3章

第85話 ゴクツブシ……?

 カゴリア騎士団の侵攻から2週間。

 戦後処理も終わり、俺達の新しい日常が始まっていた。


 目の前ではシュウが慌ただしく確認を求めてくる。


「ユマ様! これで問題ありませんか!? 良ければ確認して後でお返事をお願いします!」

「お、おう。問題ない」

「ありがとうございます! それでは次の方を待たせているので、これで失礼します!」


 ダダダダダ。

 と音がしそうな走り方でシュウが走り去っていく。

 それもこれも、戦後処理でカゴリア公爵領の管轄にもこちらの手が入ったため、そのために文官を派遣していて、グレイル領の方の文官が足りないのだ。


 しかも父上も病に伏せっていて、政務をする時間があまりない。

 そのこともより現状の忙しさに拍車をかけていた。


 俺自身も領内の見回りである顔見せもまだ出来ていないし、メア殿下に市政で働いてもらうことも出来ていない。

 カゴリアの方に行っている文官が帰って来てくれればいいが、そちらはそちらで立て直しも忙しいみたいだ。

 というか、ケラン公爵の兵士との騒動もあるとかでひと悶着起きているし、カゴリア領内の問題もすぐには片付かないそうで、帰ってくる見込みも数年はない。


 そんな訳で、最近は俺も生き残るための訓練とか、新しい資源の探索とか、人材の登用とかできずに部屋で缶詰状態だった。


「早く……早く武器を握りたい……。剣やハルバードを振っている時が一番楽だ」


 コンコン。


「開いている」

「失礼します」

「どうした? 珍しいなヴァルガス」


 政務をしている最中に、グレイル騎士団副騎士団長のヴァルガスが入ってきた。


 彼にはカゴリア公爵の指導をしてもらっていて、その性根を徹底的に直せたらいいなと思っている。

 駄目だったら一生飼い殺しで指揮権とかを全て使わせてもらう所存。

 ただ、議会への参加は本人しか基本的に認められていないため、それまでにはなんとかしたい。


「ゴクツブシ……いえ、カゴリア公爵様ですが、ちょっと時間がかかりそうですね」

「……待て、公爵をゴクツブシと呼んでいるのか?」

「はい。そうやって自尊心を徹底的に潰しておかなければなりませんから。一度しっかりと上下関係は叩きこんだので、馬鹿なことは早々しないと思います」

「………………そうか」


 もしかしてやらかしたか?

 でも普通、公爵捕まえてゴクツブシ呼ばわりさせるか?

 俺もヴァルガスに確かに好きにやれとは言ったよ? じゃないとあの公爵は変わらないだろうなと思ったし。

 でもヴァルガス副騎士団長君さ……そこまでやると思わないじゃない。


 議会に行った時ゴクツブシと呼ばれたんだ!

 なんて言われたらどうしよう。

 普通にやばいかもしれない。


 そんな俺の顔色を理解したのか、ヴァルガスは説明してくれる。


「ユマ様、ご安心ください。議会の時までには必ずや我々の言葉には『はい』か『イエス』しか言えない身体にしてみせます」

「……おう」


 それ洗脳じゃね……と思ったが、またふざけた理由で戦争を起こされても困るしいいかと思う。

 ヴァルガスは雑だったりするが、仕事はきちんとやる男だ。

 先日の敵の攻撃もきちんと撃退していた。

 きっと大丈夫だ。

 駄目だったら公爵には軽い毒でも飲んでもらって縛り付けておこう。


「では定時報告をしたかっただけですので、失礼します」

「ああ、任せた」


 どうにでもなーれ。

 という気持ちがちょっとだけあった。


 ヴァルガスは部屋を出て行き、30分ほど仕事をしていると、またしてもノックされた。


 コンコン。


「開いている」

「失礼します」

「ゴードン。どうした?」

「旦那様がお呼びです」

「父上が?」

「はい。執務室にいらっしゃいます。すぐに来れますでしょうか」

「ああ」


 俺はすぐに立ち上がり、彼の案内で父上の元に向かう。


「失礼します」


 俺達が部屋に入ると、父上は青い顔で書類に向かっていた。


「ユマか……よく来たな」

「父上、顔色が悪いです。今は休んでください」

「そんな暇がないことくらいはお前が一番知っているだろう。それよりもユマ。急ぎ領内を回れ」

「父上?」


 なぜこのクソ忙しい時に?

 そう思うけれど、父上には父上の考えがあった。


「私が生きているうちにちゃんと顔見せをしておくのだ。領主になってから回ったのでは遅い可能性もある。それぞれの者達はどのような人となりかを把握するために回れ。ついでに殿下も連れていけば彼女のためにもなるだろう。問題はあるまい?」

「それは……そうですが……」


 確かに、俺の顔見せの途中でカゴリア騎士団とのあれやこれやが起きてしまった。

 なので、まだ途中と言えば途中なのだ。


 しかもそれにメア殿下を連れていければ、ある程度彼女も満足するだろう。

 色々な話を聞き、それからグレイロードで仕事をしてもらうのが一番いい。


 でも、そうなると、俺やちょいちょい仕事を手伝ってくれているメア殿下が抜けることになる。

 そうなったらシュウが爆発してしまうかもしれない。


 それに、父上の体調は悪化の一途を辿っている。

 体調を考えたら任せる訳には……。


 父上は鋭い目つきで俺を見る。


「ユマ。行ってこい。今行けねばこれからいつ行けるか分からなくなる。だから行け」


 父の覚悟を感じ、俺は頷く。


「……分かりました」

「それでいい。出立の準備などはゴードンと話して決めろ」

「はい」


 それからゴードンと話し、護衛や連れて行く人選をする。


 メア殿下は大層喜んでくれて、一般人の服はどれがいいかをミリィと話し合っていた。

 ちなみに護衛はシエラやルーク等10数人ということになった。

 メア殿下の護衛もいるし、領内なのでそこまで心配はいらないだろうということだ。


 それに、先日の戦でかなりの兵士が減ってしまったので、新兵の教育などもしなければならないためにある程度の数は置いてくる必要があるのだ。


 ちなみに、アーシャは実家に帰省中。

 里長であるナーヴァに呼び戻されてちょっと不満そうに帰っていった。


 そんなことで色々と話を詰めていたら、あっという間に出発の日になった。

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