第62話 両腕が悲鳴を……

 俺達は領都グレイロードにたどり着いた。


「ああ……やっぱり最高だな。我が故郷は」

「そんなに愛しておられたのですか?」

「おう。俺はここが大好きだぞ」


 そう言ってシュウに返し、俺は屋敷に入ろうと思ったのだが入るに入れない。

 どうしてかというと……。


「………………」

「ダーリンー。そろそろあたしにご褒美ちょうだいよー」


 アーシャとシエラが離してくれないのだ。

 アーシャは俺の右袖を掴み、シエラは左腕を抱きしめている。


「シエラはそれを含めて父上に相談したらいい。アーシャは何かしゃべってくれ」

「ぬ」

「ぬ!? ぬってなんだ? ハンカチでも欲しいのか!?」

「?」


 きっとほとんどの人に伝わらないことを言ってしまった。

 でもぬの使い道なんてそれとぬりかべくらいしか知らない。


「なんか言えっていったから」

「だからぬって……アーシャは何か欲しいものはないのか?」

「……」

「じゃああたしはそろそろダーリンのあれが欲しいかなー? 今夜くらいは

休むんでしょー?」

「シエラと一緒に居たら休めなさそうだな」

「寝かせないわよー」

「……窓は開けておいて? ちゃんと狙えるように」

「アーシャ? 何を狙う気だ?」

「アーシャはちょっと奥手すぎるわよねー」

「安心して、ユマ様にはすれすれでしかうたないから」


 すれすれでうつのか……とぞっとしていると、ゴードンが走ってくる。


「ユマ様! それに他の皆さまも。旦那様がお呼びです」

「分かった。もう……いいか。このまま行くぞ」

「……うん」

「はーい」

「そこは嫌がってくれよ……」


 俺の言葉は聞かなかったことにされ、そのまま父上の元に向かう。


 部屋には父上しかおらず、笑顔で出迎えてくれた。


「ユマ。よくやってくれたな。クルーラー伯爵家の力はとても頼もしい。そんな彼らをよく助けこちらに引き込んでくれた」

「たまたま運が良かった……いえ、悪かったと言った方がいいでしょうか」

「そうか。どちらにせよ、お前が無事に帰ってきてくれてよかった。今夜は祝賀会を開こうと思ったが……明日に、いや、明後日にした方がいいか?」


 父上の視線は俺の両手に注がれている。


「いえ……今日で構いません」

「なるほど、だが折角だ、明日の仕事はシュウ。お前に任せるぞ」

「はい。かしこまりました」

「父上? 余計な気遣いだと思いますよ?」

「ユマ。そろそろ孫の顔が見たくてな」

「早すぎるでしょう……」


 俺がそう言って脱力をすると、父上は少し真剣な目つきになって俺を見る。


「だが……そろそろ真剣に考えねばならんこともある」

「父上?」

「ユマ。お前に婚約者はいない。知っているな?」

「ええ……知っています」


 設定では婚約者は何人かいた。

 いたけれど、婚約者相手に対してでも、ユマはかなり粗暴な行いで相手からなかったことに……という話をされて破談が続きまくっていたのだ。


 その結果、俺に婚約者はいない。


「だが、婚約者の話は最近は多い。だれか気になる子はいないか?」

「領地に引きこもっていますから……他の令嬢と話す機会どころか会ったことすらありませんからね」

「だよなぁ……では、一度王都に行ってくるか? 令嬢と会えば気が変わるかもしれんぞ」

「!」


 俺が驚いたのは、その言葉にではない。

 両手にかかる力が物凄く上がったからだ。

 右手は手首からミチミチと音がしそうなほど握られていて、左手はミシミシと骨が悲鳴を上げている。


「父上、ちょっとタンマ」

「? どうした急に」

「この話題は俺の腕が持たなそうなので」

「……そうか。しかし、いずれは通らなくてはならない道だ。考えておいて損はない」

「はい。分かっています。ですが、今は少し違うこともしたいと思っています」

「ほう。なんだ?」

「一度領内を見て回りたいのです」


 俺がそう言うと、父上は少し驚いた。


「今更か? どういう風の吹き回しだ?」

「レックスの件や、クルーラー伯爵の領地を見て、ちゃんと……この目で領民を確認した方がいい。そう思ったのです」

「まぁ……そういうことも必要ではあるか」

「はい。なので、行かせて頂けませんか?」


 これは俺の言葉半分、イベントが起きないかという想いが半分である。


 俺は今までグレイロードに引きこもり、訓練訓練また訓練時々政務という生活をしていた。

 だが、アルクスの里やクルーラー伯爵領に行って問題を解決して思ったことがある。


 自領に留まっていては、まずいのではないかと。


 ここ最近急進派の策略は俺達には来ていない。

 だが、中立派には確実にその手は伸びていた。

 ならば、ここにとどまっているよりも、何かイベントが起きるかもしれない可能性を考えて他の場所に行くのはいいのではないかと思ったのだ。


 今にして思えば、俺がレックスの所に行っていれば、もしかしたら何か変わったかもしれない。


 だからこそ、ただ待つだけでなく、自分から動くべきだと判断した。


「構わない。民達にお前の顔見せもしなければならないと思っていたところだ。今回もかなり戦功をあげたのだろう? それを使って強い領主になるということをアピールしてもいい」

「いいのですか?」


 穏健派の次期領主が強いなんて……。

 民は喜ぶかもしれないが、他の貴族がどう思うか。

 父上は分からない訳ではないだろう。


「いい。本当に……どうなるかわからないからな。強さを出しておいて損はない」

「わかりました。ではすぐにでも出立を……」


 ギュッ!


 俺の両腕が泣き叫ぶ。


「あの……お2人さん?」

「……何?」

「……なーに?」

「少し手を離してもらえると嬉しいのですが」

「……祝賀会くらいは出たい」

「そうねーあたしのお酒もいっぱい飲んでもらおうかしらね」

「……はい」


 ということで、俺は酒を浴びるように飲んだ。

 ただ、アーシャもシエラも俺より先に潰れてしまった。


 いや、正確には……潰したと言った方がいいかもしれない。

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