第60話 ヴォルク視点 クルーラー伯爵

***ヴォルク視点***


 ワシは国境での戦を終え、領主に報告の為に領都に行く。


 勝手知ったるなんとやらですぐにクルーラー伯爵と会うために執務室に入る。

 よくある執務室で、前の領主同様質素なものだ。


 今の領主は30代半ばの少し神経質そうな男。

 だが、中身はそれなりに優秀で、冷静に物事を判断することができる。


「ただいま戻ったぞ。坊ちゃん」

「私はクルーラー伯爵としているのだが? いつまで子供扱いするつもりだ?」

「いつまで経っても坊ちゃんは坊ちゃんですぞ。おもらししている時から知っているのだからな」

「全く……普通だったら無礼で斬っている所だ」

「ばあっはっはっは! それが出来る者はおらんでしょうよ」


 ワシの言葉に彼は返すことなく話を変える。


「……それで、ユマ・グレイルはどうだった?」

「うむ。化け物だな。ワシが1対1で負けた」

「は……? お前を負かした? お前に武器の使い方を習いに来たのではないのか?」

「最初は剣を使っていてな。それであっさりと負けた。ハルバードを使った戦いでも、もう勝てる気がせんな」

「そんなバカな……」


 彼はただでさえ細い目をさらに細めてまるでにらんでいるようだ。

 実際はただ悩む時の癖でしかないのだが。


「事実だ。その様子は多くの者が見ているからな。言い訳はできん」

「……それで、お前から見てどう思った? 詳しく話せ」


 そう遠回しに確認して来ようとしている彼に、ワシはハッキリと答える。


「すぐにでも友好関係を構築するべきだな。急進派と秤にかけている場合ではない」

「……」

「なぜ知っているという顔だな? ワシが何年ここで生きていると思っておる。坊ちゃんの所に急進派からのアプローチが来ていることくらい知っているわ。だが、その上で言うぞ? 急進派とは手を切れ」

「なぜそうまで言える」

「先日戦があったのは知っているな?」

「当然だ」

「その際我々が秘密裏にしている道が敵にバレていた」

「何!?」


 坊ちゃんは信じられないという顔を浮かべていた。


「事実だ。あの道は徹底的に隠し、前回以前もワシの精鋭兵しか使っていない。そ奴らが裏切ることもないだろう。だが、バレていた」

「たまたま見つかったのではないのか?」

「それはない。というよりも、捕らえた敵の側近から引き出した情報で、そこに道があると聞いたと言っていた」

「!」


 バン!


 坊ちゃんは机に両手を激しく叩きつけて立ち上がった。


「裏切者がいたということか!?」

「裏切者……かどうかはわからないが、以前国の検査官が国境に来ていたな?」

「まさか……王がこちらに……いや、そんなはずはない。そもそもあの検査官は急進派の息がかかっていたはず……だが、ならこちらに工作を仕掛ける理由はなんだ?」


 そう言って考える坊ちゃまに、ワシは考えを話す。


「どちらに転んでもいい。そう思っているのでは?」

「どういうことだ?」

「そのままの意味だ。ワシ等が急進派に合流してもいいし、しなくても今回の件でワシが死に、中立派が荒れれば自分の敵にはならない。ということ」

「そんな……そんなふざけたことをする奴なのか? ヘルシュ公爵とは」

「やるでしょうな。中立派の他の方々はどうなっているかご存じなのでは?」


 ワシがそう言って聞くと、彼は狼狽ろうばいしながら話す。


「あ、ああ。ケラン公爵の領地では大規模な反乱が起きていた。今でこそ落ち着いたが、そこに急進派の接近があったのは公然の秘密。カゴリア公爵は急進派からの工作で物流に影響が出ていてかなり危険な状態……もう1つは特に聞いておらんが……」

「その全てにヘルシュ公爵の息がかかっていると思わんか?」

「…………」

「そして、その牙はワシにも届きかけた」

「待て、さっきから秘密の道がバレたし、死にかけたと言っていなかったか?」


 色々と思いつめすぎていると禿げるぞ。

 そう言おうと思ったけれど、彼の精神は厳しそうではあったのでやめておく。


「実際死にかけた。秘密の道に狡猾な罠が仕掛けられていて、ユマ殿がおらんかったら死んでおっただろうな。彼もその配下も有能であった」

「そうか……ならばグレイル領が情報をバラした可能性は?」

「ないとは言わんが限りなく低い」

「なぜ」


 領地のことはちゃんと考えているし、しっかりと統治をしているのは分かる。

 だが、彼は軍事に関しては無知すぎる。


 心の声を奥にしまって説明した。


「自分も一緒に死ぬかもしれんのだぞ? もしバラしたのであれば、ワシと一緒に行かずに町に留まっておる。そもそも、訓練の話など申し込むことなどせんであろう」

「まぁ……そうか」

「それに、今回指揮権を奴に渡して解決できたが、ワシが指揮権を手放さない可能性もあった。そうなったらやつらも敵に包囲されて殺されていた」

「敵と通じていれば?」

「穏健派の奴等が敵を国に引き込むメリットは? ボコられて領土を奪われもう戦いたくないから穏健派に入るなんてある訳ないであろう。坊ちゃんは領土が削り取られたら、そのまま諦めて戦争反対を叫ぶのか」

「……しないな」

「であろう。領地を取り返さねば民衆からの支持も下がる。そうなれば余計な火種を抱えることになるからな。決して勝てない大国が相手であれば仕方ない面もあるが……今回は違う」

「分かった。それで、グレイル領と結ぶということでいいのだな?」


 ということで、最初に話したことに話題が戻る。


「あくまでワシはそう思うという話している。クルーラー伯爵家を守るのは坊ちゃんの仕事」

「クソ……いや、そうだ。私が守らねばならんのだな。分かった。急進派とは手を切る」

「それがいいでしょう。穏健派と繋がりながら急進派とも手をつなぐというのは生半可なことではありませんからな」

「分かった。下がっていい」

「失礼いたします」


 ワシは部屋から出て、ゆっくりと歩きながら安堵した。


 主がどの派閥とも手を組んだふりをするという中途半端なことをして、コウモリとして敵に見られないこと。


 そして何よりも、ユマ・グレイルと敵対しなくて済むということに対して。

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