第11話 目黒駐屯地
翌朝、二人は渋谷駅に向かって歩いていた。
どこもかしこも瓦礫に覆われ、死の世界だった。もはや驚かなくなっていた。そして渋谷のスクランブル交差点に来ていた。
「目黒に自衛隊の基地があるけど、行ってみる?」
「うーん」
二人とも決めかねていた。新宿の件があったから正直怖かった。しかし近くを通ることになるから、それならいっそ、こちらから友好的に出向くのも有りかもしれないと考えていた。時間だけ虚しくすぎていった。
「君たちどこから来たんだね?」
後ろから声が聞こえた。
ギクッとして振り返った。
自衛隊服の男が一人現れた。真っ黒に日焼したオジサンだった。黒々とした顔から、目と歯が異様に白く見えた。アキラは思わず銃を構えた。
「銃を降ろして両手を上げろ」
後から別の声がした。しまった、前後から挟まれていた。さらに左から2名、右から2名現れた。気づかないうちに包囲されていた。アキラは、そーっと銃を降ろして両手を上げた。
地黒オジサンが笑顔で周りの隊員を見渡した。
「おいおい、相手は子供だぞ」
「しかし隊長、銃を持ってるんですよ」
「全員銃を降ろせ。いいか、絶対に発砲するな」
「隊長!」
「これは命令だ」
地黒オジサンは銃を地面に置いて、両手を上げて笑顔で近づいてきた。安心感を出してるつもりなんだろうけど、目と歯が異様に白く浮き上がっていて、その恐さがすべてを上書きしている。マリも同様に感じているのか、ガチガチに震えていた。
「私は目黒駐屯地の目黒
何と地黒の目黒の目黒さんとは!思わず吹き出しそうになったが、必死に堪えた。おかげで緊張が吹っ飛んだ。
目黒は二人に近づき、アキラとマリの肩をやさしく叩いた。
「いままで二人で頑張ってきたのか?大変だったな」
その瞬間、この人なら大丈夫かもしれないと感じた。
「話がしたいから、ついてきてくれるかな?」
「分かりました」「はい」
アキラとマリが返事をして目黒の後ろを歩いて行った。
やがて目黒駐屯地に到着した。
自衛隊の基地といっても被害は大きかったようだ。女性や子供が食事の配給を受けていた。ここは安心できそうだと、アキラとマリは思った。
軽い身体検査と持ち物検査を受けて、別々の部屋に案内された。
分かれるときマリが抱きついてきた。
「マリ、質問されたら正直に答えるんだ。心配ない」
小さな声で囁いた。
「うん、わかった」
マリも小さく頷いた。
アキラが通された部屋には、男の自衛隊員一人と女の自衛隊員一人がテーブルに並んで座っていた。
「何か食べる?今日は特別にカレーライスあるのよ、どうかな?」
女性自衛隊員が優しく微笑む。
アキラは、かわいい声で答えた。
「ぜひ、お願いします」
しばらくしてカレーライスが出てきた。美味しそうな匂いに涎が出そうになった。イケない、イケない。なんてはしたない。ここはお嬢様ぶって優雅にいただこう。
しかし一口食べたら、もう止まらなかった。あっという間に平らげてしまった。しまったと思ったが後の祭りだ。マリ、すまん。心の中で謝った。
「あらあら、そんなにお腹が空いていたのね。お替りはいかがかしら?」
心が揺れた。しかしカレーには何物も勝てないのだ。
「よかったら、お願いします」
恥ずかしそうに上目使いで、さっきより小さな声で答えた。
どうよ、完璧じゃね?と心の中でガッツポーズをしたアキラだった。
その後いろいろ質問され、全部正直に話した。
魔法とか身体強化とか、どうせ最初は信じないだろう。でも駐屯地の様子を見たところ、水が不足していることは、なんとなく察せられた。必ず水魔法に食いついてくる。それを交渉材料にできると、アキラは考えたのだ。
最後に女性自衛隊員が、最後に尋ねてきた。
「部屋はいっしょがいい?それとも別々?」
さてどうしたものか。
しばらく考えてから、恥ずかしそうに、小さな声で答えた。
「同じ部屋をお願いします。ベッドは別々で…」
よし!完璧!心の中でガッツポーズをしたアキラだった。
アキラとマリは同じ部屋の別々のベッドに腰をかけていた。
満足そうな顔をしたアキラを見て、マリは不審に思った。
「カレーライスおいしかったね」
アキラは同意し大きくうなずいた。
「うん、最高だった」
「ねえ、アキラ。まさかとは思うけど、お替りはしなかったわよね?」
し、しまった。アキラは冷汗がでてきた。
「し、してないよ。…」
アキラの目が泳いだのを見て、マリが手を挙げて殴ろうとした。
「ご、ごめんなさい」
アキラは両手で顔を覆い、謝った。
「アキラのバカ!」
マリがプリっとそっぽを向いた。
うーん、全然イケてない。ガッカリだ、とアキラは思った。
今回、いろいろなことが分かった。
新宿一番ダンジョンの崩壊の同日同時刻、全世界のダンジョンの崩壊が起こった。
世界の人口は激減し、予測では一割以下。
魔物は二週間くらいで、自然消滅した。
横浜もここと同じらしい。
日本は無政府状態。
三か月もたっている。
想像以上のことに、アキラとマリは正直驚いていた。
会議室に主要メンバーが集まって話し合いをしていた。
「この話どこまで本当なんですかね?魔法、身体強化、にわかには信じられせん」
アキラを聴取した女性が発言した。
「女の子には、嘘や誇張は感じませんでした。まさか心が男の子とは最初思いませんでしたが、変な女口調になったり、男口調だったりと不自然だったのも、あとで納得しました。」
どうやらアキラのぶりっこは、意味がなかったようだ。
次にマリを聴取した男性が発言した。
「男の子の方も嘘や誇張はないと感じました。普通に女口調でしたね。わざとらしさもなかったです」
「これだけの情報量、しかも二人の内容もほぼ同じ。作り話だとしたら、とんでもないことです。私は信じていいと考えます。」
「問題は市ヶ谷です。銃は市ヶ谷のものと確認がとれましたから、市ヶ谷と紛争になるかもしれません。」
「いや、魔法の水が重要です。飲料水が底を尽きそうです。このままでは二週間で全滅です。戦いどころの話ではありません」
「本当に魔法で水が出せるんですか?」
目黒が挙手をした。
目黒駐屯所の最高司令官、田所一等陸佐が目黒を見た。
「発言を許可する、目黒陸曹長。」
「アキラ君、女の子の姿をした子ですが、実際に水を出しているところを、この目で見ました。普通に美味しい水でした」
「ほんとかね」「魔法が実在するなんて」「これで助かった」
会議室がざわついた。
「そうなると市ヶ谷か…今度はどんな要求をしてくるのか、困ったものだ」
「市ヶ谷の江田は元ヤクザです。仲間が殺されたとなると、必ず報復してきますよ。」
「市ヶ谷と戦争になるのか?向こうは我々の倍以上の戦力だ。勝てるのか?」」
「市ヶ谷は討伐隊が多くを占めている。しょせん素人だ。勝てる勝算はあると思いますが」
「しかし重火器は圧倒的に向こうが多い。勝てたとしても被害が尋常じゃない」
「市ヶ谷も水不足のはずです。水を使えば、うまく交渉できるではありませんか」
ひとりの男が発言し、みんな頷いた。
田所が目黒に尋ねた。
「目黒陸曹長、実際に接してどうだったかね?」
「素直で良い子たちです。大切に育てていくべきと愚考しております」
目黒が答えた。
「目黒陸曹長、明日その子に水を供給してもらえないか頼んでみてくれ」
「はっ、努力いたします」
田所は思案していた。
「たしか田中先生が市ヶ谷と繋がりがあったな。交渉の役に立つかもしれん。先生と連絡を取ってみてくれ、至急だ」
「はっ、わかりました」
別の男が答えた。
「市ヶ谷の件は、対応策だけは考えるとしよう。とにかく明日の水次第だ。今日はこれで解散とする。以上」
田所が宣言すると、みなぞろぞろと会議室から出ていった。
マリは先ほどまで身体強化のイメージトレーニングをしていた。
食事をし、風呂に入り、着替えたので気分がすっかり良くなり、トレーニングにも前向きになっていた。光の線はイメージできないけど、意識を集中させると、お腹の中が温かくなる感覚が解ってきた。一歩前進。
「いずれは魔法も使えるようになるよ」
「早く使いたいな」
しばらくして
「横浜に帰りたいね」
「うん、実際にこの目で見て確認しないと、この先進めないと思うの」
「だよね。明日目黒さんに相談してみよう」
「賛成、じゃあ寝ようか」
アキラはベッドの中で、これからの作戦を考えていた。
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