第4話 勧誘
時は経ち、マルコは12歳になった。
家の畑では作っていない野菜を貰ったり、街へ出かけた村人がマルコにお土産を買って来たり。
マルコは恐縮しているが、実際に蛮豚亜人を倒して、多くの村人の命を救ったのは事実である。
あの日あの時マルコが蛮豚亜人を倒していなかったら、一体何人の村人が犠牲になったのか想像もつかない。
凶悪な魔物だけに、最悪村が壊滅していたっておかしくはなかったのだ。
あの日、マルコは明らかに何かに覚醒して常人では考えられない動きを見せた。
しかし、あの日以降のマルコは変わらず小さくてガリガリで疲れやすいままのマルコである。
今の身長は普通の子と比べると、大体8歳から9歳ぐらいか。
ただでさえ普通の子と比べて遅いマルコの成長は更に遅くなって、同い年の子とは身長も体力も運動能力も離される一方だ。
相変わらず鍬も振れないし、一本の雑草を毟るだけでも一苦労。
あの日は必死でアドレナリンが出ていたのだろ。
今から考えれば、鍬を引き摺りながら蛮豚亜人に追い付けたのが、既に奇跡だった。
蛮豚亜人を倒した後、すぐにマルコは意識を失った。
空中で意識を失ったので落下の衝撃で幾つか打撲をしていたが、蛮豚亜人の上に落ちたのが良かったのか大きなケガは無かった。
ヘントに運ばれて家のベッドに寝かされたマルコは2日間眠り続けて、目を覚ましても暫くベッドの上から動けなかった。
細くて弱弱しい体で無茶をしたのだから当然だろう。
蛮豚亜人の討伐については村の大人達で話し合った結果、通りすがりの旅人が倒した事にした。
もしもマルコが倒したと知れれば、好奇にも悪意にも晒される可能性があった。
冒険者ギルドの定める討伐推奨ランクがBの魔物を、たった10歳の子供が討伐したとなれば、様々な思惑が動くのは容易に想像出来る。
領主や他領の貴族が騎士としてスカウトしに来るのは勿論の事、後ろ暗い仕事をしている組織がマルコの力を狙って攫いに来るかもしれない。
これはヘントの提案だったが、村を救った英雄を売る様な真似は誰もしたくはなかった。
通りすがりの旅人というのも苦しい設定だが、冒険者であれば蛮豚亜人の素材を持って行くだろうし、騎士であれば直接領主へと報告をするだろう。
だから通りすがりの旅人と言う名前を名乗らなくても不自然ではない人物をでっち上げて、蛮豚亜人の死体は頭だけ土に埋めて、残りは領主に提出した。
村長のリオナは年の功か飄々と嘘を吐き、付き添ったヘントは多少怪しまれているのを感じ取ったが、結局マルコが倒した事実には気付かれずに、リオナ村周辺の見回りを増やす様に約束を取り付けた。
リオナ村で蛮豚亜人が討伐されてから2年。
誰もマルコが倒しただなんて気付く者は、村の外にはいなかった。
しかし、人の口に戸は立てられぬとは良く言ったものである。
どこかからマルコの話を聞きつけた人物が、初めて村を訪れたのであった。
その人物は畑仕事をしている村人を見付けると、見下ろす様にして話掛けた。
「ねぇ、すっごい強い子がいるって聞いて来たんだけど、どこにいるの?」
見下ろすと言っても高圧的な態度を取っているのではない。
物理的に高い位置から見下ろしているのだ。
村の大人でも見上げる程に背の高い大きな体。
顔はあどけない少女の様だが、大きくて強そうなので威圧感が凄い。
「あ…う…」
村人は、その人物について当然心当たりがある。
しかし、命の恩人を売る様な真似はしたくない。
どうやってこの場を乗り切ろうかと考えていると、大柄な女は何度か頷いてから口を開いた。
「わかんないか。じゃあ他の人に聞くね」
そう言って、次々に人を変えては“すっごい強い子”について尋ねていった。
所変わってマルコの家。
今日も留守番をしているマルコは、何だか外が騒がしいのに気付いて鎧戸の隙間から外を窺った。
すると目に入って来たのは、村では見た事が無いぐらいに大柄な人物だった。
後ろ姿を見る限り、体つきは女性。僅かに聞こえてくる声も女性。
だが、体の大きさやガッシリとした肩幅なんかは男性よりもしっかりしているぐらいだ。
その人物は「ありがとう」と言って村の子供に礼をすると、マルコの家に向かって歩き出した。
(赤い髪であどけない顔の女の人かな?)
マルコがそう分析した時、焦った様子で両親が帰って来た。
そして両親は扉を閉めると「マルコ、隠れてなさい」と言った。
マルコは両親の意図が掴めずに首を傾げていると、扉が強めにノックされた。
「すいませーん!ここにマルコって子がいると思うんですけどー!」
どうやらさっきの女の人は自分を訪ねて来たのかと、マルコがそう思って両親を見ると、両親は2人して必死で扉の取っ手を引っ張っていた。
絶対に中には入れないという気迫を感じる。
「すいませーん!あれ?いるって聞いたんだけどなー」
その声が聞こえてから数秒後、扉を内側に引っ張っていた両親は、逆に引っ張られて家の外へと飛び出した。
あまりの馬鹿力に軽々と引っ張り負けてしまったのだ。
「あ、ごめんなさい。マルコって子、いますよね?」
そう言って女はずいと家の中に入ると、首を振ってマルコを探す。
「いたいた」
広い歩幅で一気にマルコとの距離を詰め、膝と腰を曲げてマルコを物理的に見下ろした。
中々の迫力に、蛮豚亜人を倒した経験のあるマルコも気圧される。
「君が蛮豚亜人を倒したっていうすっごい強い子かぁ」
しげしげと、頭のてっぺんから爪先まで舐める様に観察している。
今までこんなに人に見られた経験は前世でも無かったので、マルコは居心地の悪い気分になった。
どこからか蛮豚亜人の話を聞きつけたのだろうが、普通に考えればまさかマルコが倒したとは誰も信じないだろう。
他にも村人は沢山いるし、マルコよりかは8歳の子供が倒したと言った方がまだ信憑性がある。
だから、どうせ「噂は噂か」とか「嘘だったか」とか、そんな風にガッカリされるのだろうとマルコは考えていた。
しかし、大柄な女は予想外の反応を見せた。
「ちっこいのに凄いじゃん!強さと見た目は関係無いもんね!」
そう言ってマルコの腋の下に両手を入れて、子供でも持ち上げるみたいに高く持ち上げた。
マルコはその状況に戸惑うが、大柄な女は楽しそうに微笑んでいる。
そして、思い掛けない言葉を口にした。
「あたし、隣村から来たディアナ!あたしと一緒に冒険者になって英雄を目指そうよ!」
あまりにも予想外過ぎる誘いに、マルコの戸惑いは更に深まるのであった。
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