クトゥルフ神話TRPG

次駅(じえき)スグ

喜多川とミナミ

荒廃した瓦礫の街の中を4人は歩く。

防護服によく似たジャケット、砂塵から顔を守るゴーグル、ガラスを踏まないブーツ。

喜多川、東條、ミナミ、爾志はそれぞれの歩調で世界を歩いていく。


「もし、そこの人」

占い師のような身なりの人が語りかける。

「近い街を救ってくれんか」

喜多川が駄々を捏ねて、それに対して東條が意気揚々と街の変更を促し、爾志が喜多川を宥めて、ミナミが肩をすくめる。



そして街に辿り着くと、そこには1人の科学者が居た。

街の防衛システムを守るのだと、言っていた。


彼が質問を投げかけた。

「1人のために多数を犠牲にできるか」

東條は言った。

「俺は必ず、多数を救う。1人の為に多数を殺しはしない」

爾志は言った。

「俺もそんな感じだな。」


もう一度彼は質問を変えた。

「多数を殺した殺人者を殺せるか」

「殺せる」

ミナミはそう答えた。


この街は、仮初の生活を続けている。

人間ではない機械たちが、人間の生活を模倣しながら生きていた。

そして、1人の殺人者を守る為に、街を守り続けていたが、システムに限界が来ていた。なにもしなければ、街はなくなる。


東條はあっけなく、死んでしまった。

戦闘になったものの、運が悪かった。

一言も発さずに死んだ。

爾志は前回の後遺症が祟って死んだ。



「ミナミが決めて」

「喜多川は?」

「俺は前に判明しただろ」

喜多川は天を仰いだ。

「俺の存在は架空の、バーチャルなんだと」


ミナミは人間ではない、仮初の生活を送っていた1000人を見殺す選択をした。





「なんで?」

誰もいない街の真ん中で、火を焚いた。

喜多川は頬に手を突いて、ミナミを見た。

「実は」

「特に理由はないんだ」

「どうして」

「さあ、分からない。ただ、俺はそんなにあの1000人に価値を見出せなかった。それだけなんだけど」

彼ははにかんだ。

「……あの1000人を見殺しにすると、俺は、死んでも良いのかあ、と思って……」

小さい火の粉が爆ぜる。ぼんやりとした闇の中に、ミナミの横顔が照らし出された。


「前に事件に巻き込まれた時に、俺の感情の一部と引き換えに小さい命を助ける選択しただろ」

「うん」

「後悔したくないし、俺の信念はそう言ってるんだけど、そういうことがずっと続いてきて」

「うん」

「信念とかそういうのも朧げになって、俺は俺で無くなってきた。俺の本質のような物は無になってきて、結局俺は魂とかも無い、ただの肉体だった。お前はバーチャルの存在であることが前に分かったけどさ、俺はただの人間だったんだ」

「……うん」

「俺は所詮、穴だったんだ。穴であることが俺の正体だった」

ミナミはブーツを脱いで、テントの中に投げた。

喜多川は皮肉っぽく笑った。お前がそれを言うかと。

だが、ミナミは真剣に、火を眺めていた。

「ずっと殺人犯だけを疎外して来た。俺はたった1人になるつもりは無くて、」

「うん」

「けどその、多数を犠牲にした1人なら、良いのかなあって、逆転して」

「うん」

「ほんとうに辛いわけじゃない、けどほんとうに悪い人なら? もう、いいのかなあって」

「……うん」

荒廃した瓦礫の中で、星がやけに綺麗に光る。

喜多川はそれらを見上げた。

「……俺がもし、こんな終末の世界全体が滅びてもお前1人だけが生き延びて欲しいって言ってみたらどうする」

じっくりと時間が流れた。

そしてミナミは言った。

「勘弁してくれ、お前のエゴだって言、ってしまうかも。分かってるけど」

「そうか」

喜多川は座り込んだ。

「これは全部悪い夢だよ」

「うん」

「でも死んだ後、あっちで目が覚めるわけじゃないんだ。画面が停止して、また最初からやり直す。それを繰り返す」

「うん」

大きなバッグからフライパンを取り出すと、その上に卵を落とした。

それを火の上にかざす。

「ちゃんと目が覚める。君は起きる。パンを食べる」

「うん」

「パンを食べたら、何をする?」

「……また、冒険に行って……」

「うん」

「何かに巻き込まれる……」

「ははっ」

卵が焼けて、「目玉焼き」になる。それを喜多川は目を細めて眺めたが、すぐにパンの上に置いた。パンは、目玉焼きを置いたパンになった。

ミナミはパンを受け取ると、それを逡巡したのちに、大口を開けて齧り付いた。

「巻き込まれたら、また選択をするだろうね」

「……うん……」

「君はもうパンを食べる選択をしたんだ」

「……うん……」

「とりあえず、今は何をする?」

「……眠たい……」

「分かった」

彼らは寝具を取り出した。


「おやすみ」

「おやすみ」

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クトゥルフ神話TRPG 次駅(じえき)スグ @doro_guruma

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