第8話

 村を後にしてから、数日がたった。私は何度か村に戻ろうか迷いに迷ったが、世界樹の庇護ひごも置いてきたし、今すぐ戻る必要もない、ということで一向に回復しない重い足取りで街へと向かっていた。


 足取りもそうだったが、村に戻らない以上、私は一刻も早く冒険者ギルドへ行きたかった。そこで時間短縮のために転移魔法でも使ってやろうか、と思ったのだが避けられない重大な欠陥があることを思い出した。


 そう、転移魔法は――


 私は自分自身を甘く見ていた。なにせ、1000年近く生きているのだから、世界中のありとあらゆる場所に行っている、と勝手に勘違いしていた。


 でも考えてほしい。


 500年引きこもっていたやつが、


 そう、そんなわけがないのだ。つまり私の転移先は皆無に等しい。


 そこでクラリスに頼ることにしたのだが、そのクラリスも転移先が非常に少なかった。つまり私は500年間引きこもっていたツケを今まさに払わされているのだ。これがまた足取りを重くさせる原因の一つでもあった。


 ともかくそんな道中なので、私はアーディファクトをふんだんに利用し、せめてもの抵抗で快適な旅を続けていた。


 そんな旅もようやく終わりを迎えようとしていた。


「やっと……やっと街が見えたぞ」


 そう呟くと、セシルが驚いて私をみる。なんだ、また私は変なことを言ったか?


「セラフィナさん、普通はもっと大変な旅になるのでかなり楽でしたよ……?」


 ……そりゃ私が楽にしていたからな。でも私が求めていたのは楽にするんじゃない。早く移動することなんだ。


 早く冒険者ギルドへ行き、魔道具を使いたい。見たい。そして作りたいのだ。


「私は、セラフィナ様との旅、楽しかったですけど」

「そうですね、私はセラフィナさんに魔力の使い方とかを教えてもらえたので……短かったくらいです」


 セシルとルナが意外と楽しんでいたのを知って肩を落とす。足取りが重かったのは私だけか。


 そんなことを思いながら、石畳でつくられた重厚な門をくぐるのだった。



☆☆☆



「私のホーム……戻ってきてしまいましたね」


 セシルが苦々しく呟いた。私たちの目の前には、石と木が組み合わされた冒険者ギルドがあった。


「戻ってきてしまった? セシル、あんた戻ってきたくなかったの? 嫌だったってこと?」

「いえ、ルナさん。そんなことは……ありませんよ」


 セシルはそう言いつつも、表情がぱっとしない。


 無理に嫌なことをさせる気はない。私が魔法を教えているとはいえセシルは付き合わせているだけだ。


「それならいいが、本当に嫌なら待っていても構わないぞ」

「本当に大丈夫です。ここに来るまでの間にも少し自信もつきましたから」


 それならば良いか、と私は木で作られた冒険者ギルドの扉を押しのけ、中へと入っていく。


 中は活気が広がり、外の様子からは考えられないほど騒がしい。


「さて、どこに魔道具があるのかな?」

「そうですね。基本的に魔道具は登録をする際にしか使わないので、冒険者登録をしましょう」


 そう言ってセシルが私とルナを引き連れ先導していると、


「おう、セシルじゃねぇか。どうしているんだ?」


 わざわざ机から立ち上がって、私たちの前に男が立ちふさがった。ずいぶんと巨漢で背が高い。昔の私のようにしっかりした漢という感じだな。


 だがその印象は悪い。ニヤニヤとバカにしたような顔をしているからだ。これは大きな減点だ。私はこんなに下種じゃなかったはずだ。


「いたら悪いですか?」


 セシルは挑戦的な目つきと口調で男を見上げる。


「いやぁ、まぁ、悪かねぇな。冒険者ギルドは自由だ。ただ、まぁ、少し場違いなんじゃねえかって思ったのよ。あとは……お前と組むパーティーメンバーが可哀そうだなぁとな」


 その言葉に、ギルド全体が大きく笑い声をあげる。


 私はその瞬間に理解した。セシルが強くなって見返したかった連中というのはこいつらのことだ。いま笑ったすべての者たち。それがセシルの敵だ。


 セシルは自信がついた、とは言っていたが、やはり少し我慢をしていようにも見える。


 本当は来たくなかったのかもしれない。しかし彼女は私が最短で魔道具を見れるようにわざわざここに来たのだ。


 私は一歩前に出て漢、いや、悪漢を睨みつける。


「私が誰と組もうが貴様には関係ないだろう」

「ほぉぉぉ、嬢ちゃん、小さいのに言うじゃねえか」


 その言葉に頭に血が上りかけたが、すぐに自分に言い聞かせた。これはセシルの戦いでもある。ここで私が有無を言わさず終わらせてしまっていいものじゃない。


「だが、後悔するぜ? なにせセシルは、ギフトを持ってない。わかるか? 才能がねえんだよ!」

「関係ないな。ルナ、セシル、行くぞ」

「は、はい」


 今度は私が先導し、男の横をすり抜けると、ルナが無表情で横に並んできた。たぶんかなり機嫌が悪いんだろう。


「セラフィナ様、いくらあの女が関係しているとはいえさすがに不愉快です。どうか、私に始末の許可を」


 あの女ってだれ?


