田中のおかげだった。そのため江田は田中には恩義を感じ頭が上がらなかった。
「田中先生、今回は、ありがとうございました。おかげで無用な血を流さずに済みました」
田所は頭を下げた。
「いえいえ、これも神のおぼしめしでしょう。ところで救世主様はどちらに?」
田中はソワソワしていた。
「今日は横浜の実家に帰ってます」
それを聞いて、残念そうにうつむいた。
「ぜひ、お会いして、お願いしたいことがあったのですが。実は市ヶ谷の件で…」
「どのような事でしょうか?」
田所は、嫌な予感がした。
「市ヶ谷も水に大変困っています。救世主様、みずから水を与えていただけないでしょうか」
田中は懇願するように、田所を見た。
「彼らは市ヶ谷の者に乱暴された経験があるので、難しいと思いますが」
「なんと、そんな事が!市ヶ谷の江田と田島によく言い聞かせて、狼藉などないようにさせますので、ぜひご検討いただきたい」
「帰ってきたら、お願いしてみます。本日はありがとうございました」
田所は握手をした。
「よろしくお願いします」
田中は、頭を下げて出ていった。
「田中先生、ずいぶんと雰囲気が変わりましたね。救世主様、救世主様って、ちょっと怖いというか。アキラ君も大変な人に気に入られたものだ」
隣の男が発言した。
「もともとクリスチャンだからね。それにしても、こんなにもアキラ君に心酔するとは思わなかった」
田所はため息をついた。
その頃、江田は、大量の水をお土産に市ヶ谷に帰る途中だった。
「しかし兄貴が、おっと、大隊長が田中先生にあんなに弱いとは、思わなかったですよ。」
「俺は義理堅いことが取り柄なんだよ。だから田中先生には頭が上がらないのさ。まあ、こんだけ水がもらえたんだ、良しとするさ」
江田が答えた。
同じころ、田中は、じっと横浜の方を見ながら、つぶやいた。
「救世主様」
田中はクリスチャンだったが、それほど敬虔な信徒ではなく、金と権力に汚い男だった。だが生き残ったことで、自分が神から選ばれたのだと思うようになっていた。そして、アキラが魔法で水を出したのを見て、神が「救世主」を遣わしたのだと信じた。アキラを旗印に、日本を世界を救うのだと、盲信し始めるていたのだ。
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