私の完全なる敗北~私がしたくて夢見たことを私はできずに木村はできた~

 木村は良い奴だったようだ。私の見る目がなかった。


 もうここにいる連中らは分かり切ってしまった。これほどにまで露骨に証明されてしまう瞬間て、人生の中であまりない。


「で、さっきも言ったけど、親との確執を木村が間に入って解消したら、村尾さんの方から放課後の教室で『好きにならないわけないじゃない!!』って絶叫したらしいで。隣のクラスに居残っていた子らも聞いてたらしい」


「他にも『私以外の女が学園内でアンタの横に並んで歩くなんて想像しただけで嫌!!』『私と付き合ってくれなかったらここから飛び降りるから!!』とかも言ってたらしいよ。友達が隠れて見ていて飛び込んで行って止めた方がいい?って冷や冷やしていたらしいから」


 咲幸も入ってきた。


「え、何で知ってるの?」と滝川。


「だってその残っていたクラスの女子、一人私の中学からの大親友だから。高校は違うかったけどずっと定期的にお茶してたし」


 世間は狭い!


「うわーもう好きすぎてヤンデレ状態やん、村尾さん」


『いいなあ』と言いたげにうっとりとしてしまっている美乃莉。「そうやで」と咲幸が誇らしげに言う。さっきの私への態度とは明らかに違う。


 私は顔の表面だけは笑っている。笑い続けている。

 何に笑っているのか? 最後まで聞いてから話そうじゃないか。


「そこで木村の言ったことが凄いやんて……」

「うん、それ、あの高校の恋愛伝説みたいになってるよね」


 まるで司会者のようにかけ合い、滝川と咲幸が話しだす。昔のアメリカの番組でこんなナチュラルに司会者同士がちょっとフランク気味に進行していくのをよく見かけた。




「『じゃあ、結婚を前提に僕と付き合ってください』って言ったんだよね」




「うん、友達その場を覗き見していて、感動してもうたらしいよ。丁度夕暮れ時の四階の教室でさ」


「泣きながら村尾さんが『はい! はい! はい!』って何度も返事したんやなあ」


「うん、涙が頬を伝って顎まで流れていて、夕日に反射してキレイに輝いていたってさ」



 私はもう既に心の中がボッコボコにされてノックアウト状態だった。



 しかしまだこの上『結婚』まで登場してきた。私は笑いながら痙攣したようにピクッとだけ反応した。


「ええなあ、もうひたすらええなあ、なあ亜香里、あれ? 亜香里酔ってる?」

「うん……いいねえ」


 ――酔ってないよ。自分の愚かしさに酔いつぶれているだけ。




 私のしたかった学生生活の一つを、木村はできた。

 きっちりとした相手と結婚を前提にお付き合いを始める。



 私はできなかった。見る目がなかった。上辺だけを見て、そしてスクールカースト的立場からだけしか見ていなかった。差は歴然だ。



「そして、あいつら二人十八歳になった時に……」

「入籍しはってんなあ」

「いやーちょっともうそれ私泣きそう……」


 美乃莉が悶絶する。目に光るものが見える。私は別の意味で涙が出そうになっている。


「だって、村尾さんの親御さんらも、『もう木村君で』ってガン推ししたらしいし、壁がないもんね」


「朝登校してきて、先生から、『ちょっとなんぼラブラブでもそれ(指輪)だけ外して校内入ってな』って、俺それ言われてるの目の前で見たし。苦笑以外何もなしよ」


「子供もすぐできたもんね」

「うん、俺たち『卒業した年に生まれたよ』って報告あったもん」


「ええ、じゃあもう子供さんいるんやあ」

「うん、一人お子さん育てながら、親にも見てもらいながら二人同じ大学行ってはるよ。さすがに二人目は卒業してからなって釘さされたらしいけど」


 滝川が自分のことのように自慢気にニヤつく。


「ずっと一緒やんかあ、羨ましすぎるわ~」



 ――子供まで授かっている。私がつまらない男たちと何度も同じことで昏倒している間に、木村は確固たるパートナーを見つけて……



「もう年単位で二人おるけど、それでも二人一緒やないと嫌やねんて。特に村尾さんの方が」


「そうなん? まだラブラブなん?」


 木村という存在すらさっきまで知らなかったのに、完全に物語の主人公を見ている気分に美乃莉はなってしまっているようだ。


「うん、時々実家付近で見かけるけど、まだ雰囲気は恋人のまま」


「村尾さん、12時間以上離れ離れになるんが耐えられないって言ってるらしい」


 ――ラブラブ、恋人、12時間……魂が抜けて行くように、笑顔のまま白目を剥く。


 木村ってそんな女、しかも学年トップクラスの美人を惚れさせれたんやあ。


 そしてさらに凄いと感じたのがここだ。


 遊び人や口説き上手な奴らは、瞬間的にそういう気持ちにさせるのは上手いけど、関係を維持していくのがことごとく下手な奴らが多い。


 というか、関係を維持していくことを考えていない。


 木村はきっと口説くのは上手くない。いや、この話だと口説いていない。


 ただひたすら尽くして支えてあげたことに感銘して忘れられなくなり、相手から堕ちて行ったんだわ。


 よく言葉じゃなくて態度や行動で見せてというけど、私が出会ってきた男たちは言葉だけだった。木村は言葉はないけれど、それを態度と行動で示したんだ。


 なんて素晴らしい奴だったんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る