 いや、そもそもこの問題を解決しなきゃいけないのはセシルだ。私が許可を出すものじゃない。セシルがどうしたいか、なのだ。


「ダメだ」

「なぜですか?」

「これはセシルの戦いだからだ。私たちが口を挟んで良いのは、セシルがどうしたいのかを聞いて、納得してからだ」


 ルナは納得はしたものの、消化しきれない様子でやはり不機嫌そうにしていた。


 気持ちは分からなくはない。村からここまで2週間近く一緒にやってきたのだ。セシルが魔法を頑張って練習していたことも知っている。その彼女がここまで馬鹿にされているのだから、納得しろと言ってもすぐには無理だ。


 私たちが構わず奥へ進んでいくと、後ろから声が聞こえてきた。


「おーい、周りの嬢ちゃんたち! 後悔したら俺のところに声をかけな! 俺はアレクシス。見どころがあるなら俺のパーティーに入れてやっても良いぜ!」


 その言葉にドッとギルドが笑いに包まれる。


 セシルをちらりと見ると、泣きそうな表情をしていた。私がセシルに触れて、


「気にするな」


 と声をかけると表情が少し和らいだので、私は明るい調子で続けた。


「さて、セシル。余計なのも挟まってしまったが、冒険者登録はどうやるのかな?」

「あ、そうですね。セラフィナさん、こっちですよ」


 セシルも気にしていては仕方ないと気持ちを切り替えたらしい。ぎこちなくはあるが、明るい調子で笑いかけながら答えた。


 そして手続きカウンターまでやってくると、


「すみません、この二人の登録をお願いします」


 手慣れた様子でやりとりをし、すぐに登録用紙を受付嬢から引き出した。私とルナは、必要事項を書いて出す。


 私とルナの用紙を見ると、受付嬢は眉を吊り上げ少し驚いたように口を開いた。


「ギフト不明……ですか。珍しいですね」


 それから半透明の丸い球体をとりだして、


「調べますので、こちらに手をかざしてもらえますか?」


 と続けた。


 その魔道具に釘付けになった。これが例の魔道具か。私はじろじろ、と魔道具を眺めるながら見える範囲で解析をしていく。


 乱雑な魔力回路。まるで素人の作りだが、最適化すれば問題ない、か?

 しかしここまで乱雑だと最適化の前に解析が大変だな。やはり動かしてみないことには――


「あの、すみません。手をかざして欲しいのですが……?」


 もう少し見せてくれても良いのではないか?

 そんなことを思いつつ、受付嬢が私をかなり睨みつけているので、仕方なくルナに先に手を出すように言う。


「ルナ、先にやってみろ」

「はい、セラフィナ様」


 ルナが手をかざすと、青白く球体が光って消える。それから模様が浮かび上がった。なんの模様だろうか。少なくとも魔力回路の光じゃない。この魔力回路が発した魔法の一部だろうと推察した。


 そんな私の分析をよそに、いつの間にか辞書のような本を取り出していた受付嬢が驚きの声を上げた。


「じ、時間操作!? なんですか、これ!? 初めて見ました……! でも本当に時間操作ができれば……既にSランクの素養を持っていると言っても過言ではありません!!」


 受付嬢が本と浮き上がった模様を行き来しながら話している様子を見ると、どうやらこの模様がギフトを判別するためのものらしい。


 しかしルナに与えた固有能力がギフトになっているのはどういうことだろう。私が与えた固有能力とギフトが同じものということなのか?


 そうなると辻褄が合わない。なぜなら、固有能力がギフトであれば、私は既にギフトを作れるということになる。でも私は姿


 しばらく悩んでいると受付嬢も興奮が冷めてきたらしい。いつまでもギフトを調べようとしない私に苛立った様子で声をかけてくる。


「あの、セラフィナさんもお願いします」


 しょうがない、この考察は後でしよう。私のギフトも調べることで法則が見えるかもしれない。


 私はそう考え、球体に手をかざす。あれ、なにも起きない?


 ――パリン。


「「え……?」」


 私の呆けた声と、受付嬢の声が重なる。


 く、砕けた……?

 ちょっと待て!

