冷蔵庫 in インベンター

酒麹マシン

憂鬱

張り付いたシャツ

ふと畳の香りがし、目を覚ます。

見回すと、僕の部屋の前の軒下。


うん、いつも通り。

 

 築百年のこの家で、僕はひっそりと暮らしている。

 齢17という多感な時期に僕は唯一の親族、祖母を亡くした。

 ばぁちゃんは最後まで元気だった。

 明るくて、耳が裂けるくらい声がデカくて、そして、誰よりもそばにいてくれたばぁちゃん。

 だから、まだ死ぬまい、と思っていた矢先の出来事だった。


 俺のばあちゃんは、交通事故で死んだ。

 犯人は未だ、捕まっていない。


 『死人に口なし』というのはまさにその通りで、当時現場には防犯カメラなどもなく、また目撃者もいなかったため、捜索は難航している。


 僕は何も感じなかった。いや、そう体が思わせてはくれなかった。

おそらく先天的な形で本能に備わった「恒常性」が作用しているのだろう。

「これからを生き続けなければならない」僕にとって、その考えは命取りにもなりうる。


それでも僕がばぁちゃんの死を快くは思っていないことだけは理解できる。


 今はこうして昼寝をするくらいには余裕を持って生きていられるが、多分これも時間の問題だろう。四十九日が来ればその重みを理解できるようになっているはずだ。


 僕はきっと、唯一の親族を失った喪失感と先が見えないことによる絶望感で悶えるに違いない。「これからを生き続けなければならない」という本能が足枷となっていくに違いないのだから。


 あれから僕は世界だけを見るようになった。自分の内面には目を向けず、目の前のことだけを淡々とこなしていく生活をしていた。これも「本能」に近いものだと思う。体はきっと恒常性を保とうと必死なのだ。それほどばぁちゃんが大事で、大切で、なくてはならない存在だったから。


 扇風機の古びた金属製の網蓋が、夕陽に照らされ、静かに光っている。

 軒下に寝転んでいた俺は背中が汗ばんでいたことに気がついた。

 軒下から起き上がる時、汗と木の床がくっついて僕はシールのようにペリペリと剥がれるようにしておきあがった。剥がれたインパクトでヒリヒリと痛む半袖から伸びた腕をさする。

 鳥肌も立っていないのに、まるで寒そうにしているみたいだ。


 急に起き上がったからか、立ちくらみがしてくる。転ぶようにして扇風機のスイッチを押した。


 つかない。


コードは付いている。動作もさっきまで安定して動いていたはずなのだ。

 僕は扇風機に色々アプローチしてみた。が、全てng。

 どうしたものか、と視線を軒下のガラス張りに映った自分を見る。


汗で額に張り付く前髪、白Tの半袖と、軒下の床の模様がくっきりとプリントされ、赤く腫れ上がった腕と足。


なんとみっともない。


 台所に行って水をいっぱい喉に流し込む。

 我が家の唯一の涼を失った今、救われる手段はこれしかないのだ。


 夕日が沈みきった頃、夕飯を作って食べようと台所の冷蔵庫を開ける。

 ばぁちゃんのしば漬けが未だ残っていた。

 僕はそれを見るなり視線を逸らし、久しぶりに感じた外面から感じる涼風に目を閉じて全集中する。

 暫時そうしていると、建物に見合わない最新式のお節介な冷蔵庫に怒られると思ったので閉めようと試みた。

と、いつのまにか扉の隙間に転がり込んでいたばぁちゃんのしば漬けが入ったタッパーが引っかかって閉められない。

引き剥がそうとしても、びくともしない。扉の角度をさらに広げ、隙間を確保しようとしても、まるでここを本拠地とせんばかりに微弱にも振動しない。


 どうやら、めんどくさいところに引っかかってしまったみたいだ。


「あちゃー」

 俺は頭をかいた。


 すると次は機械音で、「移送します」という音声が流れる。


 聞いたことのないその音声に一瞬で目を丸くし冷蔵庫を見つめる。

流石のおせっかい機能もここまで進化したのか、と感心していると、次はひとりでに扉が開き、また機械音声が流れた。


「ターゲット・ロックオン、確保します」


 次の瞬間、上半身にとてつもない引力を感じた。

突然、目の前が真っ暗になる。

瞬きをする間に僕は呆気なくその闇に呑まれた。

パタンとしまった冷蔵公庫の音を背に僕は静かに目を瞑った。


 この際、どうなったっていいや。

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