不便だけれど……

 サエキさんは極度の近視なのだそうだ。こうしてテーブルを挟んで座っている私の顔もはっきりとは見えないと言う。見えるのは手元くらいで、それ以上離れると見えなくなるそうだ。


「レーシックを勧める友人とかも居ましたけどね、このくらい視えにくい方が都合が良いんですよ」


 それは小学生の頃からの話だそうだ。


 小学生だった頃に学校近くの交差点におじいさんが立っているのに気が付いたんです。その人は交差点を渡る小学生たちを見守るように立っていたんです。年中立っていましたし、何なら真夏の日に雨がしとしと降っていても傘も差さずに立っていた。


 数年経ってからおじいさんは突然消えたので、友達に『あのおじいさん居なくなったね』と話を振ると『誰それ?」と言われた。一緒に投稿していたのに本気で知らない様子なので交差点に居なかったか聞いたところ一度も見たことはないと言われた。そこでどうやらその人は生きている人間ではないのだろうと理解できた。それなら天候に構わずずっと立ち続けることだって出来るだろう。


 そうして中学に上がったときの話になるそうだが、人並みに恋をして、意識していた男子がいたそうだ。ある日、二人で掃除しろと言われ教室に残って掃除をして、そのままの流れで一緒に帰り道を行くことになった。


 ドキドキしながら一緒に学校を出たのだが、学校を出てすぐ、頭から血を流した子供が見えてしまい、それは中学生にはあまりに刺激が強く、思わず泣き出してしまった。男子の方も突然泣かれてどうしていいか分からず困り果てたらしい。その結果、中学で好きになったヤツに告白をすることは決してなかったそうだ。


 その後、高校に上がってある変化が起きた。急に近視が進んだのだ。中学まで視力は左右2.0だったのが、一年の夏休みに入る頃には黒板がよく見えなくなっていた。ただ、それによって幽霊も見えにくくなり、意識してみようとしなければ見えなくなった。


 一応メガネも作ってもらったのだが、自宅内でのみ使い、学校の勉強は予習と復習をして何とかついていった。


 そうして大学に入ったが、もう目が悪いのに慣れていたのであっさりと平和に過ごすことになった。幸いレジュメは配られるのでそれを顔に近づけてどうにか読んで講義についていった。


「それからずっとメガネはプライベートな場所でしかつけないんですよ、例外は内見くらいです」


「内見というと不動産ですか?」


「ええ、そういう物件だとすぐ分かるんですよ。今は隠す業者も減ってきましたが、昔は私が言い当てると驚いている業者もいましたね。部屋に入る前にメガネをつけると中に何か良くないものが居れば見えてしまうんです。知らない方がいいのかも知れませんが、その辺はっきりさせておきたいので見ておくにこしたことはないんですよ」


 今の彼女は、手元より先は抽象画のような世界が見えているそうだ。それでも信号は赤と青の区別はつくし、案外困らないそうだ。


 ただ、身分証として免許を取ろうとしたが、メガネが必須なので諦めた。彼女にとってはマイナンバーカードは身分証として非常にありがたいものだという。携帯ショップで身分証に使えるのは免許証を持っていないと非常にありがたいらしい。

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