 どうするんだ、これ。私は呆然と魔道具の残骸を見つめる。まだ魔法回路の全てを把握できていなかったのに。


「この場合は……えーっと」

「ギフトなし、だな」


 呆気に取られている私は、少しくらくらしながらも声のする方を見ると、受付嬢の背後から背筋が少し曲がった、陰湿そうな男がそう言いながら現れた。


「ギルド長?」

「君の声が聞こえたから、少し気になって降りてきたんだが、すごいことになっているね。僕はギルド長のガルドだ。ルナ、と言ったかな? 君には素質があるようだし、僕のことはぜひ覚えておいてほしい。いろいろと融通もできるだろう」

「ふーん、アンタ、なかなか見どころあるわね。私はセラフィナ様に仕えるもっとも気高く美しい守護者、ルナよ」


 魔道具が砕けたショックから少しずつ冷静さを取り戻しつつある頭で、皆がいないからって変なこと言ってると知られたとき笑われそうだな、と思っていた。


「セラフィナ様……? 君はなんでこの無能に……」

「あんた、セラフィナ様のことをなんて言った?」

「あ、いや……すまなかった」

「次はないわよ」


 ルナの脅しにギルド長のガルドは息を飲むのが聞こえた。


「わかった。気をつけよう。ところで、ルナさん。君の実力を見込んでなんだが……一つダンジョンに行ってみてもらえないか?」

「ダンジョン?」

「ああ、そうだ。輝石の遺跡と言うダンジョンがあってね。そこの奥にアーディファクトが眠っている、と噂があるんだ。その噂を調べて欲しい」

「あの……それって指名依頼、と言うことでしょうか?」


 セシルが割って入ると、ガルドは顔をしかめながらも律儀に答える。


「君には関係ないが……そういうことになるな」


 ガルドの答えを聞いたセシルが私に寄ってくると、蚊の鳴くような声で私に耳打ちをする。


「指名依頼であれば……ギフトを調べる魔道具、もらえるかもしれません」


 立ち直りきれていなかった私の頭が急速に冷えて、とたんに回転し始める。


 ギフトを調べる魔道具がもらえる?

 貴重な魔道具だと聞いて、ギルドに一つしかないと思っていたが、言われてみれば貴重だからと言って一つしかないとは限らない。


 製作者さえいれば欲しい人すべてに渡らないだけで、組織なら複数所持できるというのは考えられることだ。


「本当か?」

「はい。指名依頼は特定の人にお願いする特別な依頼です。なので報酬も指名者と指名される側の話し合いで決められるんです」

「なるほど、それに乗れば……」


 頷いたセシルを見て、絶望の淵から一転した。私は不自然にならないように笑いをこらえる。


 前の村ではルナにはいろいろと文句を言いたいこともあった。それでも帰さなくてよかった。連れてきた甲斐があったというものだ。


 もしかしてルナはそれを予期して……?


 そんなことを思いながらルナを見ると、なんだかすごく悩んでいるように見える。予期していたわけじゃなさそうだな。


「セラフィナさん……嬉しそうにしてて可愛いです」


 ぼそり、と呟いたセシルは無視する。


 ルナが「これはセラフィナ様のためになるのかな?」と小さく呟いている様子を見ると、断りかねない。


 断る前に受けさせないと。私はルナに寄って、


「ルナ、その依頼、受けるのだ」

「え? セラフィナ様……? 受けたら嬉しいのでしょうか?」

「当然だ。連れてきた甲斐があるというものだ」

「ガルド、その依頼、受けるわ」


 ガルドが満足そうに頷いたのを見て、私は砕けた魔道具を指差しながら口を挟む。


「指名依頼、だったな、ガルドとやら。その指名依頼の報酬は壊れていないその魔道具を指定させてもらう。文句はないな?」

「……あなたに指名したわけじゃないんですがねえ」


 ガルドが私を上から冷たい目で見降ろしてくる。こういうとき背が低いと、見下されているようで本当に嫌になる。身体が小さくなってしまって嫌なことの一つだ。


 しかしそれも、この魔道具を手に入れ、ギフトを見つけさえすれば、この低身長ともおさらば。セシルに言われはしたが、どう頑張ったって顔が緩んでしまう。


「ふん、ならばルナ、報酬は私の言った内容で問題ないな?」

「もちろんです!」

「……そうですか。ルナさん、本当に良いんですか?」

「何度もうるさいわね。セラフィナ様がそう言っているんだから良いに決まってるでしょ!」

「……わかりました。では報酬は壊れていない神託しんたくの水晶にしましょう」


 ガルドはかなり腑に落ちない様子だったが、ルナがかたくなに曲げないことを悟ったらしい。


 諦めたように手に持っていた依頼書を受付嬢に差しだしたのだが、手の甲にあった黒いシミのようなマークが妙に気になった。


 どこかで見たような気がするんだけど、どこだったか。


 私はそんなガルドの手の甲をじっと見つめ、ルナの手続きが終わるのを待つのだった。

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