しつこい音
ホシノさんは幽霊に憑かれていると言うが、どこに行ってもそんなものは居ないと言われ、今現在困ってしまっているそうだ。
「始めに予兆があったときにちゃんと対処しておけばよかったんですけどね……」
彼女が言う始めとは、就活で都市部のビルの間を延々と歩いていたときのことだそうだ。
内定が無い、ただそれだけのことで人の心は容易にすり減る。まわりの人がどこそこに内定が出たと言われると、たとえそこが知られていない企業だったとしても羨ましいなあと思ってしまう。
とにかく面接では人格否定までされることもあり、精神は疲弊しきっていた。その日もまた面接に向かっていたのだが、少し遅れていたので駆け足気味に歩いていた。
ある角を曲がったとき、背後からドスンという音がした。普段であれば確認しただろう。しかしそのときは心に余裕が無く、とにかく急いでいるときだったので確認に戻る時間は無かった。
その日の面接は酷いものだった。彼女の親や彼女自身の思想まで、どう考えてもアウトなことを質問してきてそれを全否定するろくでもないところにあたってしまった。
しかし当時は氷河期であり、えり好みなど言えなかったので法律を盾に抗う気にもなれず、落ちるのを覚悟で適当に答えた。
その帰り道、音がしたところを通るときに『あんなところにあたるなら確認しておいた方が良かったなあ……』などということを考えながらそこを通りがかった。そこには難しそうな顔をした男が立っていて、自分のことを睨んでいた。
あの男がもしかしたら……いや、そんなことはないだろうと思うし、そもそも音を聞いただけの自分に何か恨みがあるとでもいうのだろうか?
幽霊にまで八つ当たりをされるのか……そんな憂鬱な考えを持ったまま自宅アパートに帰った。まともに着替えず、メイクだけ落として倒れるように布団に飛び込んだ。
もう何もかもがどうでもいい気さえした。そんな時、ドスンとベランダの方から音がした。ふとそちらを見たが何も無い。ここは二階建てなのにどこから落ちるというのか? そんなことを思いつつカーテンを開けベランダに出てみた。
しかしそこには何も無い。ただ音は確かに聞こえたのだが、聞こえただけでその音源は何も見当たらなかった。
それから数日に一回は夜にドスンと外から音が響いてきた。それが普通の音でないのはまわりが何一つ反応しないことから明らかで、自分についてくるなんてなんて理不尽なんだろうと思いながら無視を決め込んだ。
しかし不思議なもので、就活の面接の時に多少きついことを言われても、あの幽霊よりは意味のある言葉なだけマシだと思えた。そうして少しずつ面接が上手くいくようになってなんとか一社の内定をとることに成功した。
本当は何社も内定をとりたかったが、疲弊した心がそれ以上の面接を拒否した。
「とまあこんな訳でなんとか就職は出来たんですが、相変わらず音は聞こえるんですよ。気を抜くとドスンと重いものが落ちる音がするんですよね」
私はその話を聞いて奇妙に思った。
「何か曰く付きのところを通ったなどのことは無いんですか?」
「ああ、調べましたけど全く無かったですね。そもそも誰かが飛び降りたなんて記載されているものは無かったですから。私はあの音の正体は音自体の幽霊なんじゃ無いかと思っているんですよ。ほら、八百万の神って言うでしょ? だったら音にも神か悪魔か幽霊かが居ても不思議じゃ無いって思うんですよね。無視していれば無害なのでもう諦めました」
彼女はそう言って力なく笑う。
もう面接はやりたくないので、音とは折り合いを付けて、意地でも転職して東京を離れるつもりは無いそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます