ラジオと電波と配信と

 モトキさんは様々なラジオのリスナーをしている。最近増えつつある声優の番組が好きだそうだ。


「最近はネット配信も増えて良い時代ですよね。俺はリアタイしてますけどね」


 彼はなんでもそのために東京に越してきたらしい。まだエリア外のラジオを聞く手段がなかった頃に、地域格差に腹を立て引っ越してきたそうだ。


 家賃の高さは気にならないのだろうかと思ったが、テレビを置いていないから受信料を取られない分家賃に回しているそうだ。それを考えても高いんではないかと思ったが、本人は至って満足そうだ。


 彼がある晩、夜更かしをしてお気に入りのラジオをリアルタイムで聞いていたときのことだそうだ。


 ラジオに妙にノイズが乗っていた。理由は分からないがせっかくの音質が台なしになる程のノイズだった。わざわざ性能の良いラジカセを買ったのにこんな音質ではもったいない。なんとかノイズを消せないかとチューニングをしてみたが、その音はラジオ放送の周波数とまったく同じようで、ラジオを聞こうとするとそのノイズも大きくなった。


 どこの違法電波が混線しているのか知らないが、迷惑なものだと思いヘッドホンを付けて近所に聞こえないようにして音量を上げた。


 そこで背筋が冷えた。そのノイズだと思っていた音は人のうめき声だった。怨嗟の声のように聞こえるが、多くの人が上げた声のようで男女の区別さえつかない。


 こんな事なら性能の良いラジオを買っておけばよかったと思いながらラジオの音量を下げてなんとか最後まで聞いた。消化不良感は否めないものの、一応リアルタイムで聞けたので満足をした。


 しかしノイズはそれで終わらなかった。夜に聞くラジオには軒並みうめき声が乗っていた。あまり聞いていて気分のいいものではないのだが、それでも聞き続けた。


 そしてネット配信が始まった頃、まだ地域外の局は聴けなかったが、それでも画期的なものだった。何しろネット回線を通して聞こえるのでノイズが乗らなくなったのだそうだ。ネットラジオを邪道だと思っていたが、聞きやすさには軍配が上がるのを認めた。


 ただ、ネットでラジオを聞くようになったのはあまり長い期間ではない。ネットラジオにはノイズが乗らないので声優の声を純粋に聞ける。ただ、当たり前のようになっていたノイズがなくなったのでなんだか据わりが悪く、結局ノイズの乗った地上波を聞くことに戻った。


 次第に気が付いてきたのだが、自分はノイズが気に入っている。なんだかそのうめき声を聞くと気分がよくなってくる。だからノイズも含めてラジオなんだと思った。


「どう思いますか? 東京はノイズに溢れていますが、それも悪いものじゃないのかも知れませんね」


「本当にノイズなんでしょうか? 霊現象のような気が……」


 それにはきっぱりモトキさんは答える。


「霊だってなんだっていいですよ、安い物件で無課金でラジオが聴ける、そして気分がよくなる。これ以上何を望むんですか?」


 私は彼が迷いの無い澄んだ目でそう断言するのを見て少し怖くなり「貴重なお話ありがとうございます」と言い彼のところから離れた。もう何かに憑かれているような目をしていたが、流石に私も自分の身が可愛い、彼のために怨霊と戦うような覚悟などは無い。


 彼の話はそれだけで、以後連絡が付かないが無事であることを祈るしか出来ない。

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