木村が大先生と呼ばれた訳~木村なんかに何で謝らなあかんの?~
「よ、角谷ちゃん」
いきなり至近距離から男性の声で呼ばれてピクっとなる。
細身の調子の良くて軽薄そうな男子が私の横からひょいと顔を出した。こいつは滝川だ。
何でもまあまあなやつ。ケンカもまあまあ、運動もまあまあ、空気読むのはうまくて、あととにかくひょうきんで身体の動きが多いというか、オーバーリアクションというか。中学時代のスクールカーストもまあまあ上位だったと思う。
さっきの木村のことで、それまでの楽しさや、再会の喜びと、スクールカーストにまた悪ノリさせられそうになっている心地良さが一気に消え失せ、テンションは下がってしまって、いつもの専門学校内の自分モードになってしまっていた。
もうあまり話も頭には入ってきていなかった。そんな時間が一時間ほど経過していた。
本当ならビールの酌み交わしながら各テーブルを順番に回っていくぐらいの時間だったが、もうそんな気分にもなれずにじっと座っていた。
「何かさっき俺通った時、木村の話していた気がしたなあ」
「咲幸から逆襲受けててんなあ、木村のことで」
滝川の話に、智華が茶化して私に振る。
「もうええって」
そんなこと言われたくない。反省はするけど人に言われたり、茶化されるとプライドがムクムクと起き上がってくる。
けど気にはなる。
「木村大先生の話?」
「何それ?」
咲幸以外、口を揃えて反応した。「大先生」って?何かふざけているの?
「あいつ大先生やで」
「あ、ちょっと私、他回ってくるわ。ここ座って」
智華がビールを持って席を立つ。智華にすれば木村なんてまったく知らない存在だから、何の興味もないんだろう。当然の話だ。
「え、いいの? ありがとう」
滝川は入れ替わり、私の右隣に座った。私は滝川の持っていたグラスに瓶ビールを掲げて「注ぐよ」アピールをした。
「あ、ありがとう」
「で、何が大先生なん?」
注ぎ返しをいただいて、乾杯をした後に、滝川の高校時代の話を語りだした。
滝川と木村は同じ高校だった。
うちの中学で偏差値が平均レベルならば、公立ならそこだという阪南町にある高校に通っていたらしい。
そして高校一年にもなれば男子は「女子とお付き合いをする」ということに、誰しもが頑張り始める時期でもある。
中学の時は何となくスクールカースト上位者だけが女子とのお付き合いが許されていて、そうじゃない男子は指くわえて見ているだけだったが、高校になれば猫も杓子も男女交際に意識を向ける。
木村もその一人──ではなかったらしい。
「高校一年の時は、角谷さんにやっつけられた思い出があるからよう動かんかったんやて」
――おまえも知ってるんかい!
どうやら直接本人から聞いたらしい。
三年間クラス替えしても滝川と木村は変わることはなく、最初滝川は木村を見下していたけど、なかなか良い奴やし、芯はしっかりしているなあって思うところがあって、二年中盤には一番の友達になっていたそうだ。
「呼んでこうか?」
「いらんわ」
(呼んできたって何話すねん? 謝らなあかんぐらいやんか)
こんな酒の席で、詫び入れないといけないなんて本当に嫌。
興覚めどころか途中退場したくなる。
でも本当は美乃莉のように、横に行って『あの時はごめんなさい。あそこまでする必要なかったよね。本当にごめんなさい』って言うべきかもしれなかった。
「二年のクラス替えした時よ。あの学校にあの時各学年に一人ずつ『三大美人』て言われる子らがおってん」
「ほう」
「亜香里みたいなもんかあ」
美乃莉が横から茶化してくるが、
「その一人が二年から僕らと同じクラスになってん。その時、木村が動いたんよ」
滝川は全くに美乃莉の会話を取り合わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます