第3話 ヴァルガス視点 人が変わったようだ

 おれはヴァルガス。

 グレイル騎士団の副隊長をしている。


「だりぃ~」


 おれは治安回復のための山賊退治の後、領主様に報告をしてからゴードンに呼び出されていた。


 要件は彼がかかりきりのユマ様のことだろう。

 才能に胡坐あぐらをかき、努力もほとんどしないような未来のない主。


 そんな奴に教えろということだろうが……。


「面倒なんだよな……」


 誰にも聞かれないように愚痴を言うため耳を澄ませていると、近くの部屋からメイドの声が聞こえてくる。


「ねぇ。ユマ様最近変わったと思わない?」

「思う! なんか柔らかさが出たっていうか、大人びたっていうか」

「ね! かっこよくなったよね!」

「そうそう! 他の子との間でも、誰がお手付きになるんだろうねーって皆で話してる!」

「お手付きしてくれるといいけど、前も今もあんまりそういう感じはないよね?」

「そうだね。グレイル家なら安泰だと思うけど、必死に強くなろうとして頑張っていらっしゃるし、わたし達のこと考えてくれるのかも」

「あはは、きっとそうだよ」


 おれはそんな甘っちょろい考えを鼻で笑ってゴードンの部屋に行く。


「それで、どのようなご用件ですかい?」

「ユマ様に剣を教えて差し上げて欲しいのです。任務もあって大変かとは思いますが、お願いできませんか」

「ゴードン様でも十分教えるのが上手いでしょう」

「私ではもう歯が立たなくなりました。あっという間に強くなられた。まるで人が変わったかのように努力もしていますからね」


 そういう彼は孫を見るような目をしていた。


 一体どうなったんだと思いながらも、俺は頷く。

 彼に逆らってもいいことにはならないし、昔世話になったからだ。


「分かりました。お受けします」

「感謝いたします。もうあなたでないと手に負えないと思うので」

「なるほど、ではすぐに向かいます」

「ええ、今は中庭で剣を振っておられるはずです」

「かしこまりました」


 おれは本当かよ……と思いながら中庭に向かうと、そこではユマ様が剣を振っていた。


 その素振りは鬼気迫る物があり、生半可な者では瞬殺されるほどの鋭さを持っている。


 その振りを見ただけで、おれはテンションがあがっていく。


「これは……楽しいことになるかもな」


 元々おれは強い奴と戦いたくてこの騎士団に入ったような人間だ。

 合法的に強い奴と戦えて金も貰える。

 最高の仕事だと思っている。


「ユマ様、お待たせいたしました」


 おれはそう言って彼に頭を下げる。

 こうでも言っておかないと、頭の軽い彼では怒り狂うだろうから。


「忙しいのに付き合わせてしまって悪いね。でも、俺は強くならないといけないんだ。だから協力してほしい」

「……?」


 おれは誰と話しているのか分からず顔を上げると、そこにはユマ様がいた。


 彼は整った顔だちで楽しそうに笑っている。


「どうかしたか?」

「い、いえ。では早速やりましょうか」

「ああ、本気で頼む」

「……かしこまりました」


 彼はこう言うけれど、本当に本気になって打ち負かすと怒ってくる。

 なので、ある程度力を抜いて調節しようと思っていたのだが……。


「ハァ!」

「っ!?」


 ユマ様の鋭い一撃は重く、ギリギリの所で受け止める。

 前回戦った時とは比べ物にならない速度だし、重さも圧倒的だ。


「まだまだ行くぞ!」

「うおっ!?」


 おれはユマ様の連撃を受け止め、くぐり、なんとかしのぎ切る。


「いつの間にこんなお強く……」

「俺は最強にならないといけないんでな」

「なるほど……では、おれももっと本気でやりましょうか」

「最初からそうしろと言っているだろう?」

「そうですね。失礼しました。せいや!」


 おれは剣を両手で大上段に振りかぶり、彼に向かって振り下ろす。


「うお!?」


 しかし、ユマ様は受けきれないと判断すると横に避ける。


 次の瞬間には地面が爆ぜた。


 ドゴォン!


 その破片は周囲に散らばり、ユマ様にも襲い掛かるが、彼は軽い身のこなしでそれらを躱し切っていた。


 おれは鎧をまとっているので、ダメージはない。


「これを避けられるとは、流石ですユマ様」

「いや、ギリギリだったよ。流石騎士団副隊長。武力88は伊達じゃない」

「武力……?」

「いや、こっちの話だ。それよりも。まだ決着はついていない!」

「もちろんです!」


 それからおれ達は剣をぶつけ合い続けた。

 結局、深夜になっても決着は付かず、領主様が止めに来るまでやった。


「決着が尽きませんでしたね……」

「ああ、やはりヴァルガスは強いな……しかし、戦ってくれてありがとう。また頼んでもいいか?」

「……はい。当然です。それでは失礼いたします」


 おれは歩きながら思う。

 こんな強さを持ち、それなのに、戦ったおれへの感謝も忘れない。

 ユマ様は……人が変わり、人の上に立てる何かを持ち始めた気がする。


 本人の前では言えないが、カリスマ性……というものを持っているのではないだろうか。

 短期間で強くなるように努力もしていて、強くなっても、それに満足せずにさらに高みを目指すし、メイド達のような者にも慕われている。


 これは……領主様に一度相談した方がいいかもしれない。

 ユマ様のためには、あれをしておいた方が、必ず役に立つはずだ。


 おれは体が弱く、そろそろ眠りにつく領主様の元へ足を運んだ。